コンスタンティノープルからカラコルムに行くには何日かかったのか

ムガール帝国への興味からモンゴル人がどのように移動したのかを調べている。面白いことに中世の旅行だけを研究した本というものが出ている。誰が読むのだろうなどと思うのだが、たまに物好きな人がいるのだろう。

さてこの本の中に「アジアの旅」というセクションがあり、モンゴルへの旅について書かれている。1245年にイノセント四世が使節団を派遣した。この命令を受けたフランシスコ会のギヨーム・ド・リュブリキは1253年から1255年までモンゴル帝国を旅行した。

リュブリキは5月7日にコンスタンティノープルを出発し5月21日にクリミア半島に到達した。6月に旅行が始まり、7月20日ごろにドン川を渡った。8月5日にはボルガ川に到達し、9月27日にはウラル川(カザフスタンを通過して黒海に注ぐ)を通過する。途中有力者のテント(幕屋と書いてある)に逗留しつつ1254年の4月にカラコルムに向かったと書いてある。

当然パスポートなどはない(そもそも外交関係もない)ので有力者に旅行許可をもらいながら旅をしたということを考えても2年で帰って来れるというのはかなり意外である。

リュブリキは2年かけて往復しているのだがその距離は15,000キロ以上を旅しているそうだ。試しにGoogle Mapで検索してみたが、カラコルムからオデッサまでゆき、そこからフェリーでイスタンブールに行くと1320時間かかるそうである。1日8時間歩くとして165日だそうだ。ユーラシア大陸はかなり広大に思えるのだが、実際には半年かければ歩けるわけでやってやれないことはないような気持ちになる。

実際にユーラシア大陸を歩いて横断した人がいるようだ。この人のウェブサイトには、2009.1-2010.8ユーラシア大陸徒歩横断約16000キロと書いてあるので2年くらいかければ歩けるということになる。

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ポピュリズムの末路 – 髪染め事件の背景にあるかもしれないもの

前回、懐風館高校の「髪染め事件」について見た。規則を守ることが優先されて本来の目的が完全に見失われているという状況だった。こういう状況は日本では珍しくないのだろう。多くの人が生徒の側に立ったコメントを出していた。

しかしながらもう少し詳しく見てみると政治が大きな影響を与えていることがわかる。それは政治への無関心が生み出した悲劇なのだが、ちょっと見ただけでは影響がわからない。さらにいったん崩れてしまったシステムを元に戻すのはとても難しい。ポピュリズムを未然に防ぐことが重要なのかがわかるのである。

なお、この件についてはまともな報道がない。そこで断片的な情報をつなぎ合わせることになる。評価のためには一人ひとりが何が起きているのかを調べる必要があるだろう。

マスコミがこの問題についてあまり取材をしないのでよくわからないのだが、口コミサイトなどを見ると「先生によって黒髪の基準が異なり」「判断基準がわからない」という声が多い。もともと何のために外見を揃えるのかがわからないのだから、その基準が曖昧になったとしても不思議ではない。加えて「先生同士で統制がとれておらず、それぞれ思い込みで指導している」様子が伺える。

こうした基準の曖昧さは「モラルの低下」を招いているように思える。別の生徒の指摘では「ある学年では窃盗が多かった」という情報があった。

つまり「とりあえず外見を取り繕わなければならないが、理由も基準もわからない」というのは「では、表向きは先生にへつらってあわせておけば裏では何をしてもよい」というメッセージになってしまうのである。

これはとても恐ろしいことだとは思うのだが、実はこの恐ろしさはなかなか伝わらないのではないかと思う。なぜならばこうした状況は日本では常態化しているからである。

例えば、ワークライフバランスをとるために残業時間を減らすべきだという目標は、オフィスのパソコンや照明を自動的に落とすという形式的な目標に還元される。だから無駄な作業を減らして労働時間そのものを削減するなどというような対策は取られない。結局、持ち帰りの仕事が増えて家に仕事を持ち帰るだけになってしまうというのがその一例である。

最近では国会でもとりあえず審議時間を長くすることによって「よく話し合った」と説明されることがある。これも何のために審議をするのかという目的が失われ、単に時間をかけることが議論だと見なされている。野党側は単に反対することが野党の存在意義なのだと考えるので、結果的に「あの法律の趣旨には賛成だったが法律の体裁が悪すぎる」などと言い出す人が出てきてしまう体たらくである。

さて、こうしたことが起こるのはなぜなのだろうかということを調べたところ意外なところで政治とつながった。どうやらモラルが崩壊する裏には維新の会の選挙公約と大阪府知事の教育への無関心があるようだ。

まず、公立高校が統廃合されたのはどうしてなのだろうか。それは、公立校の人気がなくなったからだ。公立高校に行かなくてもいいという空気が生まれたのは、私立高校への人気が高まったからだそうだ。私立高校に「無償」で行けるようになったため「経済的な理由で仕方なく公立を選ぶ」人が減ってしまったのである。

さらに、私立高校が枠を広げたので公立高校人気がなくなった。そこで偏差値45という学校で「度々定員が埋まらない」という状態が起きているのである。

そのため、公立高校では前期後期試験をなくしたようだ。こうすると「行きたい学校に行けなくなる」可能性が高まり、公立に「仕方なく止まる」人が増える。こういうやり方でしか公立高校に人をつなぎとめておけないほど、下位の公立高校には人気がない。

そこで口コミサイトを見ていると「施設が老朽化していて、お金の使い方が間違っているのでは」という声が複数見られた。

大阪は「本当だったら私立に行きたいが、お金の関係で仕方がなく公立」という人が多かったのだろう。南北格差があり、南部では公立が荒れているので私立人気が高いが、北部では公立が充実しているのでよい私立が育たなかったなどと書いているブログを見かけたりもした。

このブログでは無償化についてかなり否定的な議論が展開されている。どうやら、大阪の高校無償化制度はかなりの問題を含んでいるようである。もともと、補助金によってある程度の多様性を確保していたようだが、これが崩れてしまい「定員を大幅に増加させてでも生徒を確保した方がトク」ということになってしまったようだ。そうなると、講師を増やして増えた生徒に対応すればよいのだから、じっくりと腰を据えた教育がおろそかになる可能性が出てくるのだという。

さらにこういうつぶやきを見つけた。ブログの文章の中で「なぜ定員を少なく申告し、その結果として公立校に行けない人が出た」理由がわからなかったのだが、こういうことをやっているようだ。その危機感はかなりのものだ。つまり、学校がなくなれば生徒が受け入れ先を失ってしまう。さらに先生たちも選別されることになるだろう。正規職員はどこか別のところで雇ってもらえるかもしれないのだが、非正規の職員たちは「なんとかしなければ」と焦りを覚えるのではないだろうか。

どうしてこのようなことになったのか。共産党のウェブサイトはかなり批判的なトーンで橋下徹大阪府知事時代の政策を批判している。橋下さんは教育現場に自由主義を持ち込もうとした。本来ならいろいろなアプローチで魅力的な教育を提供できるようになるのが自由主義のはずだ。しかし、同時に無償化を提案してしまったために状況が混乱した。つまり、ただで行けるならできるだけ有利なところに行こうということになるのだが、その有利さが日本では「偏差値」という一つの尺度でしか計測されない。さらにリストラと予算削減を絡めたために「是が非でも生き残らなければならない」という競争が生まれたのだろう。

学区制も廃止されたようで競争が激化した。大阪の場合は兵庫県や京都府の私立などにも生徒が流れることがある。

競争が激化するのだからどうにかして生き残らなければならない。本来ならば先生が努力をして教育の質をあげるべきだろう。だが、日本ではそうはならない。外から見て良い生徒を育てているという風に「見せよう」としてしまうのである。今回のケースではたまたまそれが「みんな黒髪で制服の着方がきれい」というものだったのだろう。上位校の場合は家での教育が厳しい場合が多く、おのずとい外見が整うのでそれほどの指導はしなくてもよい。しかし、中位下位の学校ではそもそも家で勉強するというような生活態度も届きにくいだろうから、規則で押さえつけることで見た目を整えようとしたのではないだろうか。

教育の無償化が提案されたのは、維新の党が大阪で勢力を得るために提案した政策なのだろう。つまりポピュリズムである。しかしながら、なんらか別のところからお金を持ってくる必要があり、補助金を削減した。さらに学校全体のリストラ策も進行している。そうなると真っ先に切り捨てられるのは「学校は人を育てるところだ」という理念なのだろう。理念では食べて行けないからだ。

教育現場が混乱すると生き残りをかけた競争が始まるのだが、その競争は競争のための競争になる。最終的には「肌がボロボロになっても構わないから髪の毛を染めてこい」などという過剰な要求が生まれる。

この状況の恐ろしさはこうしたポピュリズムに人々が慣れていて「せっかくみんなが一生懸命にやっているのに和を乱すな」という人たちが大勢出てくるということだ。理屈は何でもよいので「サラリーマンはみんな地味な色のスーツを着ているのだから、学生も髪を染めるべきだ」などという論が横行する。

ポピュリズムの恐ろしさがわかる。

個人のブログなのでこのように断片的な情報でいろいろなことが書けるわけだが、実際にこれを改良するためにはこうした問題を一つひとつ証明して元に戻す必要がある。それは膨大な作業になるだろう。

今は大阪だけの問題だが、同じような議論は国政レベルでも行われている。大阪の場合は収支を改善して維新の実績を作るために教育が犠牲になったわけだが、国政の場合は民主主義に疲れた与党が憲法を改正するための「アメ」として教育無償化が話し合われている。

両者に共通するのは教育という未来への投資が、権力欲によって蹂躙されてしまうという姿である。あまり悲観的なことは書きたくないのだが、この国は本当にもうダメなのかもしれない。

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日本の憲法第9条をめぐる議論はなぜ不毛になるのか

小川和久さんという人が朝日新聞のある記事に反論している。もともと対米追従派で安保法制制定時に「独自防衛をすると何倍もお金がかかるようになるから絶対にダメだ」というキャンペーンを張っていた人なので、反発の理由はわかる。つまりはポジショントークなのだろう。

最近の政権側のポジショントークはだんだんおざなりになりつつある。野党側が自滅してしまった上に、ほとんどの国民がそもそも興味を持っていないことに気がつきつつあるのだろう。だが、記事を読んだだけでは何がめちゃくちゃなのかがよくわからない。

最初に目につく問題は、リベラルを応援し人権擁護を訴える立場を「日本の知的エリート」と決めつけている。実際には「社会に影響力があり政権に協力的でない人たち」を叩きたいだけなのだが、そうは言えないので「リベラルは」などというレッテル貼りをするわけである。

次の問題は筋の立て方である。日米同盟が対米追従なのであれば、イギリスなどを含むアメリカの同盟国は対米追従になると言っている。NATO加盟国はソ連との対抗上「選択的に」アメリカとの軍事同盟を結んでいるのだが、日本が選択的にアメリカとの関係維持を求めたことはない。岸内閣が安保体制を維持したことを引き合いにして「民主的に選択した」と言い張ることはできなくはないが、これは説明不足もあり国民から猛反発を受けた。また、広島の上空で危険なオペレーションを行っても日本は抗議できないし、沖縄(忘れているかもしれないが沖縄は日本の一部だ)でヘリコプターが落ちて国民の財産権が侵害されても日本政府は何もしない。加えて横田空域はアメリカに占有されたままである。これは同盟そのものよりも運用や協定によって不平等な運用がなされているからである。いずれにせよ、成り立ち上からも、運用上からも、日米同盟は対等な軍事同盟とはとても言えない。ヨーロッパではこのような対等ではない契約にはなっていないようなので、半占領状態にあるといっても良い。

日本がアメリカと軍事同盟を結んでいるのは日本のためではない。アメリカの支配下に置かれることで、日本が周囲に軍事的に進行するのを抑えているわけである。小川さんは多分このことがわかっているのだが、ポジションとして日本はアメリカに大いなる協力をしているパートナーだと言い張っている。

しかし、最大の問題は実は日米同盟そのものにはない。小川さんはアメリカが喜望峰までをカバーするためには日本に基地を置かなければならないと言っている。しかし、なぜアメリカは喜望峰までを独自にカバーしなければならないのかよくわからない。もし、喜望峰までカバーする必要があるのだったら、どこか別の国と同盟を結べばいいだけの話だし、技術革新によって遠隔地からカバーする方法にも触れていない。さらに、現在では国連などの国際的協調の枠組みがあるのだから、かつてのようにプライベートな同盟関係で経済権益を守るというやり方を取る必要があるのか疑ってかかる必要がある。

喜望峰の近辺にアメリカの同盟国がないのはなぜなのだろうか。それはその近辺に旧植民地支配国がないからである。つまり、日米同盟を含むアメリカの同盟というのは実は旧帝国主義リーグなのである。

では小川さんの論がおざなりだということはカウンターの勝利を意味するのだろうか。反論されている加藤典洋という人の文章もピンとこない。こちらもなんとなく変だなという感じはするのだが、よくわからないので細かく見てみよう。

  1. フランス革命に対する反動として保守が生まれた。
  2. 保守には共通の目標が必要だ。
  3. しかし、安倍政権は保守ではない。単なる対米追従だ。
  4. 日本国家の目標は対米独立であり、安倍政権はそれを放棄しているから保守とは言えないのだ。
  5. 憲法第9条の改定も独立を装ってはいるが、実は対米追従策に過ぎない。
  6. 国難を叫ぶ’風潮は大正デモクラシーの後にも見られた。当時と現在の状況は似ているので、これを研究しなければならない。
  7. リベラルに否定的な空気があるが、これは大正デモクラシーが否定されてゆく動きと似ているので枝野さんは頑張るべきだ。

まずは、小川さんから片付けてゆくと、加藤さんの文章の「対米追従」という言葉に脊髄反射しているだけなので、特に文章に対する反論にはなっていない。一方、加藤さんの文章の言いたいのは「俺は大正デモクラシーについて研究しているのだが、これをもっと取り上げてくれ」ということなのではないかと思う。つまり、研究所の宣伝なのである。

それを我慢して読んでいると「日本の目的は対米独立なのだ」という論の展開に無理があることがわかる。なぜならば、日本とフランスの状況は異なっているからだ。つまり、日本には革命(あるいは急進的な社会変革)がないので、保守が存在しえないである。ゆえに、その後の論がすべて無効になってしまう。

加えて、現状維持を目指しているのがいわゆる日本の左派リベラルで、現状を変えようとしているのがいわゆる日本の改憲派保守だ。つまり、革命勢力は「保守の側」というわけのわからない領域に突入する。日本の保守運動を復古的な動きだとする人もいるかもしれないが、彼らが目指すところは自民党などの政党の一党独裁体制であり、どちらかといえば中華人民共和国に近い。中国は共産党の独裁になっているのだが、日本ではそれはあからさまなので「公」という概念をおき、それを守護するのが自民党だという筋立てになっている。

後半は本当に言いたいこと(つまり研究の宣伝)なので論が通っている。これに政権批判をくっつけてしまったことでやや破綻した仕上がりになっている。この蛇足部分に小川さんが反論して、おざなりで現実を見ていない日米同盟論をいつものように連呼している。

だから、この<議論>に何か意味がありますかと問われると「ありませんね」と答えるしかない。

冷静に考えてみると加藤さんも小川さんもそれで構わない。なぜならば加藤さんは本が売りたいだけなのだろうし、小川さんは対米懐疑派を潰していればそれなりに仕事が回るのだろう。だから、この手の議論は特に何かを解決しようとしているのではないということがわかる。

では、こうした論をつぶさに見てゆくことには全く意味がないのだろうか。論を観察してみると、どちらもが「国連を通じた世界的な枠組みづくり」について全く触れていないことがわかる。一方はアメリカが日本を対等な軍事同盟の相手として認めてこなかったという歴史にルサンチマンを感じていることがわかるし、もう一方はどう考えてもバカにされている相手についてゆくために「実はアメリカが成功しているのは日本のせいなのだ」という心理的合理化を図っていることがわかる。

つまり、どちらもアメリカに過剰なまでにとらわれている。だが、よく考えてみると冷戦構造が崩れ、中国やインドなどの国が大きなプレイヤーとして経済に組み込まれた状態で、アメリカとヨーロッパを中心とした連合体だけで世界秩序の維持をしつづけなければならない理由は見つからない。逆にこうした枠組みに過剰にこだわると却って分断が進んでしまうことになる。

さらに、当事者であるアメリカにも世界の警察官であり続ける意欲はないようだ。TPPのような枠組みすら国益のために脱退するという状態になっている。しかし、アメリカは世界で一番強い国で、日本はその隠れたサポーターなのだと考えているうちは、とてもこうした世界的な変化にはついて行けないだろう。

日本の第9条の議論が不毛になるのは、その前提になる「防衛と秩序づくり」の議論の参加者がアメリカしか見ていないからなのだ。

参考文献

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ロンドンで騙された話 – ジャージー代官管轄区

その昔ロンドンで「このコインは受け取れないよ」と言われたことがある。なぜかはわからなかった。後から見るとコインの表にはエリザベス二世女王の顔があるが裏面には見慣れない名前が書いてある。それが原因みたいだ。

スキャンだとよく読み取れないが「Bailiwick of Jersey」と書いてある。日本語ではジャージー代官管轄区などと訳されるようだ。よく、フランスに一番近いイギリス領などと説明されている、イギリスの南にある島である。イギリス王室がフランスにある領土を奪われたときに残ったようだ。

しかし、ロンドンでこのお金が通用しないところをみると、ジャージー島はイギリスではないのだろう。誰かがイギリスでは使えないお金を持っているのに気がついて旅行者である僕に押し付けたに違いない。イギリスを旅行するときにはコインには気をつけたほうが良さそうであるが、慣れないお金だといくらだかわからないし、瞬時に判別するのは難しそうだ。今の価格でいうとだいたい七円程度の詐欺である。

外国旅行から帰ってくるとコインがたまるのだが捨てるのはもったいない。かといってスクラップブックに入れて整理するほどマメでもないのでそのまま紅茶の缶に入れて死蔵してある。そのうちにドイツマルクのように使えなくなってしまったコインもあった。そこで、とりあえずそれをスキャンしてデジタル保存することにした。そうい昔のお金を見ているうちに、騙されたことを思い出したのだ。

さて、ジャージー代官管轄区だが、ここは正確にはイギリス領ではない。イギリス王家が私的に管轄する領地ということである。だからイギリスの法律は通用しないし、EUの一部でもないということだ。外交や防衛についてはイギリスが管轄しており、パスポートコントロールもイギリスと共通なのだという。イギリスの法律や税制の管轄外なので租税回避地として知られている。パナマ文書で有名になった租税回避地だが、イギリスがこのような悪知恵を思いついたのはこのような伝統を持っているからなのだろう。

面積を調べてみたがジャージー島は意外に大きいらしい。小豆島の2/3程度の大きさがある。小豆島の人口は23000人程度なのだが、ジャージー島には95000人が住んでいる。当然議会もあり最近では内閣や政党もできたということである。

今ではロンドンからは格安航空を使うと10,000円前後で往復できるということだ。また、ロンドンから車を借りてフェリーで移動するルートがある他、いったんドーバー海峡を渡ってフランス側からフェリーで移動するルートもあるのだという。

この通貨はジャージーポンドと呼ばれる。ジャージー島の中ではジャージーポンドとイギリスポンドが使えるが、イギリスではジャージーポンドは利用できないそうだ。

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民主党系保守の政治家はなぜ嘘つきなのか

長島昭久という衆議院議員が、希望の党の党首が「暫定的である」という報道に異議を唱えた。しかし「自分は反対であるとは言わずに、これは誤報だ」とやった。いつもの手口なので「民主党系保守の議員というのはなぜ嘘つきなんだろうか」と思った。翌日になってやはり今回の希望の党の党首は暫定であるということがわかった。やはり当初の直感は正しく長島議員は嘘をついていたのである。

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アダムの旅 – 人類はどのように移動したか

ムガール朝のムガールがモンゴルだと聞いて驚いたという話の続き。ここで気になったのがジンギス・カンがどれくらいかけてモンゴルからイランあたりまでたどり着いたのかということだった。感覚的には10年くらいかけないと歩いてたどり着けないような気がするのだが、実際には数年で到達しているのだという。よく考えてみると国境検問所などもなく、イギリス人が持ち込んだ武器によって周囲の治安が極端に不安定化しているということもないわけだから、昔の方が旅行がしやすかったことになる。ちょっと複雑な気がする。

歩いて行くのは難しいのだろうが、馬を使うと意外と簡単にいけるということだ。しかしながらジンギスカンが走った土地は決して見知らぬ土地ではなかった。なぜならばそもそも人類は西から歩いてモンゴルまで到達しているはずだからである。

途中で騎馬技術を身につけたのではと思えるのだが、農業が始まったのは23,000年前ごろの話らしい。さらに、牧畜は農業に付随して始まったようなので、当時の人たちが馬に乗って前進したとは考えにくい。

モンゴルが中央アジアを支配するのはかなり簡単だったようである。あまりにもあっけなく征服で来てしまったので勢い余った人たちが各地で暴れまわったという話がある。モンゴル人が現地の人たちが持っていない優位性を持っていたということになるのだろう。


そんなに簡単に行き来できるのだったら、アフリカを出てからモンゴルや中国にくるのも簡単だったのではないか。そこで「アダムの旅」という本を読んでみた。現代では遺伝子解析から人類がどのように広がっていったのかということはおおよそわかるのだそうである。この本はY染色体(つまり男性側)からみた広がりについて書いてある。

50,000年前にアフリカを出た人たちは複数の経路をへて東へと向かった。もっとも早い集団は海沿いを伝ってオーストラリアまで出て行く。海産物を追いかけているうちにオーストラリア近辺までたどり着いたわけである。いわゆるアボリジニやパプアニューギニアの原住民などはこの系統だと考えられる。彼らは今でも狩猟・採集に依存した生活をしている。これは農業が始まる前にホモサピエンスが広がり始めた証拠になるのだという。

もう一つの系統は45000年前にアラビア半島へ進出しそこでヨーロッパに向かった人たちとイランに別れた。イランからインドに進出した人たちと北に向かった人たちがいる。また、35000年前には狭いルートを通って中国に進出していった人たちがいた。ここで進路が別れたのは天山山脈などに阻まれて東進が難しかったからだそうである。

この本の中にジュンガルギャップという言葉が出てくる。キルギスとタジキスタンのあたりは山になっているのだが、雪解け水が谷に溜まった湖が点在している。急峻な山道を越えて湖を伝って行くと、現在は中国領になっているカラマイという街に行き着く。この辺りがジュンガル盆地と呼ばれているので、これをジュンガルギャップと呼んでいるのだろと思われる。ここを越えてゆくとやがて米の農業に向いた温暖な地にたどり着くわけだが、確かによほどの物好きではないとここに到達するのはあまり容易ではなさそうだと思える。

現在農業の最も古い遺構は23000年ほど前のイスラエルで見つかっているらしい。すなわち人間はしばらくは獲物を狩るためだけに広がっていったことになる。牧畜も農業に伴って発達したようだ。

アフリカには食べ物が豊富にあったためにわざわざ定住して農業などというしんどいことをする必要はなかった。環境が変わるかあるいは食べ物があまりない土地に行き着いたからこそ腰を据えて農業を行う必要があったことになる。そもそも、サハラの環境が悪化したことにより獲物が少なくなったからこそ新世界へと広がる必要があったことになる。その後砂漠化が進行すると今度はサハラは障壁になってしまう。

いったん中央アジアに止まった人たちの中には30000年前にヨーロッパに向けて西進した人たちととシベリアに行った人たちがいたようである。シベリアに行った人たちは寒さに耐えることを覚えた。シベリアは寒いがマンモスなどの大きな哺乳動物がおり、いったん獲物を仕留めればそのあとは比較的楽に過ごすことができる。このシベリアに行った人たちの顔は寒冷地適応のために平たくなりいわゆるアジア人っぽい顔つきになった。最後のマンモスは紀元前1700年ごろに北極海上の島で狩猟されたという説があるそうだ。人間が狩りつくしたか、一緒に連れてきた家畜からの伝染病がうつって滅びたという説が有力だそうだ。

人類は気候が悪くなって獲物が取れなくなると遠くに出かける必要が出てくる。しかしながら、気候が良いからこそ移動ができる。そして気候がまた悪くなり砂漠化や寒冷化が進むとその場所に閉じ込められる。こうして広がったり孤立したりを繰り返しているうちに「人種」が固定したのだろうと考えられているようだ。

気候変動によって孤立したり定住が起きると集団が生まれる。それがある程度のまとまりをつくると同じような言葉を話すまとまりが作られる。一方で、いったん狩猟採集を捨てて農業を覚えた後で、さらに移動しながら遊牧をするようになった人々もいる。彼らは遊牧で移動しながら、ユーラシアの東西で生まれた発明や技術を別の地域に持ち込んだ。

例えばモンゴル人が中央アジアを席巻した時には乗馬と製鉄技術を持っていたのだが、製鉄技術はもともと小アジアのヒッタイトで生まれたものだと考えられているそうだ。もともとは国家で秘密裏に管理していたのだが、国家が衰退して周辺国に広がった。これが中央アジアを経てモンゴルまで伝わったということは、この頃に遠距離を移動する技術と通商経路があったということになる。逆に火薬は中国から西に伝えられたようだ。これも短い間にヨーロッパにまで広がったと考えられる。

人類の移動を阻んだのは山脈や裁くだけではなかった。ヨーロッパにホモ・サピエンスが入るには時間がかかったが、いったん中央アジアで農耕などの技術を蓄積した後で進出しているということはなんらかの地理的ではない障壁があったからである。本の中にはネアンデルタール人との競合について書かれている。

こうした人類の足跡は遺伝子によってたどることができるのだが、ある程度言語とも関連があるそうである。例えば、いったん中央アジアからヨーロッパに行った人たちが話しているのがいわゆるインド・ヨーロッパ語族である。一方で、ヨーロッパには少数ながら孤立する言語を話す人たちが残っている。例えばイベリア半島にはバスク人がおり、ジョージアの険しい山脈の南北にはコーカサス諸語を話す人たちがいる。海を伝ってパプアニューギニアやオーストラリアに渡った人たちは少人数だけが理解できるお互いにあまり系統だっていない諸言語を話す。どちらかといえば後から集団で渡った人たちは系統だった言葉を話し、先に行った人たちは孤立している言語を話している。面白いことに孤立した言語を話す人たちの集団はそれほど大きくならない。「国」のようなまとまりを作るためにはある程度大型の農業を通じて社会を形成する必要があるからだろう。

さらにモンゴル人やトルコ人は定住地を持たなかったのでインド・ヨーロッパ語族の人たちとは違った民族的な広がりを持っている。例えばトルコ系の言語はアナトリアから新疆ウィグル自治区にまで広がっているが比較的お互いの意思疎通が簡単なようだ。これが文化を繰り返してお互いに意思疎通ができなくなったインド・ヨーロッパ語族とは異なっている。

日本というのはまた別の意味で極めて特殊なようだ。北方、東方、南方経由でアジアにやってきた人たちが最後に集まるのが日本列島である。その人たちが話す言語もバラバラだったはずだ。しかしながら、現在日本列島には語族は二つしかなく、大多数は日本語族のいずれかの言語を話す。こうした雑多な人たちがお互いの要素をなんとなく許容したままで溶解してあたかも一つの民族のように振る舞うようになった。

一方で、大規模な農業経験を持たなかったアイヌの人たちはどの語族とも関係性が見つからない孤立した言語を話し、小さなコミュニティにわかれて住んでいた。サハリンにはニブフというこれもまた孤立した言語を話す人たちが住んでいる。

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共産党が支持されなくなると思う理由

立憲民主党は違和感を持って共産党に入れていた人たちの票を吸収するだろうというツイートを見つけた。こういうツイートをみると多分都市部でリベラル的な思想を持ちながら生活している人はリベラルについてあまりよく理解していないんだろうなと思う。

確かに、個人的には立憲民主党ができると共産党の票は減ると思う。安心して入れられる反保守の政党ができるからである。しかし、理由は異なる。多くの人は共産主義に違和感があるからだと考えているのだと思うが、共産主義に反感を持っている人は減っていると思う。なぜならば護憲としての共産党の態度は一貫しているからである。

しかしながら、政党とは何だろうか。

都心部では政党とは党首や有名議員と政党そのものが持っているイメージのことである。イメージは人によって異なるのだろう。共産党といえばあるいは不可触賎民のようなイメージが持たれているかもしれない。

ところが、地方においては事情が異なる。それは市議会議員などの最寄りの議員なのである。彼らは事務所や連絡所などを持っている。これは銀行で言う所のATMみたいなものである。では何を引き出すのか。

個人的な経験と都市部に住んでいる人たちの話を合わせると、どうやら都市の人たちは政治家との関わりがあまりないようである。多分、地方自治レベルの「お困りごと」があまりないからではないかと考えられる。例えば港区役所や各支所で「話が通じないな」と思って困ったことはないが、千葉市役所ではそういうことがしょっちゅう起こる。なぜならば「東京に出るほど才覚もなく地元企業に就職するほどのやる気もない」ような人たちが市役所に吹き溜まるからだ。高齢の職員はかつて汚職がまん延していた時代を引きずっているのでもはや回復不能なレベルだし、若い人たちはやる気だけがあったりする。だからいちいち議員に相談するようなことが増えるのである。

さらに地方にゆくと基本的インフラすらままならないというところもあるだろうから、生活と政治が密接に結びついている。水道を引くのに長い時間がかかったという記憶を持っている地域もあるだろう。東京の都市部に住んでいて「道路の舗装が剥がれているのでなんとかしなければならない」とか「木の枝がぼっきり折れているが誰も手当てしない」などと感じたことがある人はほぼいないはずだ。地方ではそういうことが起こるが都心ではそのようなことは起こらない。

実は共産党にはあまり議員事務所がない。なぜならばそもそも議員があまりいないからである。にもかかわらず熱心な人たちが市議会を傍聴に訪れたりしている。一度、意を決して共産党の議員のところに話を聞きに行ったことがある。80歳くらいのおじいさんだったがマルクス主義について熱心に語られた。「再生産のための余暇理論」などと聞かされても今の政治課題は解決しない。

もともとノンポリ学生なのでマルクスには興味がない。だから彼にしてみれば「無知蒙昧な若者」ということになる。しかし、こちらから例えば正社員が今や特権階級であり、高齢者は株を持っているのだから資本家になりますよねなどと言っても話が通じない。若い頃に熱心に当時のマルクス主義について学んだためにその当時のままで時代認識が止まってしまっているのだろう。加えて、彼らは実経験から政治を学んでいるわけではなく、イギリス人が図書館で考えたことをテンプレートにして現実世界を当てはめているだけだ。ゆえに状況が変わると全く対処できなくなってしまうわけである。

そもそも接点が少ない上に、わざわざ訪ねて行くとこういう人たちに捕まることになる。ゆえに共産党が自分たちのルートから新しい信者を獲得する可能性はほとんどない。日本人は知識を組織の中に暗黙的に蓄える。この場合の知識とは「マルクス主義から離れられないおじいさん」のことだ。

ちなみにこういうことは自民党と公明党でも見られる。自民党の支持者の人は例えば商店街のおじさんとか建設業の人たちなので、よそ者が入ってくることを想定していない。よく自民党の投票数は変わらないというのだがこれは当然だろう。よそもの(つまり浮動票とか無党派層)を受け入れる土壌も意欲もない。また政権公約についても理解しておらず中央から言われたことをオウムのように繰り返すだけである。2009年選挙の時は「良い公共事業」理論をまくしたてていた。どこに行っても同じような調子だったので「麻生理論」だったのではないかと思われる。今でも安倍首相が無表情で文章を読んでいることがあるが、あれはテレビの向こうの有権者に訴えているわけではないと思う。だが支持者たちはあれを理解しないで丸暗記して有権者に訴えるのだ。

公明党も支持母体は創価学会なので新しい人が入り込む余地はない。比較的世代交代には成功しているのだそうだが、それでも若い人たちはそれほど政治には熱心ではないという。面倒なので創価学会の人と政治の話をしたことはない。彼らは非政治・非宗教的な活動を通じて引き込もうとする。目的は信者獲得だからだ。もし彼らと話をすれば聖教新聞の受け売りが始まるはずだ。

変な言い方なのだが、自民党・共産党・公明党は保守政党である。支持母体が閉鎖的で新しいアイディアを受け入れようなどとは考えないからである。それでも自民党は議員数が多いので、議員事務所とか講演会連絡窓口などは比較的容易に見つけることができる。しかしながら、新しいアイディアは受け入れないのでいずれ衰退してゆくだろう。勝手に消えてくれればいいが、自民党は周囲を巻き込むかもしれない。

民進党は地方オフィスを持っている。加えて支持母体が脆弱なので比較的無党派層でも入りやすかった。加えて、地方には市民団体系の事務所がある。独自に議員を出しているのだが国政には窓口がないのでいわゆるリベラル系の議員たちとの連携がある。つまり直営店とフランチャイズがある状態になっている。

さらに、立憲民主党はSNSを通じていわゆる「市民」と呼ばれる人たちとコミュニケーションをする通路を獲得した。今後民進党の地方組織がどこにゆくのかはわからないが、これが立憲民主党にくることがあれば、それも窓口になるだろう。立憲民主党は「SNSを使った大衆扇動」ないしは「SNSを使っての訴えかけ」について学習過程にある。大方の人たちはデモに参加しても何も変わらないと諦めてしまったようだが、主催者たちは手応えを感じたようだ。

学習するということは、背後に意欲があり、ゆえにこれから伸びる可能性があるということになる。

ただし、この推論は支持者が伸びることがすなわち政党の伸長に役に立つという推論に基づいている。もしテレビによる大衆扇動(いわゆるポピュリズムと言われているもの)が役に立つとすれば、そちらの方が手っ取り早い。

ただしこちらについては有権者に学習効果が働いているようだ。まず民主党がテレビにより扇動し、これを維新が真似、最後には希望の党(というより小池百合子さんだが)が「選挙はテレビが勝手にやってくれる」と言い放った。この一連の流れは、大衆は利用されているだけで問題解決には役に立たないと学習させるには十分なのではないかと考えられる。

例えば維新の党は大阪都心部では離反されているようだ。国政レベルでは情報から遠そうな泉州でしか勝ち残っていないからである。ポピュリズムを政治に使っても政権が取れれば良いという考え方はあるだろうが、一旦手を染めたら次々と買収手法を考案しないと政権を保つことはできないということになる。

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安倍首相が掴んだ民意の正体は何だったのか

今回の衆議院選挙の結果についてTwitterを見ていると「日本の民主主義は死んだ」とか「こんな愚民に投票権をもたせてはいけない」などという怨嗟の声が渦巻いている。しかしながら自民党の大勝こそが日本の民意なのだと思う。では、その民意というのは何だったのかが気になるところである。

第一に日本の選挙の特徴は投票率が53.6%だったという点だ。前回とあまり変わらず大きなイシューがなければ投票率が上がらないということを意味している。大きなイシューとは「選挙に参加して劣等なものを排除する」という競争意識である。つまりこれは二人に一人が政策そのものに興味がないということを意味している。だから自民党としては明確な論点を作らず選挙を行った方がよいということになる。今回の選挙は「大義なき解散」などと言われたのだが、大義がない方が都合がよかった。

選挙にいかないのは民主主義の否定だなどというのだが、実際には放任か白紙委任という民意であると考えられる。つまり、何があっても責任は取らないから好きにしてくれということである。

次に挙げられる特徴は、国民は常に不安にさせておいた方が良いということである。これは産経新聞のアンケートをみるとよくわかった。彼らは加計森友問題の責任は果たされており、北朝鮮は制裁すべきであると考えている。しかし、消費増税が良いことなのかや、原子力発電所がどうなるかについても意見が二分する。つまり、現状を追認し明白な悪を叩くことには興味があるが、実は経済やエネルギー政策などについては迷っている。さらに景気がよくなったと思いますかという問いには「思わない」と答えている人が多い。

もちろん産経新聞を読んでいる人だけが自民党支持者ではないだろうが、必ずしも景気が良くなったから自民党を応援しているわけではなく、これ以上悪くなるのを避けたいという気持ちが強いのではないだろうか。

マズローの欲求五段階仮説というものがある。マズローはお腹がいっぱいになると人は高度の満足を求めるようになると考えた。人間の欲求に高低差をつけるのは如何なものかという批判はあるが、ある意味正論を含んでいる。

もし国民が自分の生活に自信を持つと今度は「筋の通った」政治を求めるようになるだろう。国民が筋の通った政治を求めてしまうと、安倍政権には都合が悪い。やっていることは国家権力の私物化だからである。だから、政治についてあまり考えさせず、興味を持ったとしても常に不安にしておくのが良い。だから、老後について完全に保証するのはよくないし、正社員にするのも考えものである。契約社員などの非正規として明日がよくわからない状態で働かせておいて、死なない程度の年金を与えるのが、自民党にとって合理的な政策ということになる。後の福祉政策や労働政策は切り捨てるべきなのだ。

この「筋を持った政治」がいわゆるリベラル思想である。マズローがいうところの「高度な欲求」だ。アメリカではリベラルな政治を民主党が担い、防衛本能に根ざした政治を共和党が担っている。共和党はもともと自分たちが成長するのを政府が妨げてはいけないという主義の政党だったが、ブッシュ後の民主党政権時代に変質し、ついにはトランプが代表するポピュリズム政党になった。これはリベラルの人たちが「政治を私物化」し、白人をのけ者にしようとしたという被害者意識に根付いているかもしれない。日本の民主党政権も同じような働きをした。つまり「改革」などと「かっこいいこと」をいって政治をやらせると「なにか大変なことが起こる」という単純化と被害者意識だ。

アメリカの選挙で赤と青の地図を見たことがある人がいるかもしれない。民主党と共和党で分かれているのだが、両岸にはリベラルな民主党地域が広がっており内陸部には共和党地域が広がる。アメリカ両海岸の人たちはオバマ政権のやっていることが理解できたのでそれほど恐怖心は持たなかった。しかし、内陸部の人たちはオバマが何をやっているか理解できず、被害者意識だけを募らせたのだろう。

オバマ政権の時代は、ちょうどリチャード・フロリダが都市と多様性の著作を出していた時期なので、繁栄する都市の人たちは変化を楽しみその果実を享受することができた。しかしながら内陸部の人たちは「ただ置いて行かれる」と感じてしまったのだ。

では、日本の「民主党地域」はどんな場所なのだろうか。今回は小選挙区で自民党以外の政党を選んだ地域を見て行きたい。特に立憲民主党は「日本で立憲主義が徹底されること」を目指している。これは「単に食べて行けるだけではなく、政治においても正義がなされることを望んでいる」ということになるだろう。

そこで、ネットにあった選挙区を区分けした白地図を党ごとに色分けをしてみた。かなり露骨に先進地域が分かる。なお確認はしたが間違いがあるかもしれないので、このサイトの引用は避けていただきたい。使ってもらっても構わないが間違いを含んでいるかもしれない。

まずは愛知県だ。愛知県は緑色の希望の党が豊田市を中心に広がっており、その近隣には無所属が勝った地域がある。豊田市の候補はもちろんトヨタの労組が押している候補者だった。さらに名古屋市の一部には立憲民主党が勝った地域がある。つまり、その他の地域が、自民党に期待する地域だということになる。

ここからわかるのは、トヨタのような優良企業があると人は団結し、さらに筋の通った政治を求めるということである。つまり、日本にトヨタのような安定した企業を作ってしまうと自民党にとっては不利なのである。ここから日本人が求めているのはアメリカのような変化ではなくさきの見通しということになるのではないだろうか。次は神奈川県である。こちらには日産自動車があるのだが、どういうわけか労働組合にはそれほどのプレゼンスはないようである。こちらは横浜の郊外と鎌倉市、藤沢市にかけて立憲民主党と無所属が勝った地域がある。ちなみに無所属で勝ったのは江田憲司さんだ。こうした地域は経済的に余裕があり家を建てられるような人たちが住んでいるのではないだろうか。つまり横浜市でもいわゆる「私鉄沿線」は非自民の人が多いということである。この地域には東京に通勤している人が多いものと思われる。ここも先進地域のようだ。川崎市北部では希望の党が勝っている。

ちなみに関東南部で固まって非自民党地域があるのはここだけである。後の例外は船橋市(野田佳彦)と旧大宮市(枝野幸男)である。

千葉市の中心部も非自民党地区だったが、候補者が希望の党に「寝返り」自民党に惜敗した。千葉市には美浜区という東京に通う人たちが集まる高層マンションが集まった区域があるのだが、多分この地域を中心に「小池さんは信用できない」という批判が多かったのではないだろうか。いずれにせよ不安定化するとリベラル地域は減るのである。一方、中央区には大手の地元企業がある。今回自民党候補者は逆に得票数を伸ばしていた。不安になると自民党への依存が増えるのだろう。

ここから少しばかり見えてくるのは、自民党への依存は必ずしも経済指標と連動しているのではなく、先の見込みに関連しているのではないかという仮説である。つまり、不安を煽れば煽るほど自民党にとっては有利なのではないだろうか。

さて、ここまで「裕福な地域ほど立憲民主党と無所属が勝つ可能性がある」という乱暴な仮説を立ててみたのだが、これは東京でも成り立っている。違っているのは都心部であっても立憲民主党が強かったという点である。この地域はかなり所得が高い人でないと住めない。さらに渋谷区、世田谷区北部などでも勝っている。武蔵野市も東京に近くやや高級と見なされている。ここでは菅直人氏が勝っている。

緑が一つだけあるがここで勝ったのは長島昭久さんだ。かなり保守寄りの人で近郊エリアでは保守の人のほうが勝てるということなのではないかと思われる。

ここから神奈川県を振り返ると、東京のように経済が安定している地域とのつながりが多い地域はリベラル化しやすいということだ。が東京の東部には自民党地域が広がっている。かなり露骨に大企業や優良企業ほど非自民化しやすいということがわかる。

どうしてこのようなことが起こるのかはわからないが、旧来型の製造業やサービス業大手が強い地域では終身雇用が比較的に守られているのではないかと考えられる。すると、自民党型の政治にしがみつく必要がないので変化に傾きやすいという仮説が立てられる。

もちろん、都市部は浮動票が多いという仮説も成り立つ。しかし、浮動票は東京全体に広がっているはずだ。「草の根リベラルが正義を貫くために立憲民主党を応援した」という仮説はどうも立てにくい。そういう側面もあったかもしれないが、安定している地域ほど自民党に依存しなくても済むと考えたほうがわかりやすいのである。

日本の特徴は地域の経済圏ではなく、企業がリベラルさを支えているということである。日本ではリベラルさに耐えられる企業は東京の都心と愛知県の東部(つまりトヨタ自動車のことである)以外には残っていないのではないかと考えられる。例えばパナソニックはかつては裾野の広い会社だったのだろうが、大阪で大したプレゼンスはない。

大阪では京都に近い二地域で非自民が勝っており、南部(堺市の南と和泉地域)では維新の党が勝っている。都市があまりにも貧しくなってしまうとポピュリズムに走るのではないかと考えられるが、日本人はポピュリストの無責任な約束にはかなり慎重な立場を示すようだ。泉南地域以外では維新の党に騙される人はおらず、従って支持は広がらなかった。

多分、日本人が抱えているのは「漠然とした不安」だ。特に目立った問題があるというわけではないがなんとなく不安なので政治について考えたくないか、変化を起こして欲しくないと考えるのだ。こうした不安は若年層の方が強く、従って若年層の方が自民党支持率が高い。高齢である程度経済力がある人は「立憲民主党のような贅沢」を支持する余裕があると考えられるわけである。

こうした行為を「しがみつき」と呼びたい。しがみつきが起こるのは変化に対する恐怖心なので改革という言葉を使ってもいいが「誰か他の人が変わるのであなたは変わらなくてもよい」というメッセージにする必要がある。もはや変革に疲れているので、これ以上「変わって下さい」などとは言ってはいけないのだ。

しかしながら、このためには犠牲になる地域が出てくる。つまりゴミ箱のようにして矛盾を捨てる必要がある地域があるのである。不安が具体化すると今度は離反が起こる。今回、非都市型で自民党から離反したのが原発を抱えて「第二の福島」になりかねない新潟県と基地を抱える沖縄県である。不安が具現化すると今度は自民党に対する拒絶意識が出てくる。

つまり、自民党は国民が勝手に漠然とした不安を抱えている限りは政権政党でいられるということになる。ゆえに日本人は全体として財政再建が進まないし、企業が新陳代謝を起こすことがない政治を洗濯している。つまり、民意は社会の緩慢な死を選んでいるのだ。

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第48回衆議院議員選挙雑感

台風の中で祝儀委員議員選挙が終わった。以下、雑感を記す。

まずは地元の結果から見て行きたい。一番意外だったのは、実は自民党が得票数を増やしているということだ。千葉1区は東京に通勤する人が多い都市型の地区なのだが民進党から希望の党に移った田島候補は若干票を減らした。しかし門山候補は票を伸ばしている。一方で近郊の千葉9区は秋本候補は票を伸ばし、希望の党に移り「リベラルを排除」した奥野候補も票を伸ばしている。また、共産党の候補も実は票を少しづつ伸ばした。

田島候補にとっては風当たりが強かったようで、選挙戦の最終盤に「小池さんではなく私たちを信頼してほしい」というメールが来ていた。実際には連合が支えている候補者なのだが、内部でも若干離反者が出たのだろう。

リベラルとはどんな人たちなのか

ここからいわゆる「リベラル」という人たちがどんな人たちなのかがなんとなく見えてくる。つまり都市型で経済に余裕がある人ほどリベラルを許容しやすいのではないかということである。

朝日新聞の速報では野党系は青で表示されるのだが、小選挙区で青が目立つ地域には、沖縄県、大阪府、愛知県、神奈川県、愛知県がある。このうち沖縄県では基地問題に対して自民党に強い反発があり、大阪府では日本維新の会が一定の票数を持っている。

残るのは愛知県と神奈川県である。愛知県はトヨタ自動車を中心として経済がうまく回っている。また神奈川県で立憲民主及び希望の党が勝った地域は横浜市の郊外に鎌倉・逗子・葉山を含んだ地域と、川崎市の一部だ。つまり、経済的に余裕のある地域は「自民党は嫌だ」と言うだけの自由があるのだが、そうでない地域は経済が安定しなくなると自民党にしがみついてしまうということがわかる。こうした人たちは「リベラルであること」は「自分に振り向けられるお金」が「他人に行ってしまうのだ」と考えるのではないかと仮説できる。このリベラル感は、民主党地域と共和党地域に分かれているアメリカと合致する。

自民党が離反される理由・支持される理由

しかしながら、自民党が離反される理由はそれだけではない。将来への不安が自民党からの距離を生むことがある。

日本で唯一例外的に無所属が強かった地域が新潟県だ。柏崎市・刈羽村のある地域を含めて、ほぼ全て非自民の候補が勝っている。唯一自民党で小選挙区で勝ったのは前県知事の泉田さんなのだが、この人ももともと原発には慎重な姿勢を示している。福島県も2選挙区で無所属当選者がいるのだが、実際に事故が起きた地域では自民党が勝っている。つまり、いったん事故が起きてしまうと「しがみつき」が生まれることがわかる。自民党には再分配の党というイメージがあるからなのかもしれないし、漠然と「安定している」というイメージがあるのかもしれない。

中間政党の没落

選挙の結果「自民党と公明党が2/3を確保した」ということが話題になる。つまり憲法改正が発議できるということが言いたいのだろう。確かに数の上ではそうなのだが、必ずしも憲法改正の議論にはつながらないかもしれない。

公明党は南関東ブロックで票を減らしている。もともと固定票が応援しているということを考えると創価学会員が相当数公明党から離反しているということになるだろう。この人たちは今後の四年間で自民党の憲法改正議論に「お付き合い」させられることになるが、さらに票を減らすのは確実である。多分、いずれかの時点でこれ以上付き合っていられないと考えるか、中からブレーキをかけることになるのではないかと考えられる。山口那津男さんのあのなりふり構わない演説を聞いているととても仏教信者とは思えないし、平和な人とも思われない。が今にして思えばあれはかなりの危機感の裏返しだったことがわかる。

公明党は自民党と組んでキャスティングボートを握る戦略を持った政党だ。これを中間政党と名付ける。野党側の中間政党が共産党と社民党である。これらの政党は「リベラルで自民党が嫌い」という人たちの一定の受け皿になっていたと考えられるのだが、立憲民主党ができたせいで票を減らしたのかもしれない。意外なことに共産党は政党支部などがわかりにくい構造になっている。だから、地域住民との接点が少ない。多分、労働組合の専従者などが組織的に票の取りまとめをしているのではないかと思われる。ゆえに彼らが呼んでいるいわゆる「市民」などが立憲民主党に流れた可能性がある。

前回の民主党時代に比べると南関東ブロックでは立憲民主・希望の党の合計は得票数をかなり伸ばしていた。つまり旗色を明確にしたほうが得票率が伸びたわけで、リベラル系・自民党を信任したくないが保守の人たちがお互いに我慢して乗り合いバスに乗っていたということがわかる。

これらを総合すると次のような結果が出る。

  • 経済を悪くしておいたほうが自民党にとっては得である。なまじ経済が安定すると我慢してもらえなくなり自民党を離反される。しかし経済が悪く地域に自活する自信がないと自民党へのしがみつきが起こる。つまり自民党は自由主義的な政策は取れないので、財政破綻への道は加速することになるだろう。
  • 野党にとっては旗色を明確にしたほうが得票率は良い。加えて、こうした勢力が自民党支持者の1/2 を超えることは考えにくいので、多分日本で保守の二大政党制を作ることはできないだろう。この構図は55年体制とそんなに違わないからである。
  • 一方、メジャーな政党が旗色を明確にすると、理由は異なるものの、中間型の政党は離反者を増やすだろう。

投票率は53.6%(速報値)とのことだ。台風が来ていても一定数の人は選挙に行くのだなということがわかる。つまり、行かない人はどんなに働きかけがあろうと、立憲主義の危機だなどと言われようとしても頑として選挙に行かないのだが、行く人はどんな悪条件でも選挙に行くということがわかる。なぜこの人たちが選挙に行かないのかはわからないが「何をしても無駄」という人が相当数含まれているのではないかと考えられる。つまり約半数の人たちがなんらかの理由で政治に参加することを諦めてしまっているのである。


以下、今回観察した数字を下記に記す。新聞社のサイトから転記しているので間違いがあるかもしれない。引用の際は必ずオリジナルを当たって頂きたい。

千葉1区

  • 田嶋要 84755 → 81481
  • 門山宏哲 76937→ 82838
  • 田沼隆志 26322→ 長谷川豊 15014
  • 吉田直義 18182→ 大野隆 24231

千葉9区

  • 秋本真利 85092→ 92180
  • 奥野総一郎 68564→ 76332
  • 西田譲 24039→ 立候補者なし
  • 鴨志田安代 20745→ 28488

比例代表南関東ブロック

  • 自由民主党 2321609→ 2395792
  • 民主党 1203572→ 立候補者なし
  • 希望の党 N/A→ 1167182
  • 立憲民主党 N/A→ 1589775
  • 維新の党 1053221→ 日本維新の会 265190
  • 公明党 875712→ 778251
  • 次世代の党 236596→ 政党なし
  • 日本共産党 813634→ 541067
  • 生活の党 175431→ 立候補者なし
  • 社会民主党 132542→ 86398
  • 幸福実現党 24052→ 25984

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モンゴル人はどこからインドまできたのか

ムガル帝国関連の遺産の写真を見ているうちに、ムガル帝国がモンゴルという意味だと知った。もともとフェルガナ盆地で生まれたバーブルが紆余曲折を経てインド北部まで降りてきたのである。そこで、どのような経路を伝って降りてきたのかを調べてみた。

バーブルはまずサマルカンドに行く。そして、そこからカブールを侵攻し、そのあとでデリー近郊まで降りてきてインドの豊かさに驚いたとされる。その途中経過はよくわからないが、現在の道を伝って行くとだいたいえんじ色で書いたような経路が浮かんでくる。

ポイントになっているのはアムダリア川である。この川が北方にある世界とその南側を分けているそうだ。近代になっても、北部はソ連が支配し、南部はイギリスが支配した。この川を超えてソ連が侵攻してきたことでアフガニスタン情勢は泥沼化し現在に至る。

バーブルはカブールからまっすぐ故地には帰らず、ヘラートに寄り道をした。厳しい山道だったという記録が残っているようだ。ヘラートをまっすぐに進むとペルシャに出る。現在、アフガニスタンの治安は極端に悪化しているがそれでもカブールからマザリシャリフを経てヘラートにゆきそこからイランに行った人の記録があった。アフガニスタンは内戦で荒れており厳しい山岳地帯が続くので飛行機で移動するのが一般的なのだそうである。

なんとなくものすごく寒そうな地域なのだが、実際には東北地方くらいの緯度に当たる。ここより南に行くと乾燥が進み、北に行くとステップになってしまうという絶妙な地理条件の地域である。各地の勢力が支配者になりたがる気持ちもわからなくはない。現在でもウズベキスタンでは、米・小麦・大麦・とうもろこしなどが取れるようだ。ただし、綿花栽培のために大量取水を行ったために水がアムダリア川を流れなくなり、アラル海が縮小した上に塩害がひどいことになっているそうだ。

この地域に雨は降らない。インド洋からの雨は山岳地帯にぶつかってしまうのだろう。だが、山に積もった雪が川になって流れることで、この地域が潤い農業に適した土地が広がっているのである。

この地域より北にはカザフスタンが広がっているのだが農地の70%は牧草地として利用されているそうである。

この地域にはキリギスとタジキスタンがあるのだが、山岳地帯のようでこうした民族の経路とは外れている。なおタジキスタンに住んでいるタジク人はペルシャ系だ。モンゴル人が侵入してきた時に山岳地域にいた人たちが残ったのかもしれないと思った。

さて、なぜそもそもこの地域にモンゴル系の人たちが住んでいたのだろうか。チンギスハンについての項目を読むと、和平を求めて現在のシムケントまでやってきた使者が現地の支配者に殺されたのが直接のきっかけのようだ。シムケントが入り口になっているということになる。この地域を席巻し、さらにアムダリア川を遡りウルゲンチあたりまで遠征しているようだ。

では、チンギスハンがどこから来たかというと、もともとはバイカル湖の付近にいた人たちだということである。ここよりも寒い場所にいて寒地適応のために平たい顔になったのだが、それが南下してモンゴル高原にゆき、そこから南下して中国を支配したり、西進してロシア、ヨーロッパ、ペルシャ世界を席巻したことになる。

このようにしてみると農業を生業としている人たちはそれほど遠くに行かなくても食べて行けるわけで、世界帝国を作ろうなどという野望を持たないのかもしれない。モンゴルの人たちは厳しい条件を移動するために馬を乗りこなしたりしていたために、軍事的に差がついたのだろう。

しかし、遊牧の人たちはわざわざその地域で腰を据えて農業をやろうなどとは思わず現地とそれほど同化せず、現地の文化になんとなく影響を与えつつ同化して行ったのではないだろうか。

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