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ドイツも実は基本法を改正し「借入」で軍事費増額に対応している

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日本が防衛費を増強する理由として「ヨーロッパがそうしているから」と説明されることがある。特にドイツはウクライナの紛争を受けて大胆に政策を転換したことで知られる。なぜそれが可能だったのかを調べてみることにした。ドイツは基金を作って軍事費増強に対応した。日本にも同じような提案が出ている。この時ドイツは与野党協力して憲法にあたる基本法を改正し基金に借入金を当てられるようにしたようだ。つまり、ドイツは憲法を変えて国債を軍事費に使えるようにしていると表現できるかもしれない。

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ドイツはNATO諸国から軍事力増強の依頼を断り続けてきた。ドイツはメルケル政権が信任を失い対立する左派の野党政権に変わった。左派政権は単独政権ではなく連立政権となっている。新政権は防衛という観点からは従来の政策を維持していた。これが一転させたのがロシアのウクライナ侵攻だった。

この時ショルツ政権はいち早く防衛費の拡充を決めた。530億ユーロから1000億ユーロなのでほぼ倍増と言って良い。

おそらく岸田政権はこのドイツの事例をかなり意識しているのだろう。ドイツができたのだから日本もできない訳はないということになる。

まずドイツと日本の違いをまとめておく。第一に日本政府は日本国民から信頼されていない。自民党は岸田総理が「国民の責任」という言葉を使っていたとしていたがこれを撤回したようだ。「聞き間違いだった」と説明している。「政府対国民」という意識が根強くありそれが反発されたようだ。「われわれ」と言い換えたようだが却って国民と政府の間にある埋め難い距離を感じさせることになった。次にドイツが抱えているロシアの主権国家侵攻は既に起こった事実である。これが将来起こるかもしれない中国の軍事侵攻と違っている。日本の課題は実は喫緊のものではないため政党間の思惑や派閥間の思惑による議論が先行している。

ロシアとの融和策はドイツの伝統的な政策だった。特にメルケル首相は東ドイツ出身でロシア語話者の政治家だったこともありプーチン大統領との関係は比較的良好だったとされている。政権交代が起きていたために前政権の政策を否定しやすかった。DWの別の記事はドイツのこれまでの対ロシア宥和策が完全に否定された出来事であったと伝えている。メルケル氏にとってミンスク議定書が全て否定されたという事実はかなり苦痛に満ちたものだっただろう。

だが、ドイツは新しい政策をゼロから作る必要はなかった。NATOから具体的な要望があったからだ。つまり防衛費を何に使うのかということがあらかじめ決まっていた。また、対ロシア対策という決まった目標があったため国民の合意は得やすかった。

日本のこれまでの防衛増税議論を見ていると「ウクライナショックを利用して増税基調を作りたい」という思惑や「この際議論を通じて安倍後継として一歩抜きん出たい」というような思惑が錯綜していることがわかる。これは中国の脅威が実は喫緊のものと見做されていないためだろう。中国の脅威は単に政局に利用されているだけなのだ。こ外で起きたショックを「外圧」として利用するのが日本政治の常套手段なのだがその代償も大きい。国民がそれを信じなくなってしまうのである。

ロシアのウクライナ侵攻は誰の目から見ても大きな情勢の変化であり国民の間の合意は得やすかった。おそらくは「国民負担は増える」と誰もが感じただろうがドイツ国民はショルツ首相を支持したとされている。

ではドイツはどのようにこの資金を賄っているのだろうか。ドイツは政府が支出する「基金」を作りこの変化に対応することにしたようだ。ところが急激な支出増に税収が追いつかないので憲法にあたる基本法を変えて財政的な手当てをしているようだ。政府の借入には厳しい制限があるがその制限を緩和するというのが基本法修正の内容だった。日本流に説明すると「憲法を変えて国債を使えるようにした」ことになる。日本の場合、現在の特例は建設と臨時支出だけだが「臨時支出」を毎年繰り返すことで事実上の恒久的国債枠にしている。

本来は軍事力増強に消極的な左派政権が起案し保守系野党が協力するという体制がとられ2/3の議席を確保した。

憲法改正が必要とされるところからもわかるようにドイツでは国債の使用が厳しく制限されている。つまりドイツ人にとっては「いよいよ正念場」というような事態だったことがわかる。これまで厳しい財政規律を維持してきたからこそこのようなことができたのだろう。

ただし報道の中身では「全額借入金依存」とは書かれていない。ここが「国債を発行すれば国民負担は増えない」という日本側の説明とは異なっている。どちらかといえば移行措置なのだろう。

さらに着目すべきなのはCDUなどと協力して憲法改正をしているという点だ。ショルツ首相が軍事費増額を決めたのは2月末だがCDUと合意したのは5月だった。それだけの長い期間をかけて野党との話し合いをおこなっている。

総論すると「普段からちゃんとやっているからいざという時に合意がえられやすい」ということになる。

ドイツの次の問題は「基金を使い切った後をどうするか」である。国防大臣は9月になって「基金を使い切った後も国防費を維持する必要がある」と訴えている。つまり、基金は移行措置対応であり、そのあとにある程度時間をかけて国民負担の議論をすべきだと訴えていることになるだろう。政治家の説明責任としては極めて真っ当な姿勢と言える。

日本でも防衛費のために基金を活用しようという話が浮上している。ロイターの記事は「新設の防衛力強化資金」などと説明している。ここに余剰財源を入れて防衛費に充てようという計画である。今後マスコミが解説を始めるのだろうが予算に特別枠を作ってそこに資金をプールするというやり方はドイツと似ているのかもしれない。ただし、日本の場合「特別基金」というと「官僚の利権の温床になっている」と批判されることが多い。今回の強化資金も「実は有効に使われていなかった」ということになる可能性がある。ドイツがどのように透明性を高め国民への説明責任を果たしているのかについても研究してみるべきだろう。

今回の防衛増税の議論は国民と政府の間にある深刻な距離の問題も浮き彫りにした。岸田総理の「国民のお願い」は国民からの反発を受けた。松野官房長官は「政府から国民にご協力をお願いする」ものだったと釈明した。

また自民党は「岸田総理が国民と発言していたのは聞き間違いで実はわれわれと言っていた」と釈明しているそうだ。実際の経緯がどうだったのかはわからないが、国民からの強い反発を受けてちょっとした歴史修正が行われている。

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