日本人には表現の自由は扱えず、自主憲法を制定することもできないだろう

スーパーの前でソルティーライチを飲んでいたところ女子中学生(もしくは小学校高学年くらいか)二人組みに睨まれた。自転車を停める場所がないのが気に入らなかったらしい。慌てて横に避けた。学生二人は無表情だった。






アメリカだとこの場合「Excuse me」から始まり自分の要求を丁寧に伝えることになるだろうと思った。家庭から始まる社会化の第一歩である。だが、日本人は自分の願望を伝える訓練をしない。親が同伴している場合だと何か要求する子供を「迷惑だから」と叱りつけることもあれば「あなたがいなくなれば私が罪悪感を覚える必要はないのに」と睨まれることもある。要求を言語化できない日本人は比較的早いうちから不機嫌そうな空気を醸し出して集団で圧力をかけるやり方を覚え、それを終生使い続ける。

なぜこうなるのかを考えた。まず、学校で自分の願望を伝える術を学ばないからだという理由を思いついた。先生は決まったルールとカリキュラムに従うことを要求し、学生には従うかサボるかという選択肢しかない。このため、要求を社会化する方法を学ばない。これはもともと家庭教育や文化一般の傾向であって、学校だけが悪いというわけではないのかもしれない。いずれにせよ、日本人は抵抗しないが自分に関係がないコミュニティには協力しないという方法を覚えて行く。

しかし、それだけではないような気がする。自分の要求を伝えるということは他人の要求を聞くことでもある。ところが空気を作ると自分は変わらなくても済む上に多数派になれば支配欲求を満たすこともできる。日本人は折り合いをつけたり他者から変化を要求されることにとても強い抵抗感を持つ。自分の領域には踏み込んで欲しくないのだろう。

このため、日本には何をしてもいい多数派、協力しない見えない人たち、常に妥協を強いられる少数派が生まれることになる。そう考えると「選挙に行かない人たちが半数を占める」という状況の源流がよくわかる。日本には二大政党制はできない。多数派、不満な少数派、無関心という三つの層にわかれるのだから、均衡が取れた異なる二つの考え方など最初から生まれるはずはないのだ。

日本人の話し合いは「どちらが多数派か」という議論になり、多数派が無条件に少数派を圧迫してもなんら問題がないと考えるのだ。だから、日本の民主主義は多数決にやたらにこだわる。多数決で白黒決めたがる人とそれに抵抗する人が出てくるのだ。少数派も少数派として自分たちの意見を通そうとは思わないようだ。彼らもまた「自分たちは実は多数派なのだ」と思い込むようになる。

西洋の民主主義では議会で多数をとったからといって強引に物事を進めていいということにはならない。意見の重み付けをしているだけであり決して多数派が少数派を無視していいということにはならないはずだからだ。

このことを踏まえるといろいろな分析に便利に使える。

「表現の不自由展・その後」でも個人の自由が徹底的に無視されていることを観察した。多数派の人たちが思い込みをもとに表現の自由に圧力をかけ、挙げ句の果てに脅迫電話をかけてくる。一旦少数派と見なされた相手には「何をしてもいいのだ」と考えている人が多いことがわかる。

表現の自由を扱っていた側も個人の信条の吐露をそれほど重要視していなかったようだ。国の補助が入ったいわば正当で多数派のイベントの穴をかいくぐってこんなやばいことができるという自慢である。彼らにとってそれが社会に勝つということなのかもしれない。内心のない日本人にとって表現の自由とは自分たちが社会を支配しているという満足感を得るための道具であり、その穴をかいくぐって一泡吹かせてやったという達成感だったのである。

このような土着的民主主義を背景にすると憲法改正についての議論がなぜ進まないのかも見えてくる。憲法を錦の御旗としている人たちは憲法に触れさせないことで「自分たちが民主主義の正当な後継者なのだ」と信じ込むことができるし、憲法を変えたい側も「自分たちは憲法を変えられる力があるから何をしてもいいのだ」と思い込むだろう。私は改憲・護憲という数合わせばかりが話題になり「本質的な憲法論が語られない」ことに腹を立ててきたのだが、実は数合わせこそが日本人にとっての本質であり、実は憲法も平和主義もそれほど重要ではないのかもしれない。

今回の分析は自分の欲求を伝えられないということを起点にした考察であり、それを憲法問題について広げるのは如何なものかと思われるかもしれない。だが、自分の要求を伝えられないことは相手の要求も聞くつもりがないということにつながり、合意形成ではなく空気でしか統治できないということになる。ゆえに、他人の要望を聞き自分の要望を話す技術を身につけない限り、日本で民間主導の憲法論議が始まることは「絶対に」ありえないだろう。無理に憲法を変えてもいいがそれは「少数派を抵抗勢力に追い込む」ことを意味する。憲法はみんなのものではなくなり「憲法回復」が政治問題化するだろう。そして一番大きな問題は多数派と少数派の間で見えない無関心層が離反することだ。

ところがこんな日本人にも唯一許された自由な場がある。日本人は社会化されない領域では表現を磨くことができる。個室には自由がありその中では相手と折り合う必要がないからである。そのためコミケのような場所ではそもそも政治的な課題は扱われない。政治問題とはつまり社会問題だからである。全てが個人の幻想の中にあり、その中でなら何をしても自由だ。これが我々日本人が達成し、今後も持ちうる最大限の自由である。

形骸化したシステムは「誰にとっても優しくない」状態になろうとしているが、意見調整できない日本人が自らの力でリフォームすることはないだろう。だが、個人の中には豊かな創造性の世界が広がっている。経済活動や社会活動はほどほどにして個人の世界に耽溺するのがもっとも創造性が高い生き方だということになる。

これが、今回の考察によって導き出された日本の未来像である。

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日本人の表現の自由は個室の中でしか許されない

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」は結局関係者が全部逃げ出してしまい終わりになったようだ。






中でもひどかったのが東某という人で「責任は全て津田大介にある」とした上でTwitterで宣言してアドバイザーを辞めてしまった(Buzzfeed)そうだ。大村知事も芸術監督の責任だといってTwitterの一部を削除して「逃亡」してしまった(Zakzak)と非難されている。津田は一応総括の文章を出したが、過去に自身の不適切な発言を認めた。最初から適格ではなかったのだろう。

結局取り残されたのは彼らにおもちゃにされた現代芸術家たちである。今後公的機関で行われる芸術祭は「コンプライアンスチェック」が厳しくなるだろう。日本でいうコンプライアンスとは厄介ごとを避けるという意味である。ただあいちトリエンナーレの件が日本の表現の自由を狭めたとは思わない。もともと我々の社会には表現の自由などない。憲法で書いたからといってそのまま保障されるわけではないのである。

どうしてこうなったのか?と考えた。いろいろな議論が局地的に起こったようだが、どれも「どちらが正しいのか?」という議論になっている。つまり芸術とか正義というのは単なる道具であり、実際に起こっているのは万人の万人に対するマウンティングである。他人の内心には誰も興味がないのである。

ここで一貫したポジションが確立できないと「議論に負けた」ことになってしまう。議論に「負けた」人は袋叩きにしても良いというルールができているので関係者が全て逃げ出してしまうことになった。現代芸術の意義を個人の内面を社会に打ち出すことだとすればこの打ち壊しあいこそがまさに壮大な現代芸術といってよい。その表題は「現代日本の病理 – 表現の自由をめぐって」である。

社会化されない個人というのはある意味可燃性の高い素材だ。だがこの可燃性がなければ人間は前に進めない。だからこそ厄介な社会化という作業を通じてこれを社会と折り合わせてゆくわけである。進歩を前提にする民主主義社会で表現の自由が守られなければならない意味はそこにあるのではないかと思う。当然、意味火を扱っているわけだから、安全な場所を作って燃やす必要がある。それが美術展の役割だ。

津田監督はこれが可燃性であることは知っていたようだが巷で出回っている津田と東の対談をみると「火遊びをしている」感覚しかなかったようである。日頃からTwitterでの言論火遊びに終始する彼らは表現の社会化を軽視している。だが日本には伝統的に個人の自由を尊重するという考え方はなく、そのような青臭いものは冷笑すべきだという社会的合意があるのだろう。その冷笑的態度の中で「より高く飛べた」とか「相手をキックした」などといった言論プロレスを楽しむのが日本の政治言論の正しい鑑賞法である。

日本はもう成長しなくなった社会なので成長のために個人意識の社会化が重要であるなどといくらつぶやいてみても誰も賛同はしてもらえない。それどころか「世の中ってこんなもんでしょ」と冷笑したほうが知的に見えるということが、東と津田の対談を見ているとよくわかる。

ではこれを「日本人」という主題で括っていいのかという問題が出てくる。一応真面目に考えてみたところ朝5時にコミケに向けて殺到するおたくの映像がニュースとして流れてきた。コミケは彼らの生活にとって欠かせない大切なもののようだ。コミケはおたくのアイデンティティなのだと思った。

コミケでイスラム教徒を侮辱したり天皇を燃やしたりする作品が展示されないのは、コミケが持続を前提に「大切に」運営されているからだなのだろう。一人ひとりが作品の内容に責任を持つからコミケは荒れない。だが、コミケの内容と社会的な規範がぶつかった時、あるいは社会が悪者を求めてコミケの作品を「弾圧しようとした」時、コミケの参加者は政治的代表者を出して「表現の自由」について議論し社会的にアピールするはずだ。

誰かのアイデンティティになった芸術はコミュニティによって守られる。コミケのは多分寝る間を惜しんで作品を作っている人たちの労力と作品が好きで好きで仕方がない人たちによって経済的に支えられている。一人ひとりの思いが湿気となって延焼を防ぐのである。

このことからあいちトリエンナーレが逆に湿気を失い砂漠化していたことがわかる。これを扱っている人たちは個人の可能性や厄介さといった問題を抱えておらず芸術を他人事としてみている。

東と津田にとってトリエンナーレは「アイデンティティ」ではない。彼らは現代アートの作家にはシンパシーを感じておらず、単に税金を使って「火遊びができる」ことを喜んでいたのだろう。彼らにとって他人の内面というのは単なるおもちゃである。これは河村市長や大村県知事に取っても同じことである。現代芸術という何か立派なものを庇護している自分たちが好きであり、また愛国心という名の下に誰かを批判する自分たちが好きなのだ。

ハフィントンポストによると何人かは自作品の引き上げを申し出たそうだが、これは芸術家としては当然の対応だろうと思う。世界で活躍する彼らは表現の自由を庇護してくれる社会で活動したほうがいい。

熱を失った国の政治議論はより大きな物語へと向かい非難の応酬になる。それは現実社会が方向を失い成長がなくやりがいも感じられないというのと実は裏表の関係にあるということがわかる。日本の政治言論が過激で冷笑的である理由がよくわかる。自分たちが社会を変えられるとは思っていないし他人の熱意も尊重できないからなのだろう。

この結果砂漠化した言論空間には「これは恫喝してもいいんだ」と考える人が湧いてくる。脅迫メールが770通も届いたそうだが協働の意欲を失った社会の醜さがよく表れている。彼らは匿名で破壊することにしか関心がない。

ただ、それを日本人を主語にして語るのは間違っているのかもしれない。コミケのように立派に運営され経済的にも成功している事例はある。だが、コミケも個室の幻想を飛び越えて現実問題の解決に向かうことはない。日本人の表現の自由は個人の趣味趣向の中に閉じ込められており、決して社会と交わってはいけないとされているのだろう。日本人は実は限られた表現の自由しか許されない国に住んでいるのだ。

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昭和天皇の顔写真を燃やしたのは誰か? なぜ燃やされたのか?

あいちトリエンナーレで天皇の写真が燃やされた映像が流されたらしい。これがけしからん!ということが話題になっており、ネットでまとめまで出ている。これまで「ご尊影」と記述していたのだがご真影というのが正しいらしい。






天皇をコラージュした人がおり保守系の反発を受けて問題になった。図録が焼却処分になりじゃあ写真を焼くのはいいのか?と問題になった事件なのだそうだ。富山県立近代美術館事件というエントリーが立っているのだが、作品名は「遠近を抱えて」というそうである。つまり、最初にコラージュされたご真影のコピーを燃やしたのは美術館なのである。

この話は広範な議論を呼び起こしたと書いている雑誌記事の転載をネットで見つけたのだが、全く知らなかった。Quoraでも回答を募集してみたが今の所答えはついていない。ネットのない時代の「議論」の広がりはその程度だったということになる。だが美術界では問題になったらしく昭和天皇の焦げた写真が「アート作品」になったことがあるそうだ。この時点の論評ではなぜか「戦争責任」という違った文脈がすでにつけられている。

いずれにせよ、前提がわからないと当事者たちにとっては全く意味のわからない議論になる。大浦はこれを自画像だと言るという論評がネットに転載されている。軍服と洋装という二極化した虚像ではなく「懸命に西洋化しようとする日本人の代表」としての天皇と自身を重ねているということらしい。「月刊あいだ」はミニコミ誌として今でも発行されているようだ。

まず、天皇の写真をコラージュに使うというのはかなり心理的に抵抗がある。多分実際に見たら私は嫌悪感を感じるだろうと思った。ただ戦後すぐに生まれた人達と心理状態を共有できているとは思えない。戦後の総括がされていない時代に生まれて敗戦国として国際社会に復帰しなければならなかった人の気持ちはわからない。ただ、この作品が語られるうちにすでにある種の政治性を帯びていることもわかる。今回の情報から大浦さんの気持ちがどう変化したのかまではわからなかった。

ただ、この問題の私にとっての「本質」は、戸惑う一人の日本人に適切な答えを用意できなかった社会の是非である。

美術館は抗議を恐れてもともと展示を許可した作品図録を焼いてしまった。ムラの空気を恐れる日本人らしいやり方と言える。裁判所も判断を避けている。日本人は民主主義も憲法も総括せず、結果的に繁栄した国である。例えば軍隊の問題も棚上げになっていて話し合いを始めることすらできていない。依って立つ基盤がないのだから裁判所も問題を正面から判断することができなかったのかもしれない。

このため「管理が難しいから」とか「天皇にもプライバシーがあるから」という理屈で判断を逃げているように思える。そして逃げるとそれを追いかける人も出てきてしまうのである。

もちろん、政治的思想を大学から推し量ることはできないが國學院大学出身の左翼活動家というのは考えにくい。ネットでは「津田大介が写真を焼いた」みたいな記述も見つけたのだが、皆あれを左翼思想と結びつけて「反日だ」と憤っているのではないかと思うが、おそらくはそうではないだろう。

ここで改めて全体像を見てみると面白い。自分が何者かというアイデンティティを考えるきっかけとして天皇の写真を使ったが周囲から理解されなかった。ある人は「不敬である」という文脈を美術館に押し付けた。「芸術の独立」という意識がない美術館は驚いて作品をなかったことにした。裁判所も「不敬であることに怒っているんだろうなあ」という想像はついたがそれを正面から認めることができないので適当に判断した。納得できない人達はこの問題を語り継ぎ、ショッキングな映像を作った。それが憲法改正と人権意識の後退という危機意識で「表現の自由」という問題に転用された。個人の内面と政治的意思表明というのは地続きではあるが厳密には違った問題だ。さらに日韓関係の緊迫化という全く別の問題があり、KBSがニュースで抜いた。SNSでこれを見た人は韓国が天皇を燃やしたというような印象を受け騒ぎ始めたということである。

この作品が起点になり、人達の心象に全く別の印象を与えながら消えることなく漂っていることになる。我々は自分たちの心象をお互いに投げつけあっているだけで、全く対話が成り立っていない。会話は多いが心の交流がないという極めて特殊な孤立状態にあるといえる。SNSというのは極めて忙しい孤立なのだと言える。

作品の意味合いはその作家の想定した文脈の中で語られるべきだとは思うのだが、実際には切り取られコピーされ反響を生んでいる。これはコラージュというコピーベースのアート作品のかなり本質的な側面であるともいえる。そのテーマは対話と相互理解の不在であり、これは全体として立派なアート作品である。

この問題を一過性の騒ぎで消費させるのはもったいないなと思うのだが、最近のネット言論空間はかなり殺気立っている。しばらくの間我々がこの問題を落ち着いて考えることはできないのではないかと思う。今日もこの問題をサカナに人々は自分たちの主張をぶつけ合っている。

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小説家になるべきなのか、小説を書くべきなのか

昔、小説家になりたかった。小説家になるためには小説を書いて出版社に送り賞をとるという道があった。で何編か小説を書いて出版社に送ったりしたのだが、結局小説家にはなれなかった。小説を送っても何のフィードバックもなかったからだ。後になってわかったのだが、実際には編集者が目をつけた人に箔をつけるために賞というものがあるらしい。小説家になるのはとても難しかった。

今では小説家でいつづけることも難しいようだ。小説を読む人が減っている。小さな村で小説を作り続けていた東京の出版業界の人たちは村の外で何が起きているのかわからない。漫画ではさらにこの傾向が顕著だ。絵が描ける人たちは二次創作(ここでは好きなだけ漫画が描ける)に流れてしまい、作り手も描ける場所も減っている。なぜこうなったかというと、出版業界にいる少数の人たちが自分たちの価値を押し付け続けたからである。

同じことはゲームでも起きている。高い開発費をかけてフランチャイズを作っても誰も見向きもしなくなった。家でじっくりゲームをやり込む時間がなくなってしまったからだ。高品質の絵が滑らかに動いてくれなくても、外に持ち出せた方がやりやすい。こうして高級コンソールゲームも「恐竜化」している。

後になって小説家になりたかったのはどうしてなのかを考えた。お話を書くのが好きなら小説家にならなくても続けていたはずだ。よく考えると、昔読んだ小説家のエッセイに出てくる「あのコミュニティ」に入って、時々注目されたかったのかもしれないと思う。つまり、小説が書きたいわけではなく小説家になりたかっただけなのかもしれないと思うのだ。

人生も後半になると「何かになりたい」と思うことは減ってくる。例えばあと5年頑張って小説家になれたとしても活躍できる時期は極めて限られている上に、本当に小説家になれる可能性は極めて低い。このように終わりから逆算すると「なれるもの」は減ってゆくので、結局何ものにもなれなかったなあと思いながら人生の残り時間を数えることになりかねない。

最近ふとこれも物語なのだなあと思った。素人が文章を書いたとしても「それは素人の自己満足であり何の価値もない」活動だと思っている。この物語からは抜け出せそうにない。だが、何も意味がないのは「社会的に意味がない」だけである。自分も含めて意味がないと「わかっていた」としても本当に意味がないかどうかはわからない。

一方で、何かを始めることは誰にでもできる。つまり、何かになることを諦めて、何かを始めることに着目すればできることはたくさんあることになる。こう考えると少なくとも気持ちの上では、単なる思い込みに過ぎないにしても、少し楽になる。

少し視点を変えて「職業」とは何かを考えてみたい。日本で「プロ」というと何か特別な感じがする。日本人はプロフェッショナルに高いスタンダードを置く。卓越した技術があり、本人も自覚していて、周りも認めているくらいではないと「プロ」とは呼べないような印象がある。これは社会的認知に基づいた「〜になる」プロフェッショナル観である。だから日本では「自分は道を極めて何かになれた」と思える人が少ない。

英語のプロフェッションの語源を見てみるとちょっと違ったことがわかる。確かに、誰でも気軽にプロになれるわけではないのだが、少し様子が違うのだ。

c. 1200, “vows taken upon entering a religious order,” from Old French profession (12c.), from Latin professionem (nominative professio) “public declaration,” from past participle stem of profiteri “declare openly” (see profess). Meaning “any solemn declaration” is from mid-14c. Meaning “occupation one professes to be skilled in” is from early 15c.

フランスでは宗教的な序列に入るために宣誓することがプロフェッションだったが、その起源となったラテン語では公的に得意なことを宣誓するのがプロフェッションだったと解説されている。ただ、誰でも気軽に「宣誓」ができてしまうと困るので、ある程度の形式(any solemn)があったようである。

Wikipediaにも同じような記述が見られる。

Thus, as people became more and more specialized in their trade, they began to ‘profess’ their skill to others, and ‘vow’ to perform their trade to the highest known standard.

貿易などで専門性が高くなると、自分のスキルがある標準(highest known starndard)に達していることを宣誓するようになりましたという意味のことが書いてある。Vowはお辞儀をするという意味ではなく宣言するとか誓うというような意味のようである。つまり、高い水準ということに変わりはないが、あくまでも自己申告制だということである。

この自己申告制に基づくプロフェッショナル観は日本のプロの定義とは若干異なっているように。もちろん、相手の満足感があって初めて「プロ」と認められるわけだが、かといってすべてお膳立てして認めてもらえなければ何にもなれないというのとは違っている。

産業の移り変わりが激しい現在では一つのスキルだけで一生やって行くのは正直難しいし、そもそもサラリーマンにはプロと呼べるようなスキルを持っている人は少ない。その一方で、気軽に情報発信したり、小さなサービスを提供することができるITプラットフォームやSNSが増えているうえに、口コミを通じた満足度の可視化も可能になっている。

「〜になれなかった」と感じている人は、実はなんらかの思い込みを持っているのかもしれない。実は小さな「やりたいこと」や「得意なこと」を複数毎日続けるほうが、プロになれる確率が高いかもしれないのである。

一方で、職業を作ることで社会認知を得るということも起きている。YouTubeでビデオを作っていた人たちは「単に好きで」やっていただけなのだろう。だが、プロダクションができYouTuberという職業名がつけられることで認知が一気に進み、今では小学生の憧れの職業になっている。物語には強力な作用があり、それを利用することで人々のマインドを変えることも可能なのだ。

経験則が増えると間違いが減る。それはそれで良いことなのだが、思い込みも増えてゆき、そこから完全に逃れることはできない。思い込みは使いようによっては便利な道具だが、他者に対して不当に高いスタンダードを求めることで、自分の可能性を狭めているということもあり得る。

自分のスキルが相手にどのように評価されるのかは誰にもわからない。プロフェッショナルという言葉は「trading(交換)」を前提にしているので、まずは対話を始めてみなければ自分の持っている財産の価値がどれほどのものであるのかはわからないのではないかと思う。

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嫌韓という牢獄

多分「嫌韓の人」に捕捉されたと思う。面倒なのは彼らがいっけん紳士風に近づいてくるところだ。面倒くさいので先手を打っておきたいのだが、多分この手の人たちは長い文章は読まないんだろうなと考えてしまう。端的にいうと「面倒で厄介だな」という恐れを抱いているところだ。しかし、これについて「なぜ恐れるのだろう」と考えて、別の視点が広がった。人はなぜ恐れるのか。

韓国を引き合いに出して「学べ」というと怒り出す人がいる。どういわけか「韓国を持ち上げる」と日本を貶めたことになるという思考が自動的に働くらしい。今回はKBSの番組を観察対象に使って「かつての日本の精神を思い出せ」と言ったのでそれが気に入らないのかもしれない。

もちろん、韓国嫌いの人にも理解できる点はある。例えば、竹島をめぐる動きにはイライラさせられる。だが、実際の韓国人を知ると反日運動の別の側面がわかる。たいていの韓国人留学生は自分たちだけで小集団を作り「韓国語は難しいから」などと言って日本人が片言の韓国語を話すと驚いたりする。これは日本人が外国人に「日本語うまいですね」といって嫌な顔をされるのに似ている。だが、彼らは他国に関心がないだけで反日ではない。単に内輪で盛り上がるだけの人が多い。その意味では反日運動も内輪の盛り上がり以上の意味はないのではないかと思う。反日以外に結びつける材料がない人がいるのだろう。

ただ、嫌韓の人が気にしているのは反日運動ではないかもしれないとも思う。彼らの頭の中には中華思想の様な国際序列概念があり、韓国は一つの外国であるという主張は彼らの世界観とコンフリクトを起こすのだろう。ある意味韓国人がかつて持っていた「小中華思想」に似ている。韓国は小中華思想に固執して、実際には清の実力が凋落している現実を直視せず「西洋の優れた技術に学ばずとも中国について行きさえすれば安泰」だと考えた。「科外の地」であるヨーロッパやいち早く変化した日本を認めてしまうことは彼らにはどうしてもできなかったのである。

だが、日本人が持っているアメリカを中心とした中華思想には最初から破綻がある。第一にアメリカに日本を統治し保護する意欲はない。せいぜい既得権を利用しようと考えているだけであり、時には貿易のライバルとして位置付けられることさえある。また、アメリカは民主主義の国なのでこれを分離する必要がある。このために強い軍事大国であるアメリカと憲法を<押し付けた>アメリカを分離して理解しようという傾向がある。日本のアメリカを中心とした中華思想家が憲法をいじりたがるのはこのためなのだが、そもそもそんな構造はない。だから、彼らの憲法案はいつまで経っても形作られないのであり、逆にいったん憲法をいじり始めたらそれは止まらなくなるだろう。いくら憲法を改正して内閣に職権を集めても日本がアメリカの第一の子分になることなどできない。彼らにそのつもりがないからだ。

ではなぜ、日本は小中華思想にこだわる必要があったのだろうか。この小中華思想は、アジアの中に西側先進国が日本しかなかった時代を模式化したものであると考えられる。これが崩れてしまいそうだという懸念があるのではないだろうか。だから、思想を強化し「仕組みを変えること」で乗り切ろうとしているのだろう。

もう一つ考えられるのは普通の人たちの怒りである。普通の人たちは一生懸命に会社に貢献し、家族のために家を建てて働いてきた。少しでも休むことは脱落を意味する。脱落は死と同じである。しかし、それが報われることがなく、崩れ去る恐怖にさえさらされている。もっとも目につくのが多様化を叫び男性中心の社会に「挑戦」しようという人たちだろう。人々がその様な恐れを持った時「あの人たちよりはましなのだ」という存在を作っておきたい。そうした感情を満足させるために必要なのは脱落した人や正規とは認められない人たちなのだろう。

普通の人たちが恐れるのは「脱落する恐怖」である。今いる地位から転落したら全てを失い社会の最下層として生きて行かなければならない。人生というのは脱落があるだけの片道切符であるのだからしがみついて行かなければならないと考えるわけである。そして、私たちは実際にそういう社会を形作っているので彼らの恐れは自己実現する可能性が高い。

その意味では国レベルでの「アメリカの様な大きな国家になんとしてでもついて行かなければならに」という恐怖心と「脱落した人たちを立てて自分たちの普通さを確認せざるをえない」という態度には共通点がある。彼らは変化することを失うことと捉えて恐れているということになる。その恐怖を乗り越えるために他人の人生を破壊する道を選ぶのだ。

ここで考えるべきことが二つある。一つは普通とは何だろうかということと、普通から逸脱することは失敗なのだろうかということである。もちろんその様な見方はできるし、そういう社会も作れる。が、但し書もつく。

日本は職人社会から出発し、製造業を中心とした国家体制を作ってきた。一生をかけて一つの技術を磨いてゆくのがよいとされる世界である。ただ、この体制はもはやなくなりつつある。例えば、自動車産業は内燃機関から電気に変わると産業構造自体がガラリと変わってしまうことが予測される。そのうえにサービス産業が主流になりつつある。これはもっと変化が厳しい業態である。つまり、変わってゆくことが求められる世界になりつつあるのである。

普通というのはいわば過去のスタンダードだが、これが一生変わらないという時代は確かにあった。戦後七十年のうち前半の三十五年程度箱の様な時代だったのかもしれない。ただ、これはなくなりつつある。つまり普通が溶解して常に変化を求められる時代になってきているということがいえるのではないだろうか。

変わらないことを求められていた人たちにとってみれば変化というのはほぼ「死」に等しいわけだが、一旦それを体験した人は「残念ながらそのあとも人生は続く」という現実に直面することになる。ショックな状態を体験する人もいるだろうが、そのあと人間はある意味不幸なことかもしれないが「再び考える」ことを始めてしまう。諦めてそこで人生を終わらせることはできないようになっている。それができるのは神様だけである。脱落が怖いのはまだ脱落していない人であって、一旦脱落を経験したことがある人やそもそも最初から「正規ではない」という状態に置かれている人にとってはそれは単なる変化に過ぎない。単なる変化なのだから「普通でない人」をおいて変化を拒否する理由は何もない。

このように見方を変えると、これまで見てきた「村落」の問題が少し違った形で見えてくる。例えば相撲は国際化して変化することができる環境にあったが、結局「変わらない」ことを選んだ。そのために外国籍の横綱たちは自分たちの地位を守るために休むことが増え、けが人も続出している。日本大学もガバナンスを変えることで生まれ変わることはできたのだろうが、結局変わらない道を選びつつある。大学としての競争力は確実に落ちるだろう。さらにアマチュアのボクシング連盟は反社会的勢力に連座したとは思われたくないが過去を清算して新しくやり直そうとは考えていない。彼らは今までの村を守ることで周囲との間に壁を作ろうとしている。そして、世間からずれて過疎化していってしまうのである。その過程で誰もが権力を集中させて大きくなろうと試みる。

日本も憲法を変えて内閣に権力を集中させる道を選ぶことができる。確かに村は守られるかもしれないがそれは変化を拒絶して衰退するという道になっている。衰退すればするほど「もっと強くならねば」といって国民に無理を強要することになるだろう。そして、それを正当化するためにはどうしても「敵」や「アンダークラス」の様なものが必要なのである。

「アンダークラス」を作るということは次々と普通でない人たちを名指しして自分の代わりに突き落とすということなのだが、それで村に残った人たちの気持ちが収まることはない。それは自分の身を切り落として小さくなっているのと同じことだからだ。不安はなくならないのだから、最後には脳だけを残せば生きて行けるのかそれとも心臓だけあれば人間なのかという議論をすることになるだろう。

一旦脱落した人にその不安はない。確かにその時点ではもっとも弱い人なのかもしれないのだが、そこで考えることさえやめなければ、少なくとも変化することはできる。人間は多くの動物と違って環境変化を察知してそれに対応することができる生き物である。そしてそのために社会協力をするという能力を与えられている。これがホモサピエンスのサピエンスたる由来だろう。ここで進化論の最新の知見が生きてくる。生き残るものはもっとも優れたものやもっとも大きなものではなく、環境に変化できたものなのである。そしてそれは戦争で全てを失った結果「変化して学び直そう」と考えた人たちはその戦略が間違っていないことを証明しているのだ。

つまり、脱落した人はその意味では幸いな人ということができる。もはや普通という牢獄にこだわる必要はないからである。

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