文春オンラインが「「石丸伸二さんの切り抜きで月500万円稼いだ人も」玉木雄一郎の選挙を支えた“動画切り抜き職人”はボランティアと呼べるのか?」という記事を出している。
文春は「選挙がお金儲けになるのはおかしいだろう?」といいたいのだろうが「日本人はわざわざこういう状況を作り出しており、自業自得であろう」と感じた。
ただ、冷笑的に「自己責任だ」「自業自得だ」と言っていられない状況もある。実はアテンション・エコノミー依存は外国からの干渉に弱いという側面がありまさに亡国の理論と言える。
文春の記事は政治家の切り抜き動画が注目を集めることを問題視している。そのうえで切り抜き戦略で党勢を拡大した玉木雄一郎氏を取材しアテンション・エコノミーについて語らせたうえでこう結んでいる。違和感はあるのだろうが「何がいけない」のかはわからないため問題提起で終わっているのだ。
「切り抜き職人」を放置して、果たして「選挙が公平且つ適正に行われる」のだろうか。
「石丸伸二さんの切り抜きで月500万円稼いだ人も」玉木雄一郎の選挙を支えた“動画切り抜き職人”はボランティアと呼べるのか?
選挙は公正かつ適正に行われないとは思うが自業自得だろうと感じる。おそらく今後もいびつな状況は続くだろう。理由を述べる。
第一に、政治は「政治とカネの問題」を解決できていない。各政党は党利党略のために「カネがかかる選挙は良くない」と言い続けている。相手陣営の収益源は絶ち自分の収益源は守りたい。おそらく防衛戦をやっているつもりなのだろう。だがおそらく敵はそこにはいない。
敵はむしろ「切り抜き」だ。選挙にも適切なお金を使わせてくださいといえる人が誰もいないため結果的に切り抜きが放置されて蔓延する。切り抜きを制するものが選挙を制する状態だ。これに対抗するためには有料広告を打つしかないが現在とても「ネットにお金を使わせてください」とは言えない状況である。
次に有権者が政治に誠意を求めなくなっており「言いっぱなしの切り抜き」が浸透しやすい状況が作られている。
Xで泉大津市長選挙に立候補した立花孝志氏が「パワハラはありましたごめんなさい」と言っている動画が拡散していた。もちろんこれに対して憤っている人はいる。「パワハラはないといったから投票したんだ」という人も大勢いるだろう。
しかしながらこの状況を面白がっている人のほうが格段に多い。つまり現代のネット視聴者は政治に誠意など求めていない。これも原因は「丁寧な説明」を繰り返してきた政治家にある。もはや政治家に有権者と対話する意欲はなくしたがって有権者も政治家に誠意を期待しなくなった。
文春の記事に戻ると玉木雄一郎氏は現在の情勢が自分のトクになると考えているようだ。トクがあるうちは放置しトクがなくなれば騒ぎ出すのだろう。しかし、玉木雄一郎氏の認識の外で「そもそも政治に誠意を期待しない人たち」が増えている。玉木雄一郎氏は「誠意がなかろうが、合理的な判断ができなかろうが、とにかく投票さえしてくれればいい」という立場なのではないかと思う。
だがこれに加えて第三の理由もある。政治家は有権者を育ててこなかったし自分たちがコントロールできない場所づくりにも冷淡だった。
政党は、政治について真面目に分析したり普通に語り合ったりする場を支援してこなかった。これは意地悪でやっているわけではないのだろう。日本人は「囲い込み思考」から抜け出せない。
公明党や共産党のように機関誌を通じて一方的に意見を売り込みたい政党と政治塾を通じて影響力のある人たちを囲い込みたい政党はあるが、真面目で第三者的な政治分析に対する対話には消極的だ。
結果的に経済原理に基づいた「切り抜き活動」だけが活発化する。そもそも「公平公正」の前に普通に政治を語る場所が必要だが、それは育たない構造になっている。
結果的に経済的な動機に基づいた切り抜きだけが増えてゆく。政治について分析しても偉えるものは少ないが「なんだ政治は500万円も稼げるのか」となびく人は増えてゆくだろう。
では政府は実効性のある規制を実施できるか。それは難しいだろう。理由は2つある。
インターネットの歴史を知っている人は日本のSNSなどが政府に潰された歴史をよく知っているだろう。日本人は法的な統制よりも自粛圧力をかけるやり方を好む。言論の自由という問題を回避するために企業の自主的な協力を強制するのである。しかしYouTubeはアメリカ資本の会社が運営している。政府はアメリカ資本の会社に圧力をかけることには消極的だったしアメリカの企業は政府に忖度しない。
さらに切り抜き職人は「第三者」だ。日本の公職選挙法は選挙当事者は厳しく取り締まる。投票を呼びかける支援者に対しても規制がかかるだろう。しかし「勝手に政治家の発言を利用し勝手に拡散する」行為は規制の対象にならない。つまり面白く囃し立てる形式を喜ぶ人たちがいる限り切り抜きコンテンツは回り続けることになる。
つまり実行的な対策を打つためには
- 議員当事者同士が政治とカネに関する不毛な議論をやめて「政治にはカネがかかるのでどうか使わせてください」と議論を仕切り直す
- これまでの「選挙当事者(候補者と支援者)を規制する」という規制のアプローチそのものを見直す
- 政治についてフラットに語る場所を作るために政治家たちが協力して「流されない」有権者を作る
3つの行為が必要ということになる。
特に日本人はマインドセットの転換が苦手なのでおそらくこの条件が揃うことはなく、したがってこれからも切り抜きは蔓延し続けることになるだろう。
海外ではすでにこの先を行っている国がある。
1つはルーマニアだ。ルーマニアの大統領選挙の第一回で親ロシア極右カリン・ジョルジェスク氏が第一になった。慌てた既存政党は「ロシアの影響があるに違いない」「TikTokの陰謀ではないか」と騒ぎ始め、ついに裁判所が選挙の無効とやり直しを命じている。それだけでなくジョルジェスク氏に対して捜査が始まった。
日本の都知事選挙で言えば石丸伸二氏に対して「こんなに票が伸びるはずはない」「おかしい」「なにかインチキをやっているのだろう」と言いがかりをつけているような状態である。
この大統領選挙に関してはすでに一度お伝えしている。確かにロシアの関与があったことは否定できない。しかし実際には既存政党に違和感を感じる人が増えたからこそ有権者が動いた可能性がある。
日本ではまだ「切り抜き職人」が問題視されている程度だが欧米ではロシアの影響力の拡大が懸念されている。つまり流される有権者が増えれば増えるほど外国からの扇動が起きやすくなる。
ただこれもまだかわいい方だ。アメリカ合衆国ではそもそも陰謀論者がかなり閣僚入りしそうである。つまり「陰謀論」がメインストリーム化しつつある。こうなると何が本当で何がそうでないかを切り分けることさえ困難になる。
党利党略のために政治とカネの問題を抑制し、統制拡大のために「アテンションエコノミーも利用できる」と考えるのは亡国の理論にほかならないが、大抵の国がそれに気がつくのはアテンションエコノミーが蔓延したあとなのだ。