BBCによるとブリンケン国務長官は同じ24時間を何度も何度も繰り返しているという。そんなブリンケン国務長官が今回は「ハマスが文言を書き換えた」と主張している。背景にあるのがアメリカとイスラエル・ハマスとの決定的相違である。サミュエル・ハンチントンはこれを文明の衝突と言っている。現在のアメリカでは文明断層が内包化され国内にも混乱が広がっている。
大統領選挙を前にガザの戦争を終わらせたいバイデン大統領は妥協の多い提案をまとめイスラエル・パレスチナ双方に提示した。バイデン大統領が慣れ親しんだアメリカの議会対策としては一般的な手法だ。
双方ともバイデン大統領の提案に合意したと言われているが実際には「ただし条件がある」としている。これは単なる「ノー」と言わないゲームだ。
おそらくはイスラエルも実質的にはバイデン提案には合意していない。だがブリンケン国務長官は「ハマス側が文言を書き換えてきた」としてハマスのみを非難した。イスラエルを悪者にして交渉を破綻させることが政治的にできないのだ。ブリンケン国務長官の同じ24時間はしばらく続きそうだ。
ハマス側は「文言の書き換えなどしていない」というが真相はよくわからない。アメリカが何を提示しどんな回答が返ってきたのかは公開されていないためだ。
イスラエル側もまた歴史的経緯に由来する被害者意識を募らせている。政権の心理状態はよくわからないが、北部でのヒズボラ攻撃を加速させている。アメリカの高官はイスラエルの右派がアメリカを泥沼に引き摺り込もうとしていると憂慮する。AXIOSのタイトルは「U.S. scrambling to prevent Israel-Hezbollah war amid Gaza ceasefire push」となっている。scrambling(スクランブリング)はここでは躍起になっていると言う意味だそうだ。スピードが速く混沌とした状況になんとか合わせようとしているニュアンスがあるのだろう。
つまり、現在のイスラエル相手に合理的な交渉ができるかはよくわからない。
ネタニヤフ首相は明らかに政治的な生き残りをかけて戦っている。またラピド・ガンツ両氏の動きも基本的には政治的駆け引きだ。アメリカ合衆国はこうした「合理的な動き」は理解できる。ところが右派は「旧約聖書が約束しているのだから自分達が負けるはずはない」と考えている可能性がある。今のバイデン政権には理解できない心情だろう。
もっとわからないのがハマスの心理状態だ。国家が福祉に関与しないイスラム圏では宗教勢力が福祉活動を行なっておりこれが「世直し運動」に発展することがある。エジプトではムスリム同胞団などが政権転覆に成功するがそのまま軍事勢力に潰されてしまった。ハマスはこの流れを汲んでいる。
腐敗したパレスチナ自治政府はガザで信頼を失いハマスが政権を獲得した。ハマスの存在はイスラエルにとっても好都合だった。「ハマスは交渉相手にならない」と交渉を拒否できる。実はネタニヤフ首相が陰で支えていたのではないかと主張する人もいる。
ところがハマスは政権獲得後ガザ統治には関心を持たずイスラエル攻撃に傾斜していった。ハマスの支持が落ちたところで起きたのが10.7の攻撃だった。
仮にネタニヤフ政権とハマスが自分達の生き残りをかけて戦っているならアメリカには合理的に彼らと交渉できる。彼らの身分を保障してやればいい。
ところがイスラエル右派は「旧約聖書が約束しているのだから神が我々に敗北を与えるはずはない」と信じている可能性があり、ハマスは現世で救済されなくても来世ではと考えている可能性がある。本来的ではない歪んだ「聖戦」の理解だ。
合理国家のアメリカ合衆国はおそらくこの手の人たちとは交渉ができない。このような文明由来のコミュニケーション喪失に起因する衝突をハンチントンは「文明の衝突」と言っている。国際社会にはカトリック・プロテスタントとそれ以外の宗教の断層が存在する。
だがハンチントン氏の時代と現在には大きな違いがある。
アメリカ合衆国も現在は福音派を中心とする宗教勢力と合理的民主主義の間に断層が生じている。当然アメリカにはイスラム教徒も住んでいる。ニューヨークの地下鉄にパレスチナ人のデモ隊が乱入し「シオニストは手を挙げて地下鉄から降りるように」と騒いだ。ハンチントンの時代の文明の断層は国と国・地域と地域の対立だった。だが移民の流入が進んだ現代のアメリカは文明の断層が国内に内包されている。
バイデン大統領は「この混沌とした状況で秩序を回復するためには自分達の力が必要だ」と訴えるのが基本戦略だ。一方のトランプ氏の基本戦略は「みんな好きにやったらいいではないか」というものである。結果的にバイデン大統領の戦略は失敗しつつありトランプ大統領の時代にはなかった混乱が生じている。