イスラエルがイランを報復攻撃した。すわ第三次世界大戦か第五次中東戦争かと思われたのだがすんでのところで回避されている。
原因を考えると意外なことがわかる。神話に守られているのである。物語の偉大さがわかる。と同時に神話の破壊活動も進んでおり人々は既に神話が崩壊しつつあるという事実から目を逸らせなくなっている。
アメリカとイスラエルは今回の攻撃について奇妙な沈黙を守っている。アメリカABCによると高官たちはこの問題には口を閉ざしている。アメリカに心理的に依存している日本では「アメリカはエスカレーションを回避しようと懸命に努力しているのだ」と親切な見方をしているが、おそらく大統領キャンペーン中のアメリカで「バイデン大統領がイスラエルの暴走を止められなかった」という気まずい事実は伝えられないのだろう。
TBSの報道特集も今回の件を報道している。イスラエルでは市民の関心が高くないそうだ。記者はこの件は報道されていると言っているが市民に聞くと「そんなことがあったのですか?」という人も多いという。不安なことは見なかったことにするという態度が蔓延しているようだと記者は解説していた。
報道特集は今回の混乱の原因としてトランプ大統領時代にテルアビブからエルサレムに大使館が移設されたことを挙げ「アメリカが原因を作った」としていた。多様性と民主主義を擁護しているバイデン政権のどっちつかずの姿勢もまた原因の一つだが人権派が多いTBS報道特集班には受け入れ難い事実だったのかもしれない。
アメリカはこの件をなかったことにしたい。民主主義の擁護者であるという神話にしがみついている。そして日本もまたその神話を必死で守ろうとしている。右派は強いアメリカが揺らいでいるとは思いたくないし、左派は自分達が模範にしてきたアメリカの民主主義が壊れかけているという現実を直視したくない。そんな様子がわかる。
これはイランも同じであるイランは親米王朝をイスラム勢力が打倒してできた革命国家だ。その中核にあるのは「自分達が神から守られている」という文字通りの神話である。
だが実際の市民生活は困窮しついには核開発施設の近くにあるレーダーが被害を受けた。またイスラム指導者たちは自由に生きたい若者たちを抑圧している。これを直視したくないので「そもそも攻撃がなかった」ことにしたいようだ。イスラエルがやったかはわからないし、おもちゃみたいな攻撃で痛くも痒くもなかったとしている。最高指導者の誕生日に合わせるかのように攻撃が加えられていることを認めたくなかったものと考えられる。
こうして人々が神話に固執する裏でそれを嘲笑うかのような事態も進行している。イスラエルでは極右思想を理由に兵役免除となった(従って戦争に関する知識が全くない)ベングビール国土安全大臣が盛んに事態を煽っている。イランが慌てふためくまで攻撃を続けろ、イスラエルは弱腰だとSNSで発信を続けているそうだ。BBCにもこんな記述がある。
イスラエルの極右政党を率いるイタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相は、イスラエルは「狂乱」状態になって反撃する必要があるとまで主張していた。そして、イスラファンへの攻撃については、ソーシャルメディアにヘブライ語で「弱腰」とだけ書いた。
またアメリカ側にもこのような過激な人たちがいる。現在、イスラエルやウクライナの支援予算が下院で審議されておりまもなく可決する見込みだが、予算審議を前進させたという理由でジョンソン下院議長の解任道義が出される可能性がある。一応の理屈は国境政策を優先させるべきだということになっているが、議長という権威の吊し上げを通じて人々の懲罰感情を満足させたがっているのではないかと考えられる。
東京15区について考察した別のエントリーでは既存の政治活動の破壊が政治的アジェンダになりつつあることを観察したが、実はこうした動きは江東区に特有の特殊な事例ではない。むしろ世界各地で今起こりつつある最新トレンドの一つなのである。
元々はネットの隅にしかなかった各種破壊活動は今や政治の中央に躍り出て好き勝手に暴れている。舞台はメチャクチャになっているが観客たちはそこから目を背けつつ物語が昔通りに進行していると思い込みたい。人は物語なしには生きてゆけないのかもしれない。