防衛増税議論が迷走している。「なぜこうなったのか」を考えるための参照ポイントを探した。参考になったが政調会長時代の迷走である。安倍官邸主導後をどうすべきかという構造的な問題に個人の資質が重なって起きた迷走だった。空気に向かって走り出すことで議論が錯綜し最終的にまとまらなくなるという傾向がある。現在も前回と同じことが起きていることから岸田総理のもとで防衛費増額問題を話し合っても混乱が続くだけだろうということがわかる。だがおそらく政権が変わっても同じような問題は何度でも起こるはずだ。今回は政調会長時代の混乱と現在の混乱を比較した。
コロナ前の岸田さんは「スキップしそうな足取り」だった
まだコロナがそれほど大問題になっていなかった頃に話を戻す。菅義偉幹事長が辞任するのではないかと言われていた。河井案里参院議員と河井克行前法務大臣の捜査などの影響があり菅義偉氏の責任論が囁かれていたのだ。岸田氏がこれに気をよくしていたなどと言われている。幹事長狙いで将来は総理大臣になりたいのではないかと思われていたようだ。
予算編成という観点から見ると「公明党とのパイプ」が細っていたということになるのだが、スキップしそうだった岸田さんはそれに気がついていなかった。
さらに重要なのが「安倍後」が岸田氏か菅氏かの二者択一になっていたという点だ。実はこの二つの機能は官邸主導の車の両輪になっている。裏回しと表回しである。
新型コロナという予想外のシナリオ
ここで事態が急展開する。ダイヤモンドプリンセス号で新型コロナウィルスの感染が確認されたと報道されたのは1月の終わりから2月にかけてだった。隔離期間は2月19日で終了した。この頃盛んに情報発信をしていたのが岩田健太郎医師だ。政府の感染対策は悲惨な状態だと警鐘を鳴らしていた。
最初の東京での感染確認者は中国からの帰国者だったようだが「水際で検査すれば大丈夫なのでは」などと思われていた。最初に騒ぎになったのは2月中旬の屋形船での感染だった。ついに「市中感染」が始まっていたのだ。屋形船のような感染源は「クラスター」と呼ばれるようになり、クラスターの特定が重要などと言われていた。だが振る舞いはよくわかっていなかった。
マスタープランの不在
ここで優先順位をつけ「どんな対策が必要か」が話し合われていれば状況はかなり違っていたはずだ。だが政府はここでグランドプラン・マスタープランを作らないまま動き出す。この混乱はおそらく今も続いている。官邸主導でもこのマスタープランはなかったが官邸という狭い範囲で意思決定が行われていたため特に問題にならなかったのだろう。
だが「安倍後」が見えてきたため官邸主導体制は崩れつつあった。その後の体制が作られなかったことで混乱は徐々に広がり始める。
もちろん新型コロナについてはよくわかっていないことが多かった。だから完璧な総合計画は作れない。今わかっている情報を織り込みながら各所で共有できる計画を作ることが重要である。あるいは各所調整を諦めて狭い範囲に全ての情報を集め政策決定をする必要があった。
にもかかわらず「このままでは経済が大変なことになる」などという焦りの空気だけが先行する。おそらく安倍総理の資質の問題だろう。政権が危うくなるのではと感じ始めたのだ。
安倍総理が焦り出す
安倍総理が突発的に一斉休校を決めたのが2月26日である。つまりダイヤモンドプリンセス号の下船が始まってから一ヶ月も経っていなかった。官邸の狭い人間関係の中で物事を決めており迷走が目立つようになってゆく。安倍総理は国会でエビデンスを示せず「政治判断」を繰り返すばかりだった。
しかしながら予算は官邸という狭い範囲で決めることはできない。そこで安倍総理が頼ったのが岸田政調会長だった。冒頭の「岸田政調会長がスキップしそうだ」という記事から始めたのには理由がある。党内外の調整をやっていた菅義偉官房長官の機能が低下しておおそらく菅官房長官と岸田政調会長はあまり仲が良くなかった。公明党とのパイプが太い菅義偉官房長官が動いていればのちの混乱は防げていたかもしれない。
コロナウィルスの蔓延が問題になり始めると「コロナ対策」の必要性が議論されるようになった。岸田政調会長に取りまとめが指示されたのは3月17日だった。
「お願いは聞いてやれ」とは言ったがここまで聞きすぎるとは思わなかった
実はコロナ前から始まっていた「オリンピック後をどうするか」問題
ところがこのコロナ対策には実は前史がある。アベノミクスの効果が薄れてきていた。特に地方には全く実感がないという人たちが大勢いる。トリクルダウンなどなかったのだ。オリンピックという政治的節目があり「オリンピックまではなんとか持ちそう」だがその先がない。そこで「地方にどう税金をばら撒くのか」という議論が行われようとしていた。
ここで登場するのが麻生財務大臣だ。岸田政調会長に「次を狙いたければ政調会長の地位を十分に利用して地方にも目配りをしろ」などとアドバイスしていたようだ。岸田氏は地方行脚をして麻生財務大臣の言うことを聞いていた。ところがこれが麻生さんの予想を超えて膨らみ出す。岸田氏は人の話を聞きすぎる。
意識が変わらないままさまざまな陳情が寄せられる
前捌きなしにさまざまな要望が政調会長の元に寄せられたのだろう。もともと総裁選での有利な展開のために地方に対して「聞く力」を発揮しようとしていたのだから「岸田政調会長がお願いを聞いてくれるのでは」と期待する人も多かったはずだ。
例えば「農林部会から」国産牛肉振興をやってくれという話が浮上した。結局この案が採用されることはなかったがCanonグローバル戦略研究所は「農政劣化の愚策」と切り捨てている。キャノングローバル戦略研究所は「官邸の力が強くなりすぎ財政当局の規律が弱くなっているのだろう」と分析している。麻生さんと岸田さんの話し合いなども財務省は知らなかったのではないかと書いている。
世論からの批判が集まり農水大臣は釈明に追われた。コロナという未曾有の事態を理解できない農水族の人たちが「これは地方分配策の一環なのだろう」と感じていたこともわかる。政府・政調が強情報発信をせず仕切り直しもしなかったため「陳情側のマインドセット」が切り替わらなかった。つまり組織内で「現在地合わせ」ができていなかったのだ。
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とりあえず聞いてはみたが応えきれない
さまざまなお願いを処理しきれなくなった岸田氏はある決断をする。それは国民給付の年収世帯制限だ。おそらくここでも財務省か麻生財務大臣サイドから「全員にはばら撒けないからなんとかしろ」と言う要請があったのではないかと思うがそれを裏付ける報道はない。詳しく見てゆこう。
このように決まった30万円給付だが「なぜ一律10万円」が「限定30万円」になったのかという議論の中身についての説明は一切ない。さまざまな議論の中身は説明しなかった。また「他の政策については政府と調整している」と述べるにとどまった。
Bloombergによると「地方の協力」を勝ち取るために地方への一律給付金を提案している。麻生財務大臣との間では議論があった(つまり麻生さんは反対したのだろう)と言っている。地方に目配りをしろとは助言したが「やり方がよろしくない」ということだったのではないだろうか。
一体いくらあれば政権を買えるのか?という答えのない問いに翻弄される
その後の報道などを見ると麻生財務大臣は一貫して現金給付には後ろ向きだった。「消費補助になる」プレミアム商品券を主張していた。その後も「国民から申請してこい」という意味で「手を上げた人に配る」などと抵抗し続けていた。
麻生氏のこれらの一連の発言はリーマンショック時に一万二千円配ったものの政権を失ったという経験によるものだろう。あの時「一万二千円配ったのに政権が信任されなかったのは国民が「誰からもらった金か」を認識していなかったからだ」という麻生氏の強気の認識があるのではないかと思う。仮に俺の恩を感じていたならもっと感謝していただろうということだ。
政権の危機を感じた安倍総理が「10万円くらい配らないと国民から離反されるのでは」と恐れていた可能性も感じる。つまり当時の焦点は「いくら配ったら政権が買えるか」と言う問題だったのである。いつでも使える予算を持っていないと不安だという気持ちは後に「予備費」という形で具現化される。老後に怯える人が子供の愛情を買うために貯金通帳を握ったまま使えなくなってしまうというように例えることができるかもしれない。
元々マスタープランがない上に、そもそも30万円か10万円かという議論にこれといった根拠はなかったのかもしれない。政権の恐怖心の大きさの指標にしかならない。さらに重要なことは「次を狙う岸田さん」と「この先に不安を感じた安倍さん」の心理的な温度差だ。
迷走してもそこに答えはない。
そもそも政策は誰が決めるのかという「ガバナンス」の問題
個人の資質の他にもう一つ問題がある。それがガバナンスの問題だ。安倍総理は土壇場で公明党などのいうことを聞いてしまい政調会長の決定は反故にされた。この時の状況をアゴラがまとめている。
アゴラが指摘しているのは事前審査制である。自民党の政策調査会の調整で事前に予算が事実上決まってしまうという制度である。
本来予算は政府が責任を持つものである。ところがこの時の予算は自民党の言うことを聞いてしまい公明党の言うことを聞かなかったために迷走した。それ以前は内閣に入った人たちで決めていた。これが「官邸主導」だ。官邸主導で大きな役割を果たしたのは水面下で公明党と調整をする人たちだった。実は「安倍氏の次」に向けてパワーバランスが微妙に変化する中でこの官邸主導が崩れていた。とはいえ政府の中もまとまっておらず「官邸主導の次」がない状態になっていたのである。
このアゴラの記事の中で産経新聞の記事が引用されている。公明党が強力に反対したようだ。また公明党の意見が聞き入れられず自民党の政策調査会で決まってしまったことにも不満があったようだ。ここで二階幹事長が公明党側についたことで大きな流れができた。双方の動きを見つつ、土壇場で流れを変えて存在感を見せつけるというのが二階流だ。
ところが今度は自民党側からも「私たちも10万円給付を言ってきたのに公明党に手柄を持ってゆかれた」と不満を訴える声が出てきた。それに応える形で岸田総理が「実は私も」と言い出し世論から大反発される。
16日に政府が10万円給付を決めたことで「自民党も当初から訴えてきた」とツイートした。限定付き30万円給付を決めたのは岸田政調会長だったため疑問視する声が出た。岸田政調会長が安倍総理に直訴し「一定水中まで所得が減少した世帯に30万円支給すべきだ」と進言し方針が決まった。
この件で一旦は岸田総理という可能性はなくなった。しかしながら表で政策調整する人と裏で与党内調整をする人が分離してしまったことで「官邸主導後」の体制が作られる見込みは無くなった。
類似点と相違点
現在、これまで封印されていたさまざまな問題が一気に噴出している。マスタープランなきまま問いのない答えを全員で探しているうちに一体何を議論しているのかがよくわからなくなる。一旦複雑化した後で議論は最も単純な構造を見つける。前回は「限定付き30万円かみんなに10万円か」という議論で、今回は「増税か国債か」という議論になっている。この問いには答えがなく、仮に解決したとしても問題全体の解決には寄与しない。
安倍政権下の自民党には裏で調整をする人たちがいたのだがおそらく「自分の裁定」が一番高く売れる時期を見定油としているのだろう。一方で岸田総理は麻生氏に代表されるような評論家的な人たちのいうことを聞きすぎており右往左往している。問いの立て方が下手だという問題の他に「誰が何を決めるのか」というガバナンスの問題もある。これも解決していない。
岸田政調会長時代と現在のもっとも大きな違いはこの混乱が自民党内で行われているか政府で行われているかというものである。政調会長は自民党の中だけの問題だったが、現在は岸田総理・総裁になったことで党と政府の中に混乱が広がる。