アメリカで雇用統計が発表された。景気減速不安が急速に広がっていたがその不安を裏付ける格好になってしまいダウが急落している。金曜日の日経平均はブラックマンデー以来の下げ幅になったが、なにもないことを祈りたいが、週明けの日経平均にもさらなる波乱があるかもしれない。何があっても動揺しないように心の準備だけはしておきたい。
まず「長々と読んでいられない」という人たちのために特別にサマリーを準備した。
アメリカの7月の雇用統計が発表された。事前予想通りに失業率が市場予測を上回ったことで、アメリカでは景気減速不安が広がっている。ドル円相場の値動きも荒いもので2円円高の146円台の取引だ。FRBの9月利下げはほぼ既定路線となった。アメリカではパウエル議長の判断が遅すぎるのではないかとの批判が出ている。
だが、それ以上の批判にさらされているのが日銀の植田総裁だ。「金利引き上げタイミングが速すぎたのでは」とか「日経平均が下がったのは植田総裁のせいだ」と言うような怨嗟の投稿がXには渦巻いていた。中には事実関係を無視したような感情的な反応もある。日本人がこれほど投資に夢中になっていたのかと言う驚きも感じる。
日本の漠然としたメディア報道を読むとアメリカ経済が急激に減速したかのような印象を受ける。だが、特に大きな変化があったわけではない。パウエル議長の会見の席で「サーム・ルール」が取り上げられそれが市場で意識されたことが一つのきっかけになっているようだ。
経験的に導き出されたサーム・ルールはこれまでは景気減速指標としては有能だった。ただし今回はサーム・ルールは過大評価されている可能性がある。Bloombergは次のように説明する。
米失業率のこのところの上昇を巡る比較的落ち着いた解釈は次の通りだ。それは、パンデミック期には移民が厳しく制限され、米国人労働者の多くも離職し、失業率が抑えられた。その後、このようなトレンドの反転により、労働参加率は再び上昇に転じ、失業率は本来の水準に回帰しつつあるということになる。
試される米リセッション入りシグナル-コロナ禍で労働市場に変調
いささかわかりにくい説明だ。間を埋めて箇条書きすると次のとおりになる。
- 通常の経済状態であればサームルールは指標として有能だ
- だが今回は通常の経済状態ではない可能性がある
- パンデミック期には移民が制限されていた
- アメリカ人労働者も離職していた
- このため労働参加率が下がり失業率が抑えられてきた
- だがトレンドが正常化しつつあり労働参加率が上昇したので失業率が本来の水準に回帰している
つまりサームルールは通常の景気について記述しているため今回は外れる可能性がある。考案者のサーム氏も「サーム・ルールは現在、労働市場軟化について警鐘を鳴らすメッセージを的確に発しているものの、音量は大き過ぎる」と言っている。つまり黄色信号ではあるが赤ではないというわけだ。だが、そもそもこれまでのアメリカの好景気が説明のつかないものであった反動としての不安も大きい。
結果的にアメリカの株式は大きく値下がりした。以下APのまとめ(途中経過含む)だ。
- The S&P 500 was sinking by 2.2% in afternoon trading, potentially on pace for its worst day since 2022, and on track for its first back-to-back loss of more than 1% since April.
- The Dow Jones Industrial Average was down 807 points, or 2%, as of 1:10 p.m. Eastern time
- The Nasdaq composite was 2.6% lower as a sell-off for stocks whipped all the way around the world back to Wall Street.
これまでとロジックが変わりつつある。過剰反応の可能性もあるが、具体的な下落を数字を見せられると動揺する人が多いのも事実だろう。ディスインフレ期待は急速にリセッション懸念に変わりつつある。
- 景気減速→金利引下げ(正常化)→企業業績の回復(ディスインフレ)
- 景気減速→景気の悪化→企業業績の落ち込み(リセッション懸念)
ただし、日本株の魅力が失われたことは事実である。理由は2つある。つまり一時期のような40,000円台の株価には戻らない可能性が高い。だが、本来の価値に戻りつつあり今後は企業の実力が正当に評価できると前向きに捉えることもできる。
インフレ懸念が薄まるとインフレヘッジの必要がなくなる。日本は金利上昇がほとんどない国とみなされてきた。金利が上がると経済は成長し現金の価値は時間を追うごとに減耗してゆく。そのため資産を金利のない国に移すと資産保全ができる。ただ貯金や国債では金利が全くつかないのだから比較的パフォーマンスがいい株に投資しよういう動きが出る。これがインフレヘッジである。例えて言えば通貨は痛みやすい果実のようなものなので冷凍庫に入れておけば痛みが防げるということになる。だが植田総裁は冷凍庫の温度を少し上げてしまった。円高になると日本株の割安感が失われる。
冷静に考えるならば日本株が本来の価格に戻りつつあるだけなのだが、マスコミは盛んに「日本もやっとバブル期を取り戻した」とか「経営者が世代交代したことで日本企業の価値が見直されたのだ」などと煽ってきた。
今回の株安では手のひらを返したように「そもそも説明がつかない株高だったから反動が出ているのだろう」などと言っている。
新NISAで株を買っていた高齢者は「日本企業の価値が再評価された」というアナリストたちの口車に乗り割高になっていた株を押し付けられた可能性がある。だが、金融機関系のアナリストは一切責任を取らず「いや実は説明がつかなかったんですよ」とうそぶく。ロジックが理解できない投資家は慌てて証券会社に電話を入れ、割高で買った株を手放してしまい「やはり株はギャンブルだ」と考えるようになる。持っておけば企業価値は上昇してゆくものだがそのような判断はできないのだろう。
そもそも日経平均が3万8000円台から4万2000円台へ急騰した際も説明のつかない株高だったので、今になって反動が出ていると捉えることもできる。もっとも、日米の中央銀行が正反対の金融政策を採る中、ドル安/円高が急速に進行、ハイテク株も調整色を強めており、状況は一段と悪化しているのは確かだ。
日経平均が急落:識者はこうみる
投資の天才ウォーレン・バフェット氏が商社を買っているのは日本企業の素晴らしさに彼が気がついたからだという話も出ていた。ただ今回はこんな話が出ている。単にインフレ回避策の一つだった可能性がある。
著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いる投資会社バークシャー・ハサウェイの投資先として注目を集めた商社株の下落が象徴的との受け止めが市場では聞かれる。バークシャーは日本株投資の資金の大半を、相対的に金利が低い円建てで資金を借り入れて調達しているとみられている。
日経平均が急落:識者はこうみる
植田日銀総裁は秋の総裁選挙を意識しつつ「悪い円安論が出ている今なら利上げの既成事実が作れる」と考えた可能性がある。実際に岸田政権は日銀のサウンディングに対して異議を申し立てなかったようだ。ロイターは「7月の金融政策決定会合での日銀の追加利上げは、歴史的な円安に伴う物価高に歯止めをかけ、新しい経済ステージへの移行を印象付けたい岸田文雄政権の意向も後押しした。」と書いている。
そもそも植田総裁は安倍総理・黒田総裁の後始末をしているだけであって責めるならばアベノミクスを責めるべきだろう。だが日本語と日本メディアで情報を取っていると漠然としたニュースばかりが飛び交っておりとても冷静に因果関係など整理できそうにない。結果的に「日本の経済が回復途上ににないことは明らかなのに植田総裁が金利を引き上げてしまったせいで夢の日経平均40,000円台が打ち砕かれた」というような批判が飛び交っている。
しかし、植田総裁の金利引き上げとアメリカの雇用には因果関係はない。さらに言えば企業業績がアメリカ頼みになっている日本経済はアメリカの景気が減速すると金利引き上げに対応できない。つまり植田総裁はギリギリ窓が閉まるタイミングで金利に引き上げ(アベノミクスの正常化)ができたとも言える。
日本人の経済評価は極めて主観的で曖昧だ。小学生の流行語に例えると「それってあなたの感想ですよね」程度の情報がとびかっている。さらに不安耐性が低くちょっとした値動きにも過敏に反応する。日本人に投資を働きかける自民党政権の政策は間違っていたのかもしれない。とても投資向きの国民性とは言えない。
なんの慰めにもならないかもしれないが今回の変動でインドルピーとインド株も値下がりしているそうだ。日本だけが売られているわけではない。
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