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稲田防衛大臣はなぜ支援者との打ち合わせをキャンセルすべきだったのか

九州で大雨の被害が深刻になっている時、稲田防衛大臣が支援者との会食を優先して防衛省を留守にした。「すでに指示は済ませていた」ということなので、法的には問題がなさそうだ。一方で、部下が一生懸命に仕事をしているのに不在にするには道義的でない気がする。いったい、どちらが正しいのか、リーダーシップという観点から観察してみよう。

結論からいうと稲田さんにはリーダーの資質がない。リーダーシップが学べるチャンスがあったのだがこれをふいにした。今後、稲田さんがリーダーシップを発揮するポジションにつくことはないだろう。

確かに、法的には、指示され済ませればあとは自衛隊の人たちが勝手にやってくれる。日本の自衛隊は優秀なので、それでよいという見方はできる。が、現場の人が優秀であればリーダーは何もしなくてもよいのかという疑問が残る。

そもそもリーダーのあるべき姿とは何だろうか。リーダーにはいくつかのタイプがあるだろう。その役割も多岐にわたる。例えば、先頭に立って陣頭指揮を取るようなタイプのリーダーは自衛隊には必要がなさそうだ。自衛官たちはそれぞれが訓練されており、稲田さんが陣頭指揮を取るような仕事はなさそうだからだ。

中曽根康弘元首相の回顧録を読むとリーダーシップに関する逸話がでてくる。オイルショックで石油の供給が滞ったので、国家が石油のコントロールを管理した時期があるそうだ、その時中曽根は陣頭指揮をとって大きな表を作り官僚と一緒に計画表を作ったそうだ。

中曽根さんがそれをできたのは、もともと海軍で士官として会計の仕事をしていたからだと考えられる。しかし、現在の組織は専門性が高くなっておりより複雑化している。だから、こうした中央集権的な方法は採用しえない。だが、日本のリーダー観は第二次世界大戦当時のままになっているように思える。優秀な人が現場を引っ張ってゆくのがリーダーだと考えられてしまうのだ。

現在の専門性の高い組織には別のタイプのリーダーが求められる。

例えば、重機があれば孤立地帯に入って行けるような状況があったとする。しかし、自衛隊の人たちには重機を持ち込む権限がないかもしれないし、重機はあっても地元と調整しないで中に入って行けないことも考えられる。すると自衛隊の人たちは自ら「それは自分たちの権限ではないから」と諦めてしまうだろう。目の前に困っている人たちがいるのだからなんとかしてあげたいと思っているはずだが、やはりそこは諦めざるをえない。このような状況で積極的に支援するのもリーダーの役割の一つである。つまり「何かあったら言ってくるように」と声をかけておいて、積極的に他大臣に介入するわけだ。

さらに、現場の人たちに権限を与えて「責任は自らが取る」と言ってやることもできる。これをエンパワーメントと呼ぶ。

つまり、複雑化した組織では支援することもリーダーの役割の一つなのだ。人は任されると期待に応えたいという気持ちが生まれるので、エンパワーメントされた人たちのやる気は上がるだろう。

この問題の要点は、リーダーシップがどうあるべきかということを指示してくれる人が誰もいないという点にあるのではないか。多分、この点が現代のリーダーとして一番難しいところかもしれない。稲田さんはこの資質に欠けているのだが、もともと安倍首相が自分の手足になってくれる人を好んでいるというのと関係しているのかもしれない。積極的にリーダーシップを発揮する人材をコントロールする能力に欠けているのだろう。

同じ防衛大臣経験者の石破さんは「検証は必要だ」とは言っているが、何をするべきだったのかということには言及していない。さすがに国会議員が他の国会議員に対して「リーダーとはこういう人ですよ」とは言えないのだろう。が、もしかすると現在の国会議員はリーダーがどうあるべきかというビジョンが持てずにいるのかもしれない。日本でリーダー教育が行われていたのは軍隊だけで、中曽根元首相のような軍経験者が消えた時点でなくなってしまった可能性があるのではないかとさえ思う。

もし、稲田さんがリーダーとはなにかということを理解していないのだとすれば、多分防衛庁の椅子に座っていても退屈なだけなので、支援者のご機嫌とりに行った方が有益だったということになる。が、明らかに防衛大臣としては不適格だ。

いずれにせよ、稲田さんはリーダーとして成長できる機会を与えられてそれを浪費したように思える。ここから学べるのは、リーダーシップを学ぶことができる機会は自分から取りに行かなければならないということだ。

確かに、他人を批判するのは簡単なのだが、いざ自分がその立場に置かれると、それを実践するのは意外と難しいかもしれない。多分、今いるポジションよりも「もっと成長できることはないか」と探しているような感じではないと、リーダーシップについて学ぼうという気にはなれないのかもしれない。

最後に蛇足ではあるが、石破さんが主張している緊急事態条項はこのリーダーシップという観点から間違っていることがわかる。第一に日本の政治家には緊急時を乗り切る気概や心構えがなく、権限だけを預けてしまうと、何をしでかすかわからない。そもそも平時でさえ書類を紛失したり、ないはずの書類がでてきたといって官僚を恫喝するという体たらくなのだ。第二に現在のリーダーはオーケストラの指揮者のような存在であって必ずしも権限を集約するのが良いとは限らない。多分、実際には現場に権限を移行するエンパワーメントに関する規定を法律レベルで整備するべきだろう。

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