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「性別変更の法律の手術要件は憲法違反」報道に見る日本人と憲法の奇妙な関係

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性別変更の手術要件めぐり 特例法の規定は憲法違反 最高裁」など各メディアが大きく取り上げていた。日本では最高裁判所が違憲判決を下すことが珍しいため「戦後12例目だ」というのがニュースのポイントだったようだ。

このメディアの扱いを見てかなり違和感を持ったのだが、その違和感を共有することは難しいのだろうとも感じている。

憲法の修正と違憲判断が頻繁に出るアメリカ合衆国は「問題解決」を指向するだ。今回弁護団は「困りごとから離された」と表現しているので「困りごと指向」と言っても良い。日本の場合は憲法の一貫性と司法の権威保持が優先される。これが却って「だったらとにかく憲法を変えて政治の力を認めさせたい」という欲望に火をつけ、そのカウンターとして「絶対に変えさせない」という護憲派を生み出す。

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NHKはサマリーに当たる部分でこう書いている。「法律の規定を最高裁が憲法違反と判断するのは戦後12例目で、国会は法律の見直しを迫られることになります。」極めて異例であるという含みがある。このように違憲判断には高いハードルがある。

TBSのニュースを見る限り「憲法のどの条文に抵触し何が問題なのか」についての解説はなかったように思える。後になって記事になったものを見ると一応理由が記載されている。

最高裁はきょうの決定で、生殖能力について定めた規定は「憲法13条に違反し無効」と判断。一方、性器の外観について定めた規定については判断せず、審理を高裁に差し戻しました。生殖能力については、15人の判事全員一致で違憲としています。

判決は2019年の判断に触れた上で「当時には違和感はなかったが状況は変わった」と言っているそうだ。つまり当時の最高裁判所の判断を擁護している。一方で(少なくとも報道ベースでは)何が変わったのかには詳しく触れていない。あえて言えば「国際的な流れが変わった」のが理由なのかもしれない。

置き去りになったものもある。NHKが弁護団の声を紹介しているが、彼らはこれを「困りごとから離された」と表現する。

「予想外の結果で大変驚いています。今回はわたしの困りごとからなされたことで、大法廷でも性別変更がかなわず、先延ばしになってしまったことは非常に残念です」としました。

時事通信が当該箇所を抜き出している。結局のところ「性別変更そのもの」が認められることはなかった。それは下級裁判所で判断して下さいというのが今回の判断だ。

「性別変更かなわず残念」 最高裁決定受け申立人―弁護士「不利益解決せず」(時事通信)

問題になった条文は二つある。生殖腺を取り除くべきだという要件に関しては違憲判断が出た。だが外形変更に関しては判断がでなかった。一部のTBSの番組は「手術要件は違憲」という見出しで報じているが、TBSのコメンテータの秋元里奈さんは冷静にそれは違うのだろうと指摘する。

争点になっているうち「変更する性別の性器に近い外見を備えている」という点は、まだ戻されているところなので、完全に「手術無しで性別変更」というのがOKになったわけではないという認識です。

アメリカ合衆国の最高裁判所では頻繁に違憲判断が出る。問題解決が優先されているからだ。今回の表現を借りると「困りごとに関する問題解決指向」が高いといえる。一方で日本は憲法と最高裁判所の権威を優先する。一貫性が権威の源泉になっているという考え方があるのだろう。「困りごとの解決」のようなことは行政なり立法が配慮すればいいだろうという考え方がある。

メディアの対応を見ても「どういう憲法の理屈で何が問題だったのか」ということはあまり重要視されないようだ。憲法という法律の親玉であるすごいものがありそれに違反したから大変だという権威主義的な理解のされ方がされている。

これが却って「だったら政治の力で憲法を変えてやろう」という願望を生み出すことになる。変えることが動機になっているため一貫した憲法理念のようなものは重要視されない。一方で「一貫していて誰にも変えられないことが憲法の権威を生み出す」と考える頑なな護憲派も生まれることになる。さらにこれまで緻密に積み上げてきた一貫性が破壊されることを恐れる司法サイドからも「憲法は安易に変えてはならない」というメッセージが頻繁に発せられる。日本の憲法改正議論の不毛さの背景にあるのは「憲法と司法の権威を守りたい」という司法の側の欲求なのかもしれない。

法律にせよ憲法にせよ結局は「人々の困りごと」を解決し権利を守るためにあると考えると、これは非常におかしな考え方なだ。だが、今回の報道姿勢を見る限りそれに違和感を持つ人はそれほど多くないのだろうと思う。国民もまた憲法は権威であるという価値観をおおむね受け入れている。

なお今回の当事者は判断を聞いて泣いてたそうだ。これまで自分が持っている問題を誰も認めてくれないことが重圧になっていたようである。

記者会見した代理人の南和行弁護士によると、性別変更を認めるべきだとする反対意見があったと報告した際、申立人は「自分のことを分かってくれる裁判官がいて安心した」と泣きながら話したという。

世間や権威に自分達の「困りごと」を認めてもらえないという気持ちが日本人にとっては大きな重圧なのだろうということがわかる。

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