携帯電話料金はやがて下がり始めるだろう

首相の指示に従ったら携帯電話料金が値上がりしたという記事を見た。まず注目したのは日本人が集団圧力をかけて価格に働きかけようとしているという点だ。これは「アーティストのチケットが望む値段で手に入らないから政府で規制しろ」という動きが出た時に観察した。こうした社会主義的なソリューションは需要と供給を歪め最終的に市場を破壊するのだが、短期的にはコントロール可能なように見えるために選好されるのだろう。
結論から言うと携帯電話料金は劇的に下がるだろうと思う。価格というのは需要と供給で決まるからだ。
携帯電話料金が高いのは人々がメジャーキャリア3社のスマホを欲しがるからだ。これはジャニーズファンがSMAPと嵐のコンサートにばかり行きたがるのに似ている。
スマホはこれまで新規顧客導入のための政策価格での提供が行われていた。これが牽制状態となっていて誰も撤退できなかったというのが現状だったのだろう。首相が調停することでこの牽制状態がなくなり、本来の価格に戻ったのだ。
つまりこのことについて政府を恨むのはお門違いだ。みんな高い価格でもDocomo、au、ソフトバンクのスマホが欲しいのだ。キャリアはもはや政策価格で市場に売り込む必要はなくなったのに抜けられなかっただけだったのだ。
さて、ここで問題になるのは「なぜみんな高いキャリアを選びたがるのか」という点だ。これはスマホが顕示的な消費だからだろう。同じようなことはバブル時代の服にも見られた。こぞってブランドものの服を着ていたが、それは安い服を自由に組み合わせてそれなりに見せるという知恵がなかったからなのだ。今ではユニクロを着ている層までもがArmaniを着ていた異様な時代だった。
この消費傾向が改まるためには一世代もかかった。ブランドもの愛好者の下の世代はユニクロを受け入れたが、これは「ユニクロしか買えない」わけではない。ユニクロでもそこそこに見せるためのリテラシーを獲得したのだ。
現在のキャリアはブランドのようなものだ。すでに市場には格安スマホサービスがあるので、徐々にそちらに移行するものと思われる。いったん格安スマホへの移行が顕在化すると、その動きは不可逆的に進むだろう。日本のブランドが軒並み衰退していったことからも、それは容易に予想できる。

日本は中国に勝てないのではないか……

先日パソコンを一台吹き飛ばした。OSをインストールしようとしたのだがうまくゆかず、シャットダウンもできなかったので電源を引き抜いたら、二度と立ち上がらなくなってしまった。「こんなことで壊れるのか」と思い、パソコンを分解した。よほど腹が立っていたのだろうと思う。モノに八つ当たりしたわけだ。気がついたら粗大ゴミになっていたわけだが、液晶は捨てるのにお金がかかる。急に惜しくなり「この液晶、何かに使えないだろうか」などと考えた。
いろいろ聞き回ったのだが「そんなことは出来ない」という声ばかりだった。パソコンショップの店員は「秋葉原でパーツを漁って自分で組立てろ」という。液晶パネルなどというものは各社がバラバラに作っているのだから統一規格などないというのである。液晶を再利用したいなどというバカなことを考える人はいないということのようだ。
ところが、調べてみると実際にこのようなことをしている人たちは大勢いる。しかし、情報はほとんど英語である。いくつか日本人の書いた文章があり、そこから熊本にあるパーツショップの名前を見つけた。なぜかページは英語だ。作っている人は日本人だと思う。日本語と英語で問い合わせたら英語で帰って来た。多分、日本人だなとは思ったのだが、アジア向けに商売をしているのかもしれない。返事には具体的な規格名が書いてある。LVDSという規格(一昔前の規格で主にディスプレイとFirewireで使われている)で、それに見合った「コントロールボード」を探せば良いというのだ。コントロールボードの価格は30ドルから50ドルであり、中国でボードが作られているということだった。「eBayなんかで取り寄せたら」という。
大抵の場合「そんなのは無理」というのは知らない人の台詞で、知っている人から見れば「別になんでもない」問題だということが多い。この液晶問題もその一例だと言える。液晶TVでは基礎的な技術なので、家電メーカーの技術者は知っている人が多いのではないかと思われる。
日本人のパソコンユーザーはエンドユーザー化が進んでいるのだろうと思う。自作PCを作る人はいるのだが高性能のグラフィックボードを積んでゲーム機を作るなどという用途が多いのでないだろうか。こうしたパーツは半ば製品化され高い値段で取引されている。一方で、海外には基本的な技術を理解した上でDIYができる人がいるようだ。なぜそうなのかは分からないが。中古パソコンや修理のニーズが強いのかもしれない。
なぜ中国でボードが作られているのかも分からないが、製造業の中心地は中国に移りつつあるのではないかと感じた。日本の製造業というと金属加工などの触れるものが多い印象だ。手の感覚が活かされるので「職人技」で勝負できる世界だ。一方で中国は基本的な部品を効率よく組み合わせてソリューションを提供するのに長けているのかもしれない。エレクトロニクスの中心地は秋葉原ではなく深圳なのだ。
そう考えると、エレクトロニクスの分野では日本は中国に太刀打ちできないだろう。ニーズがあってもそれを実現する力がないからである。よく「若者の理系離れ」ということを聞くが、ものすごく優秀な人たちだけがもてはやされる一方で、技術者の評価は高くない。実際のは普通の技術者の集積が国力を作る訳だが、日本にはそうした中長期的な視点はないのかもしれない。これは政府がちょっと教育制度を弄っただけでは解決できそうにない問題だ。
ワークライフバランスが取れていれば、余暇で自分の好きな製品を作り、それを市場化するということができそうだが、日本の技術者にそのような時間があるかというのもいささか疑問である。働き方改革には「成長戦略につながる可能性がある」という視点がないのだなと改めて思った。

オークションと需要と供給問題

以前、このブログでオークションについて書いた。これと同じことを高橋洋一先生が書いて案の定炎上気味になっている。反発は感情的なものが多いのだが、理路整然と「欲しい人が手に入れられないのが問題」と書いている人がいた。いい線行っていると思う。
なぜチケット価格は高騰するのだろうか。簡単にいえば希少価値が高いから値段が高止まりするのだ。それは供給もと(例えばジャニーズ事務所)が供給をしぼっているからだ。通常の市場なら需要が多ければ供給を増やす。すると価格が下がって最終的には価格が安定するはずである。
具体的にいえば高校生のファンでも嵐のコンサートがみられるようにしたければ、嵐が毎月コンサートをすればいい。「テレビ出演で忙しいからそんなの無理だ」という人がいるかもしれないのだが、それは事務所が儲かるところに商品を出したいからである。
ここまで考えてくると「事務所は価格をつり上げているのに、その利益がダフ屋の所に行ってしまう」という問題であるということがわかる。オークションにすれば少なくともこの問題は解決されるが、コアのファンに届けるためにはコンサートの回数を多くして、バラエティ番組への出演を控えるべきだということになる。高橋先生はファンにはあまり興味がないので「オークション」と言っているにすぎない。
ファンは毎日テレビで嵐をみたいし、同時にリーズナブルな価格でコンサートにも行きたいと考えるのかもしれないのだが、それは無理だ。なぜならば「であれば嵐を独占したい」と思う人が出てくるからである。そういう人を抹殺することは(自由主義・民主主義経済下では)誰にもできない。これは正義の問題ではない。「高いところから低いところにリンゴが落ちますね」と言っているのだから、リンゴは高いところにあるべきだと言っても、リンゴは浮遊しない。
確かに、嵐が毎月コンサートをするのは無理だと思う人もいるかもしれない。この問題はどう解決すべきなのだろうか。例えば、AKBグループやExileは一軍で人気が出たメンバーを別グループに送り込んでいる。すると、後進が育ち、人気グループだけがいつまでも多くのファンを独占するということがなくなる。最近では価値の上がりすぎたSMAPが解体するという悲劇があったが、木村拓哉が別のグループと組んだりしていればこうした問題は起こらなかったはずだし、ジャニーさん代々木事件でわかるように、ジャニーズ事務所も新しいアイドルの講演を増やしている。新しいタレントを顧みないファンが悪いとも言えるが、それも工夫次第なのではなかろうか。
モモクロやAKBが適正価格でチケットを供給できるのは、顔認証システムなどの導入のおかげもあるのだろうが、イベントが常時行われていて、需要と供給が比較的安定している点にも秘密があるのではないだろうか。先の述べたように、特定のメンバーに需要が固まらないような工夫もみられる。前田敦子がいつまでもセンターだったらと考えてみればわかるだろう。多分すべての需要に応えようとしたら前田さんと大島さんは死んでいただろう。
ジャニーズやアミューズなどは「講演回数をしぼって価値を高めること」に重きを置いている。確かに毎回演出に趣向を凝らすことですばらしい舞台を提供できるのだが、価値が上がりすぎてしまい、一般の人に手に入らないという事態が起こっているのではないかと考えられる。

働き方改革が失敗するわけ

今日の日曜討論は安倍政権の働き方改革の宣伝をしていた。政府は「ちゃんとやっていますよ」というアピールだったのだろう。「これは失敗するな」と思ったのだが、聞き流しているときには理論的に説明できそうになかった。数時間経ってなんとなく説明できそうな気がしたので、試してみる。
現在の働き方改革の基礎にあるのは「政府による長時間労働の制限」に対する期待らしい。直感的には政府による制限はタリフに似ているように思える。タリフは国内産業を保護するが、その費用を払うのは消費者だということになっている。例えば日本人は高い米を食べているのだが、それは関税が高いせいである。同じように働き方改革という名前の保護政策は労働者に負担を強いることになるだろう。だが、枠組みは分かってもそれを理論的には説明できそうにない。
それではなぜ「政府によって長時間労働を制限」しなければならないのだろうか。どうやらA社が24時間労働をやめると、B社がそのオポチュニティを奪ってしまうという構造ができてしまっているからのようだ。これはコンビニだけではなく、様々な産業で起っているらしい。休んでいてもメールで指示が飛んでくるということもあるそうだ。ここからこぼれ落ちた人たちは非正規というステータスに落ち込んで行く。非正規は強い労働意欲を持てないので、全体的な活気がなくなり成長力が阻害されるということである。
例えて言えば、常に顧客を盗まれる危険性があるので、常時監視していなければならないのだ。顧客も短絡的になっていて「今手に入れられなければ別のところに行く」という癖がついてしまっている。だが、この監視のせいで子供も作れないし人間らしい生活が送れないという実にばかばかしいことになっているらしい。これを当事者間でやめることができないので、政府に監視してほしいと言っていることになる。お互いに縛り合っているうちにどうしようもなくなってしまったのだ。
政府は「監視しましょうか」と約束しようとしているのだが、パネラーの1人が「罰則が必要」と言っていた。
さて、ここからが問題だ。考えるべき要素は2つある。1つは監視がうまく行くかということだ。監視には費用がかかるのだが、労働基準監督署が強制力を持つような法整備はテクニカルには可能だが、労働警察を作って企業を24時間監視するには莫大な費用がかかる。誰がその費用を負担するのかといえば、実は労働者(=納税者)だ。
このような監視網が作られると脱法することのインセンティブが生まれる。法律の目をかいくぐったり労働警察の目をすり抜けたりすることにインセンティブが生まれることになる。罰則覚悟でもシェアを伸ばしさえすれば市場が独占できるわけだ。経済的利益があるところには必ず人は集まる。物が高いところから低いところに落ちて行くのを政府は制御できないのだ。
このように考えてくると、非常に単純な一つの疑問が浮かんでくる。「なぜ、監視し合わなければならないのか」という点だ。日本の産業の多くがサチュレーションを起こしていて、新規事業がないからではないだろうか。例えば、運輸業・保険業・携帯電話産業・電機・飲料・流通(デパート、スーパー)など成長が止まってパイの奪い合いになっている産業ばかりだ。こうした産業が顧客を奪われないようにするためには、24時間365日客を監視していなければならないのである。
つまり、この問題も日本に成長産業がなくなったことが原因になっているということになる。古い経営からリソースを解放しないかぎり、日本の労働条件は良くならないだろう。パネラーたちの要望が加藤大臣に聞き入れられても、脱法的な収奪行為が増えるだけなのだろう。

左翼運動家が研究すべき国 – ベネズエラ

新宿で奇妙なデモが行われたらしい。「自分たちが貧困だから政府がなんとかしろ」というデモならまだ分かるのだが、貧困などテレビの捏造に過ぎないと主張した片山さつき議員を糾弾するデモなのだという。日本では貧困であることはスティグマになっている。直接主張することははばかられるので、こうした間接的な方法で他者を叩く行為が横行しており左翼運動を堕落させている。他者に対する慈善行動だと考える限り自分の問題について考えずにすむからだ。
さて、左翼運動家たちは、政府が目配りをして巨大な企業から徴収した税金を貧困層に回せば社会的問題はたちどころに解決すると主張する。
しかし、結論からいうとこれは間違っている。理論的に間違いを検証することは難しいのだが、具体的に失敗した国がある。それがベネズエラだ。ベネズエラでは時々国境が解放され国民が外国に買い物に出かける。国内の流通は壊滅しており、治安の悪い中で徹夜で並んで買い物することが珍しくないそうである。経緯についてはいろいろなまとめ記事が出ている。
ベネズエラには豊富な石油資源が眠っている。かつては冨が一極集中する(これを「新自由主義」と言う人が多い)国だったのだが、揺り戻しが起こった。石油を売った金を貧困層に戻す社会主義化が起ったのだ。結局、非効率な社会主義企業が民間企業を駆逐して経済が非効率化した。さらに石油価格が下落し、ハイパーインフレが起る。精油精製を海外に依存していた政府は石油生産すらままならなくなり、経済が大混乱に陥っている。大きな政府の破綻という意味では、国家公務員が多かったギリシャに似ているかもしれない。
経済が混乱してもベネズエラ政府は経済の自由経済化を進めなかった。政府の権限をより強化して事態を収集しようとしている。これがさらに経済を混乱させている。
日本人はこれがどういうことなのかをうっすらと経験している。菅直人は左翼色の強い首相だったが、原子力発電所が暴走したときに「俺に情報を集めろ」と言って、さまざまな組織を乱立させた。ベネズエラの場合暴走しているのは原子炉ではなく経済なのだが、系が複雑すぎて人の手では制御できないのだろうが、左翼系の人は、人知があれば系が制御できると考えてしまうのだろう。
日本には石油がでないので、ベネズエラのようなことは起らないはずだ。しかしながら、国は国民の貯蓄を国債という形で自由に使えるようになっている。実質的には石油のように「貯蓄が枯れるまで」使える。条件は整っている。
左翼運動が間違っている理由は2つありそうだ。

  • 経済は系として複雑で誰かが恣意的にコントロールすることができない。
  • 現在の左翼運動は「かわいそうな人の貧困を救って上げる」というものなのだが、こういう人は中間搾取者か寄宿者になってしまう。

ではやはり安倍政権が正しいともいえない。ベネズエラが混乱したもともとの原因は新自由主義の増長だ。新自由主義というのはいわば「搾取の自由」を認めた経済であると言える。この搾取される側が多数となり反動的な左翼運動が起ったことが現在のベネズエラの混乱につながっている。
こうした「貧困対策を訴える」ようなデモが見られるようになったのはつい最近のことだ。多くの人たちが自由主義経済からこぼれ落ちつつあるか、その不安を抱えているのだろう。中には家族の介護や子育てなどによって離脱せざるを得ない人がいるのだが、こうした人たちに対する対策はほとんどなされていないし、当事者たちは見捨てられていると考えている。
憲法や安全保障などで燃料を投下しつつ、安倍政権は中期的に見れば安倍政権は反動的な左派政権につながる芽を作り続けている。

なぜ女系天皇は容認されてこなかったのか

さて、女性天皇を容認すべきだという二階さんの発言が議論を呼んでいる。ネットでは「Y染色体が……」というような議論が見られるのだが、女系天皇が容認されてこなかった理由はY染色体は関係がない。女系天皇が容認されてこなかったのは、日本人の独特の感性のせいだ。多分、議論している人たちは分かっていて言わないだけなのだと思う。
日本の歴史上天皇家の生まれではない人が天皇になろうとした事例があった。それが道鏡だ。有名な話なので、知っている人も多いのではないかと思う。Wikipediaには次のようにある。

大宰主神(だざいのかんづかさ)の中臣習宜阿曽麻呂(なかとみのすげのあそまろ)が、豊前国(大分県)の宇佐神宮より道鏡を天皇の位につければ天下は泰平になるとの神託があったと伝えた。 しかし、和気清麻呂が勅使として参向しこの神託が虚偽であることを上申したため、道鏡が皇位に就くことはなかった(宇佐八幡宮神託事件)。

この記述を読むと、女性天皇のもとで権力争いがあったことが分かる。そこで、道鏡を中心に据えれば緊張関係が収まるという案が出されたのだろう。孝謙天皇の時代は皇族を殺して系統を根絶やしにするようなことが横行していたようだ。このため天武天皇の家系から男系男子がいなくなり、女性天皇を立てて系統を維持するしか道がなくなってしまったのだろう。この後、結局天智天皇系が家系を存続させることになる。
Wikipediaには書いていないのだが、道鏡は孝謙天皇と親密な関係にあった」とされている。その「密接な関係」がどんなものであったかは不明だ。もし道鏡が子供を持てば、その人が天皇ということになる。孝謙天皇がどんなつもりだったのかはよく分からないが、孝謙天皇との間の子供だとすると、女系天皇が誕生していた可能性がある。
しかし道鏡は天皇にはならなかった。周囲の嫉妬心があったものと思われる。臣下はすべてピア関係にあり、ピアの一人が突出することを許さない文化がある。持って回った言い方だが「日本人は嫉妬心が強い」のだ。道鏡が選ばれたのは仏門に入っていて争いに加わらないという意味合いがあったのかもしれないが、祭り上げられたせいで争いに巻き込まれ、最終的には都を追い出された。
天皇家が尊重されるのは「誰も天皇になれない」からである。かといって、尊敬しているわけではない。その証拠に天皇が強いリーダーシップをもって政権を取った事例は、ゼロではないがほとんどないと言ってよい。後醍醐天皇の建武の新政があるが、足利氏に離反されあえなく崩壊している。これは天皇がピアの主導権争いに参加した事例なのだが、これに参加すると同じように排除されてしまうのである。
女系天皇だけでなく、女性が天皇になっただけで、閑かな緊張関係にあったピア同士の争いが始まるのだから、唯一の解決策は女性天皇を織の中に閉じ込めて「虫がつかないように」監視するしかないのだが、これは重大な人権侵害になるだろう。かつては皇女が身ごもることを恐れて結婚させずに閉じ込めておくということが行われていたようだ。
現在でも同じようなことは起きている。天皇家に娘を嫁がせた小和田家は国内政治に参加しないことが求められる。また黒田清子さんの夫が表に出ることはない。下手にピア同士の争いに関わると大きな問題に発展するのだ。
日本人が天皇家を敬っているのは「自分が絶対に天皇になれない」からだ。同時にそれは「アイツも天皇にはなれない」からである。このように牽制しているので、男系であっても臣籍降下した人を天皇家に戻すという動きもない。
現在の有資格者は東宮家1名、秋篠宮家2名だけということになっている。そのうち「誰も天皇になれなくなった」ことになりかねない。

転売士(ダフ屋)を排除するためにできる簡単なこと

共同声明というワードがTwitterのトレンドワードに入った。アーティストの連盟がコンサートチケットの転売に反対しているのだという。オリコンの記事を読むと「グッズの売り上げが減る」ということらしい。
システムや構造の不具合については考えないで、やみくもに禁止したり、相手の心情に訴えかけるというのは、いかにも日本人らしいなあと思う。日本は自由経済社会なので、欲しい人に転売するのを禁止するのはなかなか難しいのではないかと思う。
だが、転売士(いわゆるダフ屋さん)を排除するのは実はとても簡単だ。チケット販売を自前でオークションにすればいいのだ。お客に1週間適度の時間を与えて好きな価格を付けさせればいい。実際にはファンの間でオークションが行われているのだから、それをプロダクションが代替するということになる。仕組みはとても簡単だし、スマホ世代の人たちはオークションに馴れている。何の問題もなさそうだ。
メリットはいくつかある。まず、5秒でチケットが売り切れるということはなくなる。これまで通買えない人は大勢出るだろうが、財力の差ということになる。
次に嵐のコンサートで見られたような面倒な本人認証の仕組みは必要なくなる。これもeチケットにすればいいのにとは思うのだが、価格が上がってアービトラージできなくなれば転売士(ダフ屋)は自然に淘汰されるだろう。
問題は「チケットが高すぎてグッズが売れない」ということらしいのだが、グッズはチケット代金の中に含めればいい。これも解決できる。
最後にチケットの売り上げが事前にある程度把握できるので、追加公演も打ちやすくなるかもしれない。
チケットの値段がつり上がってしまうと、若年ファンがチケットを買えなくなるではないかという話もありそうだが、これも解決は可能ではないか。若年枠は安く買えるように「学生割引」をすればいい。これを「汚い」と思う人がいるかもしれないが、実際にはディズニーランドもシニア割りみたいなことをしている。「かつての女子」たちが平日に連れ立ってディズニーランドに行けるようなパスが売られている。同じようなことができるだろう。
技術的に一番問題になりそうなのは「競り落としたけど買えない」という問題だ。クレジットカード即時決済にすればいいとは思うのだが、学生はクレジットカードなど持っていないわけでこれは難しそう。親が見とがめて社会問題化ということも考えられなくはない。これはもう一定期間キャンセルできるような仕組みにするしかなさそうだ。いわゆる「キャンセル待ち」というやつだ。これを実現するためには数学と統計がいる。
このようにメリットが多いオークション方式だが、これで一番困るのはチケットセンターを運営するプロモーターではないかと思う。かつては独自のルートでマーケティングするプロモーターが全国各地にいた。なぜそんな制度があったかというと、情報を得る手段がタウン誌やミニコミ誌などのマイクロ媒体しかなかったからだ。ぴあのような全国媒体ができて状況は若干改善されたが、いまではほとんどの人がスマホかPCを持っているのだから、かつてとは違った制度があってよいのだ。いったん仕組みができれば、転売士(ダフ屋)も排除されるが、プロモーターも潰れてしまうかもしれない。持ちつ持たれつの興行の世界ではこれが大きな問題になるのかもしれない。
「皆さんで考えてほしい」というので、考えてみた。技術的に難しいことは何もないが、結局はしがらみなのかもしれない。

ブラジルは日本の反対側

リオデジャネイロオリンピックが終わった。安倍マリオどうなの?という感想はあるのだが、多分個人的に嫌いだから喜べないだけであって、あれはあれでアリなんだろうと思う。
さて、今回はブラジルは日本の反対側だなあと思ったという話。リオオリンピックの開会式と閉会式を見て「ブラジルって多様性の国なんだなあ」と思った。中でも印象的なのは音楽だ。基礎に西洋音楽があるのだが、黒人のリズムやポルトガルの悲しげな音階などが合わさって独特の音楽が生まれたようだ。
さらに特徴的なのはアコースティック性だった。生の楽器の音や声の調子などが豊かさを醸し出している。
ただ、そのアコースティック性が際立ったのは、実は8分間の日本のショーのおかげではないかと思った。日本は西洋の文化を取り入れる過程でその現実味を徹底して剥離させてしまったようだ。音楽は複雑なリズムの電子音楽だったし、現実を徹底的に排除した二次元のアニメが多用された。それでも足りないと思ったようで「拡張現実」という原始的な現実が取り入れられた。
なぜ日本人がこれほど二次元のアニメを愛しているのかはよくわからない。漢字と仮名を扱うので抽象化能力が発展したのだろうというまことしやかな説があるが、そうでもしないとこの二次元愛は説明できない。
あのショーが成功したのは「外から見える日本」を客観的に見ていたからなのだろうと思う。長野オリンピックのように日本の伝統文化(これはアコースティック性に満ちている)ではなく、AKBやEXILEでもなかった。デジタルデータのほうがコピペされて遠くに届くのかもしれない。
同じように非西洋圏で西洋文明を模倣したのにも関わらず、あくまでも生身の音楽になったブラジルと、徹底した非現実性を追求した日本というのは、やはり地理的にも文化的にも対極に位置するのだなあと感じた。

ジャニーさん代々木

SMAPの騒動を見ていると、日本人がどれだけコンテクストというものを大事にする国民かということが分かる。限定的な情報をもとにさまざまな解釈が行われている。話の中心は事実そのものではなく、情報をどのように解釈するかという話である。端的に言えば「誰が悪者なのか」という話になっている。
当初の発表では木村拓哉がハワイでバカンスを楽しんでいるときに、香取慎吾と草彅剛がクーデターを企てたというようなことになっていた。稲垣吾郎が同調し、中居正広が止められなかったという図式である。それをジャニー喜多川氏が説得したが聞き入れられなかったという。
ここに、謎のフィクサー小杉金屏風氏が登場する。そういう名前の人かと思ったのだが、本名は小杉理宇造氏というらしい。中森明菜を騙して近藤真彦との破局会見に引きずり出して、その後自殺騒動に追いやった犯人として知られているようで、Wikipediaには悪党と書いてある。その人が「4人は事務所と木村拓哉に謝るべきだ」という記事を書いて、ファンの反発を買っていたそうだ。
ファンは「4人を悪者に仕立てようとしている」と反発した。だが、部外者から見ると「仲が悪かったんだから解散すればいいじゃないか」程度の話だが、中では「誰が悪いのか」という話になってしまっていた。
このニュースが広まった時「香取慎吾は悪くない」という声が出てきてびっくりした。グループの解散は別に犯罪ではないのになぜ口火を切ったら「悪い」ことになるのかよく分からなかったのだ。
ところが話はここで終わらなかった。木村拓哉は実はメリー喜多川氏らとハワイで極秘会談を行い「SMAPの今後について話し合っている」という<情報>が寄せられた。工藤静香も参加したという。それに反発した残りのメンバーが叛乱を起こしたというのだ。なんとなくありそうな話ではある。すると「木村拓哉が悪い」ということになる。
しかし、これも本当の話なのかがよく分からなくなった。そもそも当日にはジャニー喜多川氏は代々木でA.B.C.-Zのコンサートを見ていたという説が出ていた。Twitter上では「ジャニーさん代々木」というワードで検索ができるのだが。複数人が見たとか、ジャニーさんはテレポーテーションができるのかという話になっている。
さらに「ジャニーさんの説得」の前には事務準備が進んでおり、8月の初旬には準備ができていたという話まで飛び出した。案内状ができており、役員会での決済もスムーズだったという話である。これを裏付けるような(しかし。確たる証拠はない)話がいくつも飛び出している。見つけたのは「私が旧姓を変えたが5日前だが、案内は旧姓で届いた」というものだった。
この説を支持する人たちが信じたいストーリーは「SMAPのメンバーは解散など望んでいなかったのに、事務所(ジャニーさんではなく、メリー喜多川氏を中心とする人たち)が勝手に解散話を進めた」というものだ。SMAPがなくなれば、番組は継続できず、過去のCDも売りにくくなるわけだからありそうにない話なのだが、まあネットではそういう話もある。裏切ったのはSMAPではなく事務所ということにしたいのではないかと思える。
芸能事務所が作るストーリーはたいていは嘘である。しかし、たいていの嘘は「信じやすく加工された」物語だ。急激な変化は受け入れにくいので、解禁日などを決めてストーリーを小出しにするのが一般的だろう。だが、今回の話は「ファン」対「事務所」という構図になりつつある。「私たちの大切なものをぶちこわしにしたジャニーズ事務所」という形式である。これだけを見ても、今回のジャニーズ事務所は物語作りに失敗したのは間違いがない。
この一連の話で気になるのは「香取君のファン」とか「中居君が尊敬できる」という話はあるのに、木村拓哉への応援が全く見られない点だ。SMAPに一番依存していたのは木村拓哉なのかもしれないと思った。ファンだったとしても「木村拓哉を応援する」とは言いにくい雰囲気になっているのではないかと思えるし、そもそも固定的なファンはCMに起用している各社が思うほど多くなかったのかもしれない。

売れ筋のコンピュータとか日本のIT産業の将来とかいろいろ

パソコンについて調べている。パソコンは複雑な道具で利用するにはある程度の知識が必要である。高齢者は知識のなさをつけ込まれ、若者はパソコン離れしているなどと言われている。その一連の流れで「売れ筋」パソコンを調べることにした。
ノートパソコンはまだ見られる結果だった。Windows7機が未だによく売れているらしい。MicrosoftのOfficeが入った機種は不調で、互換のKingsoft Officeの入った機種が売れていた。Kingsoftは中国の会社だ。
しかし、ノートパソコンはまだマシだった。デスクトップの第一位はスティック型パソコンだ。年の初めに「高価でパソコンが買えない人が多い」という話があり、10,000円でもパソコンが買えるというご紹介をしたことがある。しかし、正直なところ自分では買う気がしなかった。廃熱に問題があるらしく長く使っているとクロックダウンを起こすらしい。実際に使っている人のレビューでもセカンド機という声が多い。
二位は中古のWindows7機だ。ランキング自体にやる気を感じられないところを見ると、もうパソコン自体が売れていないのだろうと思わざるを得ない。ノートはまだ学校の備品などとして売れているのかもしれないのだが、わざわざデスクトップを買いたい人などいないのかもしれない。
メーカーが売りたい機種は10万円以上する高性能のノートパソコンのようなのだが、実際に売れているのは5万円近辺の機種だ。最新のWindows10が使える物もあるが、ハードディスクの容量が足りなかったりと、いろいろ不満も多いようだ。時代に遅れたくないという人がパソコンを買って、結局使えなかったりするのは、こうした事情もあるのだろうなあと思う。さらにパソコンは「クラウドに自動バックアップ」というような対応にはなっていないので、メンテナンスについても覚える必要があるのだが、これについてはマニュアルがない。
いろいろな不具合や不便の結果「じゃあ、スマホでいいや」となったとしても誰も責められない。結局、自分の撮影した写真が安全に守られて、気軽にネット動画を見ることができたほうが便利に決まっている。
さてこのままでは日本の国力が損なわれると考える人も多いと思うのだが、これはこれでまた別の問題がある。実際にプログラムの基礎やコンピュータの基礎を学ぶためには、もっと単純なコンピュータを使ってOSを最初からインストールした上で、自作の周辺機器をプログラミングして動かすというような作業が必要だ。意外なことにこうした教育用のパソコンは安く売られている。だいたい5000円も出せばかなり高いスペックのものが買える。安いものは500円だ。最近では、IoTとして知られる小さなコンピュータなのだが、日本であまり話題になることはない。
プログラムの基礎というは、実は大したことはない。ある条件の時にはスィッチを入れるとか、ループを何回回すとかそういう単純な約束事の集まりで複雑な命令をこなしている。これはどのプログラム言語にも共通である。だから、最初からいろいろな機能のついたパソコンは却って邪魔なのだ。インストールに失敗したらデータが全て消えたということでは困るのだが、そういう経験もしないとコンピュータが分かるようにならない。
ところが日本ではこれはマニア向けのおもちゃというような位置づけになっている。あまりコンピュータの作り手側に回ろうとする人は多くないものと思われる。IoTでお金儲けをしたいと考える人は多いが、自分でやってみようとか、やるためにはどうしたらいいのかと考える人はそれほど多くないのかもしれない。
理由はよくわからないのだが、いろいろとちぐはぐな点が多いなあと思った。