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アメリカ合衆国は依然として超過準備の状態にある

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ロイターが「アメリカは超過準備の状態にある」という記事を出している。2022年よりはマシな状態になっているが正常化にはしばらく時間がかかりそうだという。日本の経済状況を知る上でもこの記事について理解することが重要だ。我々が考えるべき問いは「私たちはいつまで悪性インフレに悩まされ続けるのか?」である。

SNSの議論を見ていると人々は悲鳴をあげ、怒り、そして諦めて状況を受け入れてゆく。本当に我々は諦めるしかないのか。私はそうは思わない。

順を追ってこれらを説明してゆく。

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物価の上昇に賃金上昇が追いつかないスタグフレーションという状態がある。日本は既にアベノミクスを抜けスタグフレーション時代に入った。これについては既に議論をご紹介した。スタグフレーションの原因はどこにあるのか。

スタグフレーションが起きるためには信用の過剰供給と供給制約という2つの条件が重なる必要がある。1970年代の主な供給制約は原油価格の高止まりだった。アメリカはこれを解決するために信用供給を増やしたため悪性インフレが止まらなくなり、それを止めるためにボルカーショックと呼ばれる過激な政策が採用された。アメリカは2回のリセッションを経験するが物価上昇は止まった。

今回のロイターの記事はこれを踏まえている。つまりボルカーショックは必要なくソフトランディングは実現しそうだといっている。キャッシュはかなり吸収されたがFRBは依然多くの金融資産を抱えておりこの処理にしばらく時間がかかりそうだというのが記事の内容だ。

アメリカの経済は順調そのものだが容易には金利が下げられない状態になっている。超過準備を解消できていないとFRBの人たちは知っているのだろう。一方で政治の側から早く金利を下げるべきだという圧力がかかっている。これが現在のアメリカの状態である。

確かにアメリカ合衆国はソフトランディングができそうだ。だがそうではない国もいくつかある。

アメリカ合衆国が過剰に供給した信用はトルコとアルゼンチンにインフレを引き起こした。元々通貨信用不安を抱えた国だった。この2津国では物価が急激に上昇している。トルコは金利を引き上げて通貨防衛政策に転じており(悪名高かったエルドアン経済学は修正されつつある)アルゼンチンは依然過剰なインフレに苦しんでいる。アルゼンチンのミレイ政権はこれをポピュリズムで乗り切ろうとしている。

非常に興味深いことに日本も同じ状況にある。通貨は安くなり物価が上昇を始めた。さらに株価が値上がりを始めている。先進国型の経済では株価の好調は経済の好調さを意味しているが中進発展途上国は違う。通貨価値が下落していることを意味している。日本はアルゼンチンやトルコと同じ状況に陥っているのだから日本も中進発展途上国と同じ状態になりつつあると言えるだろう。

実は統計がまちまちなのはアメリカ合衆国も同じことなので国全体が没落しているというよりは「良い部分」から切り離された「悪い部分」ができているのではないかと考えられるが、国の分極化を調査した統計はなく、従って仮説の域を出ない。

また原油高だけではなく、気象災害による食料価格の上昇、中国の供給網から切り離しなども供給に問題を引き起こす。戦争も供給網の混乱を招く。フーシ派の攻撃がその一例だ。スエズ・パナマ運河の制約も物価高の要因になるだろうがこちらは気候災害と老朽化が原因と考えられている。

信用の供給過剰と供給制限が組み合わされると物価上昇を招く。原油の制約はしばらく続きそうなのでこの対策が求められている。ここで生産性を向上させないまま賃金を人工的に上げてしまうとコストプッシュの要因となり物価上昇にさらに拍車がかかることになる。

岸田政権は以前デフレ脱却を経済目標に掲げている。が、残念ながらこれは誤りであろう。労働力そのものも不足し始めている。大量に労働力を供給していた団塊の世代が退職し少子高齢化時代が始まっているからである。

大阪・関西万博もやめた方がいい。あれは需要喚起策だが実際に資材の高騰を引き起こしている。夢洲の地価を人工的に上昇させようとしたのだろうが実は大阪の商業地の地下は上昇を始めている。つまりインフレが始まっているのだ。政府はデフレマインドからの脱却を訴えているが、万博のような需要喚起策をやめられないのは実は政治そのものがデフレマインドから抜け出せていないからだ。

岸田政権がデフレマインドからの脱却と言い続ける理由も簡単だ。デフレマインドが地方への分配政策の根幹にあるからである。二階氏が何で成功したのかを知ればそのことがよくわかる。

TBSでは二階俊博氏の力の源泉という特集をやっていた。二階氏は国土強靭化によってゼネコンの地方組織を潤わせることで地域経済を活性化させようとしていたというのがTBSの指摘だ。これも需要喚起策なのでインフレ時代にはすべて逆効果になる。二階氏の「正義」の背景には取り残された紀伊半島という怒りがある。おそらく二階さんが自分のやってきたことを反省することはないだろう。問題はその外にいたはずの岸田総理がこれを総括することができなかったという点にある。スキームそのものは温存され今後は悪性インフレの原因となり続けるだろう。

いずれにせよ構造自体は非常に単純なものであり何も怒ったり諦めたりすることはない。ただ、SNSの議論を見ていると人々は過度に感情的になっているように思える。これでは構造にたどり着く前に疲れて考えることそのものが嫌になってしまうだろう。

怒ったり諦めたりするのを止めるためにはどうすればいいのか。まずは現状を認め話し合うところからなのではないかと、個人的には思う。

政治家や官僚が解決できない問題を庶民が解決できるはずなどないと思う人もいるかもしれない。だが彼らが解決できないのはしがらみであって問題ではない。実はしがらみのない(つまり政治にあまり関係がない)人たちの方が問題解決に近いポジションにあるといえる。

冒頭のアメリカの超過供給の話に戻る。FRBは現在好調な経済に合わせた新しい金利水準とFRBが抱える金融資産の水準を見定めようとしている。アメリカは世界中に信用をばらまくことで財政赤字をバランスさせている特殊な国である。つまりアメリカの経済を好調な状態に保とうとすると世界中にその副作用が広がることになる。また政治的にかなり不安定な状態にあり政治からは利下げのプレッシャーを受けている。

トランプ氏の政策は過剰供給、富裕層減税、懲罰関税(供給網の制約要因となる)といういかにも悪性インフレを呼びそうなものなのだが、選挙に勝てばこれが民意ということになりFRBはそれに従わざるを得なくなってしまう。これは日本にとっても非常に厄介な状況を生み出すだろう。ロイターに掲載されたコラムは次のように指摘している。FRBがトランプ大統領再選を見越して見切り発車的に利下げに踏み切ればあるいは2024年の状況はかなり悪いものになるのかも知れない。

けれども、仮に大統領選でトランプ候補が勝利し、2025年1月20日に2期目の政権が発足する場合、FRBの置かれる立場は実にやっかいなものになる。1期目と同様、大統領自らがFRBに利下げを要請し、その背後に熱狂的な支持者が存在するという構図は、FRBにとって決して居心地のよいものではない。むしろ、24年のうちに前倒し的に利下げを重ねた方がよいという思考が働きやすいのではないか。

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