維新の馬場さんの狙い

国会で維新(現在の政党の名前は何というのだろうか)の馬場さんが、大阪へのリニア新幹線誘致を推進し、大阪に万博を誘致すべきだというような趣旨の質問をした。安倍首相はそれに応える形で大阪万博誘を決めたらしい。
確かにイベントの誘致には経済的なメリットがありそうだが、現在の状況をみるとデメリットの方がはるかに大きそうだ。だが、この疑念を系統立てて証明するのはなかなか難しい。
最近、豊洲の問題を見ているのだが、問題の根本には土地開発の失敗があるようだ。都はバブルの崩壊を経験したあと湾岸エリアの開発に失敗し多額の含み損を抱えた。これが表面化するのを恐れ築地の一等地を売ろうとしたようだ。しかし、積極的に高値が付くように動いた形跡はなく「カジノでも作りゃ外国からの観光客がバンバン来るんじゃないの」程度の認識でいるようだ。外国のグループが高値で買ってくれればいいや程度に思っていたのかもしれない。
もともと台場地区は都市博を呼び込んで「民間資金による開発」を目指した経緯がある。青島都知事がこれをストップしたことで計画が頓挫した。
この副作用は甚大だった。もともと築地を中心とし魚食文化は大手流通に押されて崩壊寸前だったようだが、都政はそれを解決できなかった。さらに有毒な土地に拠点を移行することでブランドの崩壊を招くところだった。豊洲に移ってから問題が表面化すれば、日本の魚は放射能と有毒物質に冒されているという評判を得て崩壊していたかもしれない。
海外からカジノが誘致できていたとしても土地を書いとるのは中国企業だろう。中国には売りたくないといえば土地は売れない。つまり計画は早晩潰れていたのではないかと思われる。逆に銀座近くの一等地が中国を「シナ」と蔑視していた石原都知事のもとで中国に明け渡していたかもしれない。
万博の誘致には「もう開発型の経済成長はやめよう」という概念的に反対するのは簡単だ。しかし、現実の政治で見られるのは見通しのずさんさだ。民間事業者は企業の存亡をかけて土地開発を行うわけだが、政治家にも都職員にもそのような必死さはない。そのため計画が極めてずさんなものになる傾向にあるようだ。
信じがたいことだが、日本のエリートたちは集団になると「カジノやイベントなど一般庶民に受けることをやればなんか儲けれるんじゃないの」という程度の認識しか持てなくなるようだ。いわば集団白痴化が起きている。イベントそのものにあるわけではなく、インプリメンテーションにあるということになる。「武士の商売」が問題なのだ。
この武士の商売に対して大阪の経済界には「参加協力を拒否したい」という声が起きているという。東京五輪で学習した住民はこの計画には賛成しないだろう。「コンパクトに収めますよ」という約束は破られることになる。
馬場さんの発言には「含み損の隠蔽」という側面があるのかもしれない。大阪湾岸の開発も失敗しているのだが、何らかの開発計画があれば清算を先延ばしにできるからだ。何か動いているうちは失政が露呈しないので、なんらかの「夢を見せておく」ことが重要なのだ。これも東京やその他の大都市に似ている。つまり、バブルの清算が終わっていないということになる。
おおさか維新(今の政党の名前が思い出せない……)の狙いは、権力の中枢に入り込むまで維新府政の失策を露呈させないためなのかもしれない。
この朝日新聞の記事を読むと大阪府でも「イベントで民間から金を出させて、その後カジノをやろう」という見込みがあるそうだ。東京でも大阪でもこの程度の経済成長計画しか立てられなくなっている。経済界から政治の世界に転身するのは難しいので、民間の知恵が道入できないのかもしれない。職業政治家ばかりにしてしまったつけがここにも表れているようだ。一方、日本は衰退するだけでもはや成長産業をカジノ以外に見つけられなくなっているのではないかという危惧さえ感じられる。

国会議員は2期でお休みにすべきでは

国会が始まったらしいのだが、全くもモニターしていない。明らかに無意味だからだ。アジェンダとして上がっているのは、補正予算による景気浮揚、TPP、憲法改正だと思うのだが、どれも意味がない。補正予算はカンフル剤にしかならないだろうし、明らかに新しい産業が成立する邪魔になっている。民主党と共和党が揃って反対するTPPは発効しないだろう。
安倍首相の周辺からは「北方領土交渉で政治的成果をあげて支持基盤を磐石にしたい」というような希望的観測が流れる。ロシア側から見れば「お土産」を渡してロシアの国益を追求する絶好の機会だ。すでに交渉に負けていると言ってよい。
何のために憲法を改正したいのかよくわからないが、足元では深刻な変化が起きている。深刻な格差拡大が起きており、企業の生産性や労働者のやる気も低下している。地方には自治体を維持できないところもできており、東京にも波及しそうだという。巨額な年金資金が市場に流れ込み資本主義を根本から破壊している。
だが、政治家はそのような変化に気がついていないようだ。
最初のうちは「問題を無視しているだけだ」などと思っていたのだが、本当に気がついていないのかもしれないなあと思う。なぜなんだろうと考えたのだが、常に政局の中におり、まとまって資料を読んだり、ものを考える時間がないのかもしれない。
民進党にいたっては(そういえば最近は減ったが)始終Twitterに張り付いて「あれは問題だ」などと息巻いていた。これでは「今どのような変化が起きているか」を考える時間はないだろう。
ということで考える時間を作るにはどうしたらいいのだろうか。2期程度働いたら立候補しないのがよいのではないかと思う。その間の生活は党が支えればよい。ずっと当選していないと「政界でのプレゼンスがなくなってしまう」と考えるのが一般的だとは思うのだが、これは一般国民が仕事から離れられないのと同じ理屈だろう。
現在、安倍首相の総裁任期を延長する議論が進んでいるということなのだが、多分任期が長くなれば長くなるほど、近視眼的になってゆくだろう。

豊洲移転問題と関東軍

peekいつものようにアクセス解析を見て驚いた。突然アクセスが跳ね上がっているのだ。何か炎上したのかと思い緊張した。
色々調べるとミヤネ屋で「豊洲市場移転チームの技術屋は関東軍だ」という説明があり、関東軍がなんだかわからない人が調べたらしい。テレビの影響って怖いなあと思った。YouTubeを見ると確かに関東軍という見出しになっているが、関東軍についての説明はほとんどない。

関東軍とは

関東軍は「専門家が暴走した」比喩として用いられる。満州の防衛を担っていた陸軍の組織で、関東とは満州のことで、日本の関東地方とは全く関係がない。関東軍が有名になったのは、第二次世界大戦は陸軍が勝手に起こしたもので、天皇も国民も知らなかったという説明に用いられるからである。
関東軍が中国大陸で「暴走」していた時期はちょうど大恐慌の時代に当たる。政府は経済運営に失敗したが政争に明け暮れており解決策を提示しなかった。陸軍本部も東京で内輪の出世競争をしていた。そこで現場は「どうせ、東京には中国大陸の事情はわからない」と考えて、勝手に中国の要人を殺し、戦線を拡大した。
しかしながら、東京側は陸軍を罰せず、作戦を追認した。国民の圧倒的な支持があったからだと言われている。当時の大手新聞社もこれを煽ったのだ。国民が支持したのは軍部が戦線を拡大したことで日本の景気がよくなったからだ。中国大陸に植民地ができたことで需要が喚起され、余剰の労働力が吸収された。この結果、日本の景気はいち早く回復した。
しかし、この回復は出口のない戦略だった。中国の利権獲得を狙ったアメリカと衝突して外交的な緊張関係に陥る。資源輸入を制限され国民生活は窮乏する。結局日本は挑発に乗る形で真珠湾を攻撃し、第二次世界大戦ののちに中国利権を失った。

関東軍と豊洲移転チームの違い

関東軍と豊洲移転チームには共通点がある。本部が無能でありプロジェクトを管理する能力がない。別の事象に夢中になっていて現場に関心もない。現場には特有の危機感があり、リソースはないが問題を解決する能力を持っている。すると、状況をよく考えずにプロジェクトが始まってしまうのだ。いわゆる「出口戦略」がないので、いずれ状況は破綻する。専門家には多様な視野がないからだ。
一方で違いもある。関東軍は「勝手に暴走した」わけではない。もちろん最初のきっかけは暴走なのだが「結果を出した」ことで政府や国民の信任を得ることになる。国内の政治は二大政党による政争だったのだが、戦時体制に組み込まれ「一致団結」する道を選んだ。これが後になって翼賛体制と批判されたが、当時は「話し合いではないも解決せず行動あるのみ」という空気があったのである。

楽譜の読めない人を指揮者にしてはいけない

豊洲移転問題の要点は「楽譜の読めない人を指揮者にしてしまった」ことにある。当時の東京都政の喫緊の課題は予算の膨張を防ぐことだった。石原都政は銀行経営に失敗しており、都の金を使っって後始末したばかりだったからだ。
有毒物質を産出していた土地で食べ物を扱うわけだから「100%の安全」のために万全の対策をとれば金がいくらあっても足りなかったはずだが、石原慎太郎は判断の間違いを認めず、現場になんとかさせようとした。
そこにコストカッターと言われる市場長がやってきて「どうせお前達は無駄ばかりしているのだろう。費用は削れ。でも安全は確保しろ」などと言われれば、現場はどう思っただろうか。その中でもできるだけのものを作ろうと思った善意の人はいたかもしれないが、微妙で技術的なことを言ってもわかるはずはない。
これは作曲家が「若者に受けてSNSで爆発的にヒットするが、万人に理解される音楽を作れ。ただし楽隊の編成は最低限にしろ」などと言われているようなものだ。いろいろ作ってくるかもしれないが、発注者は音楽にさして興味がない。クライアントに言われたことを調整せずに垂れ流しているだけだからである。煮詰まった作曲家は三味線だけで演奏できる演歌を作って持って行く。しかし、発注者は楽譜が読めないので何が書いてあるかわからないのだから「知らなかった」と言って受け取ってしまう。クライアント会議でお披露目した席で「私は騙された」というのかもしれないのだが、それは作曲家が悪いのだろうか。
冒頭に書いたように「関東軍」は、現場が勝手に暴走した際に使われることが多いレッテルだ。含みとしては「議会と都知事は悪くなかった」という総括であり、実際には何も解決していない。しかし、豊洲の場合には図面や契約書には嘘はない。すべての報告は技術的には上がっている。これを「理系が暴走した」と説明してしまうのは、ものすごく乱暴だ。そもそもの原因は「予算はないが100%の安心安全を目指した施設を作れ」という都側の指示なのだ。
ただ日本テレビも番組制作プロダクションが何か問題を起こしたとき「私たちは知らなかった」などと言いそうだなあとは思った。いつも「予算はないが、クライアントが満足できて視聴率がどーんと取れるものを作れ」などと言っているのだろう。そこでプロダクションが安全管理を怠っても「プロダクションが暴走した」などといって済ませてしまっているのではないだろうか。
これをあろうことか「理系(関東軍)の暴走」という表現をしている。「理系」とは一般人にわからないようにわざと難しいことばかりいっている人という意味なのだろう。一般人は難しいことを理解しなくてもいいし、無理難題は専門家に押し付ければいい。日本人が理系離れするのは当然かもしれない。
先の第二次世界大戦の教訓は関東軍の暴走を国民が黙認したことにある。遠く離れた土地の出来事なので多くの国民は「自分には関係がない」と考えて黙認した。戦後も多くの日本人はこれを軍部の暴走と総括して反省しなかった。プロセスには関心を寄せず長期的な視野も持たず、単に結果だけをみて一喜一憂している。日本人だけの悪癖だとは思わないが、同じような失敗が繰り返されていることは間違いがないだろう。

石原慎太郎と保守老人という害

豊洲移転問題の大体の構図が見えてきた。
石原慎太郎は築地市場問題には興味がなかった。しかしながら、東京ガスは有毒で民間が買い取りそうにない土地を都に押し付けたいという希望を持っており、それに政治家が関与した。
東京ガスはいいわけばかりの土地再生処理を行ったのち都に土地を押し付けた。ところが実際に土地を見たところ、当初の予算ではとても処理ができそうにない。そもそも処理できるなら民間が買い取っていただろう。
そこで石原は技術官僚と現場に「なんとかするように」と言い含めた。これを指示だと受け取った現場側は土を使わない節約方法を提案した。しかし、表向きはすべてきれいな土を使うということになっているため議会には説明しなかった。だが、技術文書や契約書には、盛り土はしないということになっており、責任者はそれを了承した。
議会に説明しなかったのはこれをまともなルートで議題に挙げると承認したのは議会だということになってしまうからだ。現場側としては技術的文書に印鑑は押されている。だから承認は受けたと言える。そして、責任者は細かいことはわからないと言うことができる。
ここでいう「老害」とは何だろか。それは、責任を取るべき役席にありながら「知らなかった」で済まされると思っているところだ。石原に至っては「私は騙された」と言っている。役席の特権は享受しながら、実際の責任は取らなくて良いと本気で信じているわけだ。本来なら知らないことを承認することなど恐ろしくてできないはずなのだが、それを考えたりはしない。石原は「都知事とは言われればハンコは押す存在だ」という趣旨のことを言っている。最初から政治的プレゼンスのために都知事という役職を利用したのであって、その責任を果たすつもりはなかったのだ。
有毒の土地を買い取っていて「なんとかしろ、ただし予算はない」と言っている。つまり、判断の責任を取らず、解決策を提示もせず、単に利益だけを貪ろうとしている。もし「知らなかった、できなかった」というなら、すべての報酬を返還すべきだろう。移転中止で莫大な損害を被る市場側は歴代の都知事を訴えるべきである。
どうやら現場は問題を認識していたようだ。盛り土をしても有害物質が上がってくるかもしれないし、液状化して地盤が使い物にならなくなるかもしれない。そこで土地の一部に空洞を作って調査できるようにしていたようである。
よく保守を名乗る人たちは、日本には長い歴史があるので日本人であることは誇るべきだが、個人としての日本人には価値はないなどということを言っている。しかし、実際には私たちが豊かな文化を持っているのは、単に天皇陛下が毎日先祖に祈りを捧げているからだけではない。例えば、毎日危険を覚悟で漁に出かけ、一生をかけて魚の良し悪しを学ぶ仲卸が朝早くから魚を仕入れているからである。つまり、毎日の積み重ねが、私たちの伝統を支えている。
集団無責任体制が悪いとは一概には言えない。それはある意味「優しさ」である。だが、その「優しさ」の結果、築地の伝統が破壊されかけた。それは近代東京が育んできた魚食文化が根底から破壊される可能性を含んでいた。すでに「新市場の土地は汚染されている」という風評が英語で発信されており、東京への寿司ツーリズムは被害を受けるかもしれない。つまり<保守老人>に熱狂した人たちは、日本の伝統を潰しかけたのだ。
真の保守はどうしたらこのような毎日の暮らしを守って行けるかということを真剣に考えるべき人たちなのではないだろうか。なぜこのようなことが起きたのかを真剣に考えるべきだろう。
翻って石原は、自分の差別意識に根ざして尖閣諸島の件で中国を挑発して事態を悪化させるくらいの<愛国心>しか見せなかった。その一方で、暮らしや民族の伝統を守るということについては、何の見識もなかったのである。
一見無関係に見えるプロジェクト管理能力のなさと<保守的発言>なのだが、実際のところは通底するものがあるのかもしれない。現場に対する理解がないからこそ、無責任で放埓な<保守>発言ができるわけだ。
ここで「私こそ真の愛国者だ」と叫びたくなるのだが、それは控えておいたほうがよいのかもしれない。誰でも自分の地域や国を誇りたいという気持ちは持っているものだ。しかし、それを支えているのはなんということのない日々の繰り返しであって、声高に何かを叫んで、誰かを罵倒しても、それが明日を作ることはない。

ユニクロのチノパンと色落ち

昨年の11月に「さすがにズボンぐらいは新品じゃなきゃまずいだろ」と思ってユニクロでチノパンを買った。2,900円だった。それが半年くらい経ってこんな感じになった。半年間毎日履いていたせいもあるのかもしれないが、洗濯を繰り返すたびに色が落ちていった。






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ジーンズの色が落ちるのはなんとなく「味」と認識されるのだと思うのだがチノパンは色があせると単に汚いだけだ。おしゃれさんと呼ばれたいわけではないが、最低限こぎれいな格好をした方がよいことはわかる。ということで、「新品を買えば安心」というわけではないということが分かった。

こういう経験をすると、なんとなく「中古ショップでも良いのかな」という気持ちになる。丈詰めしていないユニクロやH&Mのパンツが500円以下で取引されていることがあるのだ。なぜか履きつぶした感じもない。


この記事を書いたのが2016年なのだがその後新古品のようなものは少なくともユニクロではあまり見られなくなった。はっきりしたことはわからないが、成績のために売り上げを競わせることはなくなったのではないかと思う。もっとも、ウールマークがついたようなものは未だに出回っている。


もしかして新品を流している人がいるのではないかなあとすら思える。誰がわざわざそんなことをするかはわからないが、もしかしたらお店のスタッフや店長さんが売り上げを増すために流しているのかもしれないなあなどと疑った。

プレミアムコットンのTシャツとウールマークの付いたユニクロのセーターをそれぞれ280円で購入できた。天然素材の価格が値上がりしているので、ユニクロからはウールマークがついた商品は消えかけている。天然素材にこだわると中古ショップに行った方がよいというような状態なのである。

下手に安いボトムを買うと色褪せが怖いということを学んだんので、DIESELのパンツを2本買った。あまり流行に左右されないストレートなジーンズなら色落ちしても構わないし、味にもなるからだ。かつては中古品でも高価なものとみなされていたDIESELだが1500円+税という価格で手に入ったりする。

かつてはユニクロを着ていると恥ずかしいという認識があり、その後ユニクロでも構わないということになった。しかし、時代はさらに進んでいて中古ショップの方が良いものが手に入るという時代になりつつあるようである。これがアパレル産業について良いこととは思えない。

アパレル産業の現場の人が現状をどう捉えているのかということを知りたいと思った。

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ファッションデザイナーになるには


ファッションデザイナーの世界 – 構想から実現までを読んだ。構想のまとめ方から組み立て方など 、つまりどうやったらデザイナーになれるかが書いてある。市場で何が流行っているかをキャッチするのは重要なのだが、時には、大胆な提案も求められる。コンセプトは「デザイナーが提案する」のだが、ゼロから全てのコンセプトを作り上げるわけではない。
まずデザイナーはインスピレーションのもとになる素材を集める。例えばある民族の衣装(日本の着物だったり、マサイ族の衣装かもしれない)や特定の時代を背景にした映画などがインスピレーションの元になる。ミューズといって「この人にこういう衣装を着せたら似合うだろうなあ」というのもインスピレーションの元になるそうだ。これらを集めて来て、要素に分解する。その要素をまとめてイメージボードを作る。
次にコンセプトとテーマを決める。コンセプトは「繭」(どうやら形状というよりも「包み込む」という抽象概念のようだ)だったり「宇宙」だったりする。構造的な「プリーツ」もコンセプトの例に挙っている。コンセプトと同時により具体的な「テーマ」を決める。本には「特定の神話世界」「時代背景」のようなものが挙っていた。
コンセプトやテーマを決めると、服のアウトラインが決まる。フランス式は曲線的なアウトラインなのだが、アメリカと日本は幾何学的なシェイプ(AとかXとか)を使うのだそうだ。さらにカラーパレット(一連の色の組み合わせ)を決めたら、土台になる作業は完成だ。
さらに、このトーンを象徴するキーイメージを作成し、ブックを形成する。もちろんフォントにも意味はあるし(GaramondとHelveticaは歴史が違う)ロゴなどもトーンを決定することになる。
ここまでがだいたいコンセプトの作り方だ。誰でもファッションデザイナーになれそうだが、ここに落とし穴がある。デザイナーがシェイプを決めるとき、布がどう動くか、色はどう見えるかなどを知っていなければならない。つまり、デザイナーはコンセプトメーカーであるだけではなく、職人でもあるべきなのだ。実際には縫製をまったく経験したことがないデザイナーというのも存在するようだが、布の動きについては熟達しているはずだ。
つまり、コンセプトメーカーとしてのデザイナーは、服という特殊知識と、今の市場が何を求めていて、過去にどんなスタイルがあったかという一般的な知識を併せ持っている必要があるということになる。
広告業界にも似たような考え方があるようだ。J.W.トンプソンの副社長を務めていた人が書いたアイデアのつくり方という短い本は資料を「一般」と「特殊」に分けている。対象クライアント、顧客、製品などについて考察するのは大切だ。これが「特殊資料」になる。しかし、「一般常識」や「考察対象に関係がない」資料も同時に必要だ。デザイナーは専門の知識だけでなく、一般的な常識も必要なのだ。
それを裏付けるように『ファッションデザイナーの世界 – 構想から実現まで』には、わざわざ映画のリストが載っている。テーマのもとになるのだが、映画は直接ファッションに関係がないから一般資料になるのだろう。
フランス人がブック作りにこだわるのは、分業体制が前提になっているからだそうだ。彼らはコンセプトだけを作り、これを世界各地にある縫製部隊に回す。実際に製品を作り上げるのは世界各地にある実行部隊で、デザイナーの最終承認を経て、コレクションが完成する。グローバル化した世界が前提になっている。
つまり、デザイナーは、専門知識、一般常識だけでなく、国際的なプロジェクトマネジメントの知識までが要求されるのである。

わざわざ水害の多い地域に住むのはなぜなのか

台風が来るたびに川が決壊したというニュースが流れ「水があふれて想定外たった」というような話になる。最近では線状降水帯という聞きなれない気象用語が一般化した。このため気象災害が起こると「想定外だった」という話になり、そんなところに住んでいる人が悪いという論が出てくる。






しかし、調べてみると川が決壊するのは決して偶然ではないことが分かる。むしろ、日本人はもともと洪水が起こるような土地に好んで住んできた。川の決壊が驚きを持って語られるのは日本人がどこから来たのかを忘れかけているからなのだろう。政治議論をするにしても避難経路を確かめるにせよ、自分が住んでいる地域の川がどのような来歴でできているのかを知るのはとても重要なことである。

また、堤防の議論は日本人は氾濫原に好んで住んでいるという事実を踏まえる必要がある。ダムや堤防を高くすれば普段の洪水は防げるようになるだろう。一見良いことのようだが、数年に一度ものすごい雨が降ると今度は逆に被害を大きくすることがわかる。防いでいた水が一気に流れ下るからだ。2018年の水害ではダムが被害を大きくした。朝日新聞には次のように伝える一節がある。

西予市は3~4キロ上流の野村ダムの放水量が一気に増加したことが原因の一つとみている。野村ダムは7日午前6時すぎ、放水量を1時間前の4倍以上に増やした。ダムを管理する国土交通省四国地方整備局野村ダム管理所によると、上流河川が未明に氾濫危険水位に達し、ダムも満杯になって貯水能力を超える恐れがあったためという。

担当者は「今回はダム周辺に長時間、雨が降り続いた特異なケース。こんな状況での大量放水は想定していなかった。やむを得ない措置だった」と説明する。

ダム管理所は放水の1時間前、サイレンや市内アナウンスでダム放水に伴う河川水位の情報を流し、西予市防災行政無線で避難指示を呼びかけたという。愛媛県の中村時広知事は「本当に難しい判断だと思う。マネジメントを間違えると逆に決壊ということにもつながる」と述べた。

観光名所の京都・嵐山を流れる桂川では6日夜に水位が急上昇し、氾濫(はんらん)した水が道路に流れ込んだ。近畿地方整備局によると、上流の日吉ダムで貯水能力を超える恐れが生じ、6日夕に毎秒約900トンの放流を始めたためという。

NHKを見て「水害対策がなされていない」と騒ぐのは構わないと思う。だが、単に騒ぐだけではなく雨が落ち着いたら地域を実際に歩いてみてどこに何があるのか調べてみるべきだと思う。さらに時間があるのなら地域の図書館に出かけて治水の歴史について見てもよいのではないだろうか。

例えば2018年に被害の出た岡山県倉敷市真備町の小田川にはかつて東西両ルートがあったとも西側ルートだけだったとも言われているようだ。山から下った川は井原で谷筋とぶつかる。もともと山陽道が福山から倉敷に抜けているルートである。小田川はこの筋に従って福山側に抜けていたという話があるそうだ。今では東側に流れており高梁川に接続している。人工的に流路が変えられた形跡のある小田川には天井川になっている地点があり、これが今回の被害につながった。終点が高梁川なので、高梁川に大量の水が流れると流れがせき止められたような状態になる。改めて地形をみるとそのことがよくわかるのだが、言われてみないと気がつかないという人の方が多いのではないだろうか。

今昔マップなどを見ると古い地図を調べることができる。

僕が住んでいる地域は関東ローム層という火山灰が降り積もった台地になっている。近くには貝塚が点在している地域もあるので、もともと台地と深い入り江が入り混じった地域だったようだ。

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白く塗ったところが川筋に当たる。火山灰の柔らかいところを小さな川が削ったのだろう。

集落は真っ平らなところにはない。谷そばの高台に古い集落がありそこから谷底の田んぼに通っていたようである。

その奥には水害に無縁の大地もあるのだが、ここは旧来全く利用されてこなかった。古くは藩の訓練施設になっていたようでその後軍隊が使うようになった。軍の訓練施設は隣の市からさらに隣の市まで広がっており、隣の市は軍都と呼ばれており、今でも多くの史跡がある。だが軍事施設になるまで空いていたということはつまり利用価値がなかったということである。

戦後になって周囲の事情は一変する。原野にあった軍用地は大幅に縮減されて開拓団が作られた。開拓団は水の便が悪い地域を切り開いたのだが田んぼが作れなかったので畑になったようだ。川がないと栄養分も蓄積しない。肥料を外から入れない限り農業には向かない土地なのだが、今でも畑が広がっている。ところどころに開拓記念碑があり戦後の苦労がしのばれる。

今でも雨が降ると低い土地には雨が溜まる。ところが日本は土地の価値を米で計ってきたため氾濫地を抱えた土地の方が実は価値が高いのだ。ただ住宅に適さないことも知っていて住居は高台に構えていた。

今でも水浸しになる地点には「源弁天」という小さな祠がある。この水源が潰れないようにという工夫だろうか「よくお乳が出る」というような伝説まで与えられている。弁天は水が湧き出るところによくある地名で源町という町も水源地を意味するのだろう。

日本人は古くから氾濫原や水源地とうまく付き合って生きてきた。これがわからなくなったのは高度経済成長期だ。農家が田圃を売りはらい住宅開発をしたので新規住民は土地の成り立ちを知らない。

それを取りまとめていた人たちが市議会議員になった。谷が埋められることはなかったが、谷筋を無視して直線的な道路が引かれ、高低差は分かりにくくなっている。この近くにも「〜台」という地名がついた。だが実際には谷である。それでも水だけはやはり制御できず、大雨が降ると水浸しになってしまう地域がある。よく地域で問題になるがうまい解決策はないようだ。そういう土地に家は建てられないので自治会館が立っている。避難場所にもなるが地元の人は決してそこには避難しないだろう。そもそも源弁天が海に流れる流路にあたり、その道にはいまでも地下河川が通っているからである。

それでも住むには適さない地域が残った。そういう場所は市に買い取らせて、モノレールの基地や公園を整備した。そのように「うまく市政を使う」のが地元の政治家の腕の見せどころだったそうである。このように、水利は今でも政治に大きな影響を与えている。

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ファッション雑誌はいらない – オンラインの現状

先日、ファッション雑誌には足りないものがあり、ネットには新しい可能性があるだろうと書いた。まあ、理屈としてはわかるのだが、実際を調べてみた。
「私をまとめる」という機能はないが、スタイルごとに情報をまとめるくらいはできるようになっている。多分、スマホ世代で「雑誌でしかファッション情報を取らない」という人がいれば、かなりの情報弱者だろう。ファッション雑誌が、読者モデルのスター化を進めたり、中高年を相手にしなければならない事情がよく分かる。ファッション情報の提供という意味ではすでに遅れた存在なのだ。

WEAR : 参考になる人を見つける

zozost
ZOZO Townのメールマガジンにショップスタッフのコーディネートが出ている。身長や体重の記述があるので、似ている属性のスタッフさえ探せれば参考になるかもしれない。実際にはWEARのシステムを使っているようだ。
スタイルはタグ付けされており、気に入ったスタイルを探すこともできる。ちなみに大人カジュアルを検索するとこんな感じになる。ショップ現場の情報なので雑誌編集者のバイアスが入っておらず、生の声に近いと言えるかもしれない。一方でデザイナーが新しいスタイルを提案したいと考えても、現場が納得しなければ導入は難しいだろう。ファッションは却って保守化しそうだ。
各コーディネートはアイテムに結びついているので、どのような着方がされているのかを勉強することもできる。性質上、購入前情報の提供が主眼になっているが、購買後の研究にも使える。
プロのモデルとの一番の違いはポーズのバリエーションが少ないことなのだが、洋服とはあまり関係がない。

Lookbook

lookbookこのWEARの元になっていると思われるものがLookbookだ。こちらは消費主体の発信になっているのだが、長く続けている人はポートフォリオをまとめたい写真家などのようだ。
Lookbookはポートフォリオ形式だ。見せたいのはその人らしさであって洋服ではない。WEARには目に線が入った人がいるのだが(日本人は目が特定されると魂が抜かれると考えているのかもしれない)Lookbookにはそれは見られない。
日本人の参加者もいるのだが、活動はあまり活発ではないようだ。

Lookbook : スタイルを探す

explore
Lookbookはしばらく見ないうちにかなり進化していた。中でも面白そうなのが「Explore」機能だ。どのような仕組みで選ばれているかはわからないが、トレンドになったタグやタイトルが集められている。このため、スタイルやトレンドに合わせて服を選ぶことができる。例えば「Yogaをやりに行くときにはどういう格好がよいのか」ということが探せる
日本のサイトはどうしても「服を売りたい」という視点で作られるのだが、Lookbookは自分を表現するということがテーマだ。だから、服はそのための道具の扱いである。
日本人がどうしてLookbookのようなサイトが作れないのかという仮説はいくつかある。一つ目の仮説は専門性のサイロ化が進みやすいという供給側の事情だ。次の仮説は同調傾向が強く「私らしさ」を打ち出すよりは「みんなと同じものを着て安心したい」という傾向が強いからかもしれない。二番目の仮説を取ると「売れ筋」のような企画に人気が集まり、私らしさを打ち出す企画には人気がないことが予想される。

プロはどう発想をまとめてゆくのか

ファッションデザインは西洋の考え方がデファクトスタンダードになっている。『ファッションデザイナーの世界』を読むと、どのようにコレクションを作るのかがよく分かる。概念の説明ではなく具体的な資料が多いので、グラフィックデザインを扱いた人は一度は目を通しておくべきかもしれない。
デザイナーはコレクションを作る前にテーマを決める。そのテーマを想起する写真素材を集めてボードを作る。そして、その世界観を実現できる素材を探して、最終的にスタイルを決めてゆく。
ファッションデザイナーを扱ったテレビドラマなどで天才デザイナーがいきなり着想を得てサラサラと白い紙にペンを走らせるようなシーンが出てくるが、何の準備もなしに着想できる人などいないのだ。
仮にいたとしてもその人は現在のデザインシーンでは活躍できないだろう。ファッションの世界は分業化が進んでいて、着想したものをインドや中国のスタッフに伝えなければならない。日本人はクリエイティブを演奏家のように考える傾向があるが、実際にはオーケストラの指揮者に近い。
pinterest以前にも紹介した通りコレクションボードを作って共有するのはとても簡単になっている。ピンタレストというサービスがあり、ネットにある写真をピン留めして整理してくれるのだ。新しい素材を発見するのも簡単で、機械が自動的にお勧めを教えてくれる。ビジュアルデザインを扱う人で知らない人はいないと思うのだが、トレンドを扱う事務方の人の中には知らない人もいるかもしれない。
このボードは「昭和の懐かしいもの」というタイトルをつけた。面白半分のコレクションだが、こうしたコレクションであっても招来何かの役に立つかもしれない。役に立たないとしても眺めているだけで楽しい。

まとめ

ファッションデザインだけでなく、雑誌は情報整理の最先端ではなくなりつつある。キーになりそうな要素はいくつかある。

  • より多くの人が提供できる。(集合知)
  • 集合知が定型化されていて、タグ付けができる。
  • タグ付けされた(データが情報になった)ものを、個人が整理できる(マイページ)
  • データが評価される。(フィードバック)
  • 評価に基づいてデータが自動的に収集される。

ネットは相互学習のプロセスなのだということがよく分かる。この相互学習のことをインターラクティブと呼んでいるのだ。
 

ファッション雑誌にはないが大切なもの

fashion久々に洋服を探す機会があり、昔作った簡単なシステムを再稼働した。3年分くらいのコーディネートを貯めたもので、アイテムごとに並べたり、スタイルごとに並べたりできるようになっている。
スタイルは帽子やショートパンツといったアイテムを核にしたものもあれば、テーパードパンツというシェイプを核にしたものもある。何がスタイルを構成するのかを厳密に分けることは難しい。
ファッションショーの構成の仕方を書いた本などを読むと、あるテーマがあり、それを核にして素材、色、シェイプを構成したのがコレクションだということになっている。デザイナーは、すぐさま服の設計には取り掛からず、テーマに沿った写真素材を集めたコレクションボードを作成してゆく。しかし、コンシューマーレベルではそこまではできない。市場に出回っている服から過去に提案されたスタイルを選ぶことになる。
今回使ったシステムは、ネットで見つけたファッション写真などが組み合わさっている。大抵はこれはいいと思った写真をクリップしておいて再利用するのだ。クリッピングにはPinterestが使える。
だがPinterestには「私に似合う物」と「私に似合わないもの」がない。そこで、実際に試した自分の写真がコレクションしてある。
非情に面倒なシステムだが(少なくとも毎日写真を撮影して加工するのは面倒くさい)一旦作ると、かなり長い間利用することができる。ある意味財産になるんだなあと思った。こんな面倒な仕組みを作ったのは、ファッション雑誌に不満を持っていたからだ。読んでもなんだかよくわからないのだ。
fashion2ファッション雑誌にいくつかの機能がある。1つはトレンドを紹介する機能だ。旧来のファッション雑誌では主流だった考えかたかもしれない。しかし、トレンドがばらけてファストファッションが流行すると、組み合わせについての記事が見られるようになった。これは服にあまりお金をかけられない若い男性向けの雑誌に多い。一方で、男性ファッション雑誌の読者は高齢化していて、かつての腕時計や車のような感覚でラグジュアリアイテムを扱うカタログ雑誌的なものも増えつつある。
つまりファッション雑誌には、トレンド、組み合わせ、カタログという3つの要素がある。ところが、そこに出てくる登場人物は痩せすぎているか、成功した感じの人(日本人が考える成功した人とはショーン・Kのような白人とのハーフのガッチリした男性だ)しかいない。
ユニクロのルックブックですら、身長180cm超えの男性が出てくるので、自分で着てもその通りにならないばかりか「あれ、違っているぞ」ということになる。ユニクロはジーンズを売りたいので足のきれいな男女がモデルが多く採用されている。だから、同じように着ても満足感は得られないのだ。
鏡を見て自分を把握すればよいとは思うのだが、これはなかなか難しい。どうしても細かな点に不満を持ってしまう。その上、なかなか自分の傾向を客観的・体系的に覚えることは難しい。多分、コーディネーターになるためには、体系的にさまざまな要素を記憶する能力が求められるのだと思うが、訓練していない人には無理だろう。自分を知らないのに体系を作らなければならないのだが、そもそも何が体系を作るかもわからない。一方で、ある程度時間が経てば客観視はできるようになる。
そもそも成功した体系は一見するとつまらなく見える。自分の体型にあっていてなんなく着こなせてしまうのでつまらなく思えてしまうようだ。実際にはそれが「似合っている」ということなのだが、どうしても「それより上」を目指してしまう。何がそれより上なのかというとスタイルのよいファッションモデルのそれなのだ。
基礎のスタイルができれば、そこにトレンドを足して行けばよい。トレンドはファッション雑誌に載っているので、好きなだけみてから新しいトレンドに挑戦すれば良いのではないかと思う。
ファッション雑誌にないものは「私」なのだが、より細かに見てゆくと、体系のようなものが足りないことがわかる。そもそも雑誌なので、情報の体系化は消費者に任されている。私を核にしてデータを体系化し、情報に加工する過程が足りないのではないかと考えられる。

なぜ民進党は終わってしまったのか

つらつらと考え事をしていて「日本人は概念的なものを集団で扱えないからだめになったんだ」と思った。それを書き留めておこうかと思ってこの文章を書く。なおタイトルに「民進党が」としているのには他意はない。「ネットでは他罰的なタイトルが受ける」という経験則がありそれに沿っているだけの話で、民進党にはたいした期待はしていない。
もともと考えていたのは、なぜ日本では二大政党制が扱えなかったのかという点だ。
選択肢を求める人たちは、最終的に2つの大きな選択肢に集約される。意思決定はリソースを消耗するが、自由意志で動いていると考えたい人たちはひとつに決めたくないとなると2つが最適解なのだろう。民主党と共和党とか、マーベルと DCコミック、MicrosoftとAppleなどだ。
なぜ選択を求めるのか。それは自由意志による選択こそがその人の独立性を証明するという考え方が根強くあるからだ。
一方、日本人はひとつのメインストリームに集まる傾向が強い。自立した存在だと考えたいというような欲求が希薄なのだろう。代わりに本物と偽物とか、官軍と賊軍というような考え方を持っている。休日にはディズニーランドに行かなければならないし、スマホはiPhoneでなくてはいけない。アンドロイド携帯やユニバーサルスタジオは日本人にとっては単なる偽物なのだ。
政党の内部には「どの勢力に入ろうか」という選択があったので、主流派と反主流派とか、大蔵官僚系と地補出身者系とか、鷹派と鳩派などが別れる傾向がある。しかし、それは「私がそうありたい」という気持ちとはあまり関係がない。
派閥が自民党を2つに割ることはなかった。意思決定に関わるためには党の内部にいる必要があるためだ。そのため概念ではなくパワーバランスで政治が動いていたのである。パワーバランスとは「この場合、どちらについたほうが得か」という判断だ。
日本人は目に見えるものを扱うのは得意だが、頭の中にしかないビジョンやイデオロギーを扱うのが苦手だということが言える。派閥は「目で見えるもの」に分類されるのだろう。
しかし、民主党にはそのような伝統はない。パワーバランスが理解できずに党を出た人、野党出身でそもそもパワーバランスに無縁だった人、さらに生え抜きで自民党政治を経験していない人が作った政党である。そのため、内部で非公式に意思決定をする仕組みが整わなかった。有体に言えば「派閥」が完成しなかったのである。
民主党に派閥ができなかったのは、意思決定そのものから排除されていたからである。つまり派閥という文脈は「どちらにつけばより見返りが大きいか」という判断であって、どのような社会を実現できるかというビジョンではないということになる。
故に民主党は本来は派閥同士で調整すべき事柄が表面化しやすい。かといって党を分けるほどの争いには発展しない。そもそもイデオロギーの対立ではなく、意思決定の序列に関する揉め事だからである。だが、最終的には目的が存在しない意思決定なので、いつまでも同じような争いが続くのだ。
民進党にもイデオロギーを持った人はいるだろうが、有権者には響かない。
日本人はイデオロギー対立を持たない。それはなぜかと考えるとそもそも集団で概念を扱えないからだろう。つまりイデオロギーを持ちようがないのだ。
イデオロギーとは「何が理想か」ということだ。つまり、自分が理想とする生き方があり、それを自由に選択したいというのがイデオロギーなのだ。平等な社会に生きたいとか、実力が発揮できる社会がよいという選択行動だ。そのような純粋な社会は存在しない。イデオロギーはビジョンなのだ。
だが、日本人は文脈抜きで物事を考えないので、イデオロギーを持つには至らない。ビジョンのために協力し合うということもできない。故にイデオロギー対立は起こらないし、選択肢が示されることはない。
民進党はもともと連合や日教組などの旧社会党系の組織を引き継いでいるので、成長を前提としなければ、連合系の組織をまとめる人が頂点に立てる。故に野田派が党首を選出するのが当然の成り行きなのだろう。しかし野田派には統治能力がないことが知れ渡っているので、これ以上勢力が拡大することはない。
いっとき反政府系の人たち(つまり野党共闘だ)を模索したがこれはかなわなかった。そもそも野党というのは文脈なので、反政府が政府になったときにまとまれるだけの概念的体系が提示できないからだ。そこで民進党は「何も提示できないが、票は欲しい」と言っている。これが通るはずはないので、民進党にはそれ以上の可能性はない。
もちろん、分配型社会はビジョンになりえるのだが、それを実現するためにはパイを広げて行く必要がある。外野は「成長戦略を」というのだが、当事者たちには響かないようだ。モデルを作るためには仮説を検討して小さなところから試行錯誤してゆく必要があるわけだが、日本人にはそれができないのだろう。
ここから教訓めいたことを抽出することはできるのだが、それはやめておく。