世間は選挙で忙しいようだが、その合間を縫って商工中金のニュースが流れてきた。商工中金が何やらやらかした結果、社長が引責辞任するようなのだが、その背景がよくわからない。ということで調べてみた。
だが、これについて調べてみると、今日本の企業に何が起きているのかということが少し見えてくる。実はお金が余っているのだが、それを増やしてくれる企業が日本から消えかけているようなのである。
これについて知るためには、まず商工中金そのものと「危機対応業務」について知らなければならないようだ。商工中金ができたのは1936年(昭和11年)だそうだ。小泉政権下で一度民営化が決まったが、2008年のリーマンショックを受けて民営化が途中で止まった。現在は、とても宙ぶらりんな状態にあるようである。日経新聞を読んでいるような人はこの辺りの事情をよく知っているのだろう。新聞には解説がない。
危機対応業務は2008年に新しくできた制度だ。危機的な状況を察知した主務大臣が指定をする。すると国は利子を補給したり、返却が滞った時に支払いを肩代わりすることができるようになる。関連省庁は、金融庁、財務省、経済産業相のようである。
2008年はリーマンショックの発生当時であり、東日本大震災の前である。当時の麻生総理大臣の記者会見を読むと、100年に一度の経済危機対策の一環だったことがわかる。この政策には民主党(当時は小沢代表)も反対しなかったようだ。しかし、当時の麻生政権は内部で麻生降ろしが起きており、腰を据えた対応はできなかったのではないかと思われる。
以前に作ったグラフをみると、例えば電気機器の生産や輸出などはかなり壊滅的な影響を受けていたことがわかる。裾野が広い産業であり、影響も大きかったのだろう。つまり、この政策には一定の妥当性があった。
この後に東日本大震災が起こり、小さな落ち込みがあった。これも1000年に一度の地震などと言われた。ゆえにこの2つの状況は経済的に「国難」であり、国が中小企業の支援のために信用の増強枠を作ったことにも妥当性があると言えるだろう。
しかしながら、一度生き残ったこの制度はどうやら中小企業庁の「既得権益」になってしまったのではないかと思われる。あるいは安倍政権になってもそのまま放置された。その後も要件を曖昧にしたまま生き残り続けた。日経新聞は所管官庁の一つである経済産業省幹部が他人事のようにこう言っているのを伝えている。監督官庁とは名ばかりで、問題が表面化してから「どうにかしなければならない」などと言い出している。
業務を始めるには担当大臣が金融危機やテロ、大災害といった「危機」を認定する必要がある。現状では解除の要件が曖昧なため「ずるずると続いた」(経産省幹部)。「平時」になった段階で速やかに解除できるようにし、危機名目での新規融資を止める。
プレッシャーを解決するケイパビリティがない時汚職が起こるのはよくあることだ。商工中金はいずれは民営化して自分たちで儲けなければならないというプレッシャーがあったのだが、かといって民間並みの業務知識はなかったようだ。日経新聞には次のような記述がある。
問題化しそうなのが危機対応融資以外の業務で不正が疑われる案件だ。例えば企業のサポート業務。補助金の申請や経営力向上計画の作成などで取引先に代わって国への申請事務を請け負うサービスだ。取引先の意向に沿う計画書を作ったり、他の取引銀行が作った計画をあたかも商工中金がまとめたように社内で報告し、自分たちの実績としてカウントするなどしていた。
この民営化圧力については共産党が「無理な民営化欲求があったからノルマ追求に走った」と指摘しているが、麻生大臣はリベラル勢力の指摘には一切耳を傾けない方針なのだろう。指摘には当たらないと突っぱねている。赤旗は「麻生氏は「完全民営化をやめるところまでは考えていない」と背を向けました。」と書いている。
だが、特に「復興融資」の名目が立ちやすい東北地方では商工中金などが生き残りの危機感から民間では無理な融資を行っていたようで、民業圧迫が起きていた。日経新聞はこう書いている。
上場地銀の17年3月期決算を見ると、貸出金利回りが最も低かったのは0.89%の東邦銀行(福島県)、2番目に低いのが0.93%の七十七銀行(宮城県)。1%を下回った地銀7行のうち上位2行が東北の地銀だ。地銀の経営に詳しいある証券アナリストは「政府系金融が復興支援を名目に低利で融資するため、その競争で地銀も金利を下げている」と見る。
どうやら地域によってはお金を借りてくれる企業が少なくなっており、地方銀行と商工中金が融資先を争いあっていた様子が伺える。労働者はお金が足りず消費が停滞するという状態になっているのだが、実は銀行にはお金が余っており「借りてくれる人がいない」という状態になっているのだ。平たく言えばお金が必要なところに回って行かないのである。
これを一般的にはデフレ的状態と呼ぶのではないだろうか。だが、どうして地方にお金を借りてまで事業を拡大・継続したい企業が育たないのかということはわからない。わからないのだから対策が立てようがないということになる。
これを複雑にしているのが安倍首相の「デフレではないところまで復活した」発言だろう。政府は公式にはデフレではないと言っているので、デフレ対策はできない。しかしながら政策によってはデフレだからという認識で過剰な融資が行われているのである。よく安倍首相は言っていることがでたらめと言われる。積極的平和主義といって戦争を推進してみたり、改憲しなければならないといいながら解釈改憲してみたりといった具合である。今回も「もはやデフレではない」と言っているのに、一方ではデフレ対策の名目で企業への貸付を続けていたのである。
いずれにせよ、政府は問題意識を持っていないようだ。「危機対応業務」をどうしたいのかということが全く伝わってこない。日本の政界は選挙に夢中になっているので仕方がないのかなとも思えるが、商工中金に業務改善命令が出たのは2017年5月のことである。朝日新聞は不正が発覚したのは2014年だとしている。安倍政権は対応しようと思えば対応はできたはずなのだが、いわゆる森友加計問題で手一杯になりそれどころではなかったのだろう。また野党側もこの問題を放置し続けていた。
本来なら所管大臣(偶然なのか現在の所管大臣は麻生副総理だ)が危機を明確に認定することでガバナンスができる仕組みになっていたはずなのだが、実際には有識者会議を作って11月頃から<議論>を始めるそうだ。麻生元総理は普段から「自分は経営経験があるので企業についてよく知っている」というようなことを言っているのだが、実際にはガバナンスができていないということがわかる。
いくら政府が抜本的な生産革命をすると言ってみたところで実際にそれをやってくれる人たちがいなければ何も達成できないだろう。しかし、実際にはお金を準備してみたがそれを使って事業をやってくれる人がいないという状態が起きているのではないかと思われる。
かといって野党側も経済への知見がないので、これに対して有効な対策が打てない。現在野党が言っているのは「安倍政権が許せない」ということと「憲法で決まっている通りに国会を動かせ」という二点だけである。政権を取る見込みがないので、政権を取った時の対応を考えてこなかったのだろう。
安倍首相は、自分で蒔いた種から国会を混乱させておきながら、それを国難だと言い換えることで、心理的に自己の救済を図っている。安倍首相が自己の救済で頭がいっぱいになっている裏では、無法状態が進行していることが伺える。
現在の情勢では自民党が優勢だということなので、この状態は継続するものと思われる。マスコミにもそれほどの知見はないようなので、商工中金の社長と企業モラルを追求して終わりになるのではないだろうか。