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大人たちに翻弄されて アメリカの大学に広がる親パレスチナの学生運動

アメリカの大学に学園紛争が広がっている。イスラエルのガザにおける戦争への反発の広がりが背景にあるが、政治が介入した結果デモが刺激され全米に広がっている。

日本では学生運動というと甘やかされた大学生のわがままという印象がある。アメリカの学生運動もそうなのだろうか?

むしろ政治的な都合で良心に欠ける行動をとっている大人達を見るに見かねて声を上げているという側面がある。

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11月に大統領選挙が行われるアメリカ合衆国では両陣営共にユダヤ系の寄付を呼び込もうと必死になっている。学生たちは選挙目当ての人道軽視に反発し各地で学生運動が活発化している。もともとニューヨークで始まった運動だったようだが、カリフォルニア州に広がり、テキサスでも抗議活動が起きているようだ。

当初のデモはおおむね平和裏なものだったが、警察が介入することで事態が複雑化するケースが増えている。さらにここに共和党のジョンソン下院議長が参戦し話が複雑化した。

アメリカの共和党には穏健派共和党員と過激な共和党員がいる。穏健派は民主党と協力してウクライナの防衛を行いたい。こうした人たちを「レーガン的な」共和党議員ということもある。

ところがトランプ氏は選挙キャンペーンのために「バイデン大統領がアメリカ人を犠牲にしている」という絵を作りたかった。トランプ氏が使う「火付け戦略」の一つである。国境政策というアジェンダを作りウクライナと接続することで政治運動化した。結果、過激な共和党議員たち(MAGA共和党議員などと言われる)はウクライナ支援そのものに否定的になる。

ウクライナは現在ロシアに負けそうになっている。責任を追求されることを恐れたトランプ氏は議論から逃げてしまったが一部の議員たちはトロフィーのように民主党と協力した「レーガン的すぎる」ジョンソン議長の首を取ろうとしている。

政治的に追い込まれたジョンソン議長は問題をすり替えるために「反ユダヤ的にな運動を放置しているコロンビア大学の学長を首にすべきだ」と声高に主張し始めた。そしてコロンビア大学で学生たちに罵声を浴びせられると「こんなけしからん学生は州兵が排除すべきだ」と主張を強硬化させている。全てはパフォーマンスだが学生を刺激するには十分なパフォーマンスだった。

ジョンソン議長は「親パレスチナ抗議運動は表現の自由ではない」と言っている。

となると当然大統領は逆張りすることになる。バイデン大統領は言論の自由を守ると宣言した。イスラエル支援はそのまま行うが西岸でのイスラエル軍の行動は容認できないとして制裁を仄めかしている。このイスラエル軍の制裁は前代未聞であり、ホワイトハウスにはイスラエル軍関係者から再考を求める働きかけがさかんに行われているそうだ。

そもそもガザ情勢は複雑な問題だが、それにもましてアメリカでの政治処理が混乱しており、収拾のつかない状況になっている。一度議論が起きるとほぼ自動的に大統領選挙に組み込まれてゆくのが現在のアメリカの政治状況と言えるだろう。

日本で学生運動を知っている人たちは「所詮は世間を知らない馬鹿な若者の軽率な行動なのではないか」と思うかもしれない。確かに、かつて日本の大学は「モラトリアム」「(就職活動期間を除いた)3年間の休暇」などと言われてきた。しかし、現在のアメリカでは大学の授業料が高騰しており学生たちは自分で借金をして大学に通っている。BBCが学生に話を聞いているが、彼らは経済的な犠牲を払って政府に抗議行動をおこなっていると説明しており、日本人の高齢者が考えるような「甘えた学生の行動」とは言い切れない側面がある。

アメリカでは格差が放置されたことで一般家庭出身の学生が「アメリカンドリームの階段を上昇する」の極めて難しくなっている。これも政治の無策の結果だ。加えて選挙目当てでアメリカ合衆国政府が人権蹂躙に加担しているという目を背けた難い事実にも直面させられている。将来アメリカをリードする存在になるはずの学生たちは苦労してお金を貯めて(あるいは借金をして)学校に通っているわけだが、やはり「自分達が何か意見をいったところでどうなるものではない」とは思いたくないのだろう。本来アメリカの活力を支えるはずの将来世代が良心に基づいて行動した結果、警察に暴力的に排除され高位の政治家から「州兵を投入して排除するぞ」と恫喝されている。

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Comments

“大人たちに翻弄されて アメリカの大学に広がる親パレスチナの学生運動” への1件のコメント

  1. 細長の野望のアバター
    細長の野望

    日本の学生運動と言うと、安保闘争や東大安田講堂事件、SEALDsなどが思い浮かびますね。
    最初の二つは過激化してしまったことで、悪い印象があります。過激化する前の学生運動はテレビで見たことがないので余計に悪い印象が強いのだと思います。
    SEALDsに関しては、昭和の学生運動よりは穏やかな印象ですが、ネット上では過激で危ない団体であると多く主張されていて、自分の印象と違うなと思いました。
    私は「日本では学生運動というと甘やかされた大学生のわがままという印象がある」とは思わないですが、そう思うのは学生運動をしていた人たちが大学を卒業して就職した後は、政治運動を全くしなくなってしまうからなのでしょうか?持続性がないのは問題かもしれません。
    学生運動に対して思うところがあることは理解できますが、学生運動がまったくない状態は、日本の未来に悪影響があるのではないかと私は思ってしまうのです。

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