ざっくり解説 時々深掘り

ワールドカップの準決勝の結果次第で予想されるパリの混乱

Xで投稿をシェア

ワールドカップの4強が決まった。フランス・モロッコ・クロアチア・アルゼンチンである。BBCはそれぞれのチームについて情報を短くまとめている。クロアチアは対日本戦と対ブラジル戦でPK戦で勝利し準決勝に上がった。敗退した国にはポルトガルやブラジルなどがある。有力選手が「いろいろなことを犠牲にして国のために戦ったが夢はもう叶わなくなった」と無念さの滲むコメントを出している。国威発揚という大きな物語がいかに人々に大きな影響を与えているかがわかる。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






この中で快進撃を見せているのがモロッコである。アフリカ勢・イスラム勢では初めての4強入りとなった。イスラム教国カタール開催のワールドカップにふさわしい勝者なのかもしれない。

だがこのモロッコの快進撃がヨーロッパに小さな波乱をもたらしている。最初に混乱したのはベルギーの首都ブリュッセルだった。トルコをはじめとしてイスラム系の労働者の多い都市だ。すでにモロッコ系ベルギー人になった二世や三世もおりベルギーとモロッコのどちらの代表になるかで迷った選手もいるほどにモロッコ系はベルギー社会に入り込んでいる。

ベルギーがモロッコに敗退するとブリュッセルでは暴動が起きた。ブリュッセル市当局は「モロッコ人サポーターが仕掛けたのかベルギー人サポーターが仕掛けたのか」については明らかにせず「暴動を起こすような人たちはサポーターではない」という姿勢を明確にした。さらに一帯を封鎖しこの暴動に集まらないようにという警告も行っていた。

移民社会になったヨーロッパでは今も見た目による区別が残っているのだろう。サッカーをきっかけにした分断が社会全体に広がりかねない。ベルギー・モロッコ戦におけるベルギーの敗戦によって引き起こされた騒乱はアントワープなどオランダの都市にも広がったようだが、あくまでも一部の暴徒の騒ぎということになり混乱が全土に広がることはなかった。

モロッコはもともとフランスの植民地だ。このためフランスには大勢のモロッコ人やモロッコ系のフランス人がいる。モロッコが準決勝に進出したことがわかるとパリのシャンゼリゼ通りで暴動事件が起きた。日本のテレビ局で伝えているところは多いがヨーロッパ系のメディアは記事を出すのが遅い。すでに「よくある問題」の一部になっている上に扱い方を間違えると社会的な混乱につながりかねないという恐れがあるのだろう。

ある日本のサッカー系メディアはモロッコ系サポーターが仕掛けたと書いている。これは日本だから書ける記事かもしれない。フランスで同じような書き方をすれば「モロッコ系全体に悪い印象を与える悪意のある記事だ」と言われかねない。この記事によると暴動はパリ、ブリュッセル、アムステルダムなどで起きているそうだ。一度大きな衝突が起きていたブリュッセルでは厳重な警備体制が敷かれ大きな揉め事にはならなかったそうである。TBSはこの辺りの事情がわかっているため、フランスサポーターとモロッコサポーターが集まっていたという事実だけを並列的に書いている。

モロッコ系の住民たちにはおそらく抑圧された被差別感情がある。その被差別感情を持っている人たちがヨーロッパを打ち負かして勝利したという喜びは国威発揚につながり民族意識の高揚にもつながるだろう。一方で帝国の住民事件からわかるようにヨーロッパ系にも主流派から転落しかねないという恐怖心がある。

一方で2022年5月30日のBBC報道(YouTube)によるとリバプール対レアルマドリッドのチャンピオンリーグ決勝でも暴動が起きている。チケットを持たない人たちが会場に押し寄せ68人が逮捕された。つまり、アフリカ・イスラム勢が関与しなくても暴動が起こる可能性はあるのだ。「とにかく暴れたい」という人も多いのだろう。

もともと国家対抗のスポーツには「管理された戦争」という側面がある。戦争は人の命を奪うがスポーツで人の命が失われることはないはずである。一方で、オリンピックやサッカーの国際試合が多くの人の関心を集めるのは集団同士の競い合いに我々の本能を掻き立てる何かがあるからだろう。

モロッコ快進撃とその後に立て続けに起きる暴動騒ぎを見る限り、スポーツを介した国威発揚は「管理された戦争」の枠には収まらなくなってきているようである。暴動が起きるたびに各国政府や地方自治体の要人たちが「このようなことは許されない」と社会からの切り離しを図っているが、おそらくさまざまな苛立ちが堆積して現在のような状態を作り出しているものと思われる。国威発揚はこうした不満の吐口として利用されている側面がある。

状況が緊張すればするほど当局の取締も厳しいものになる。厳しいものになればなるほど反発も高まる。

テレビ朝日は今回の警察の対応に問題があったのではないかと指摘している。警察の対応が過剰で平和に勝利を祝っていたモロッコ系サポーターが反発した可能性を指摘している。

今回の部分的なシャンゼリゼの混乱はフランス・モロッコの直接対決によって引き起こされたわけではなかった。だが次回はこのフランスとモロッコが直接対決する。フランスとモロッコの対決は12月15日に予定されている。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで