静岡県知事選挙で自民党系の候補が敗北した。一般には「政治と金の問題で逆風が吹いている」と解説されているようだ。確かに岸田総理・総裁のもとで選挙をやることは難しくなったが「野党が勝った」というわけでもなさそうだ。
背景には静岡県の特殊な事情がある。県都静岡よりも浜松市の方が人口が多く地場産業であるスズキ自動車とヤマハの影響力が強い。特に強い影響力を持っているのが鈴木修氏(スズキ自動車相談役)だ。
いずれにせよ、自民党中央は政治と金の問題で表に出ることができず浜松地域に対抗する人たちをまとめられなかった。地元の上川陽子氏と城内稔氏はかなり孤立した状況だったようだ。そう考えると「比較的健闘した」といって良いのかもしれないとすら思う。
静岡新聞の統計をもとに鈴木康友氏の得票率を見ると西側に大きく偏っていることがわかる。鈴木さんが勝った地域は浜松市(市長を4期務めた)、磐田市、掛川市、袋井市、湖西市、御前崎市、菊川市、森町などの浜松市を中心とする地域だ。昔の遠江と呼ばれる領域で現在ではヤマハやスズキ自動車の本社や部品供給会社の集積地となっている。これを図表にした人がいるが色分けが非常にはっきりしている。
県知事選挙の結果を見る前に衆議院議員選挙の結果を見てみよう。浜松市は自民党の城内実氏が勝っているが郵政造反組(刺客は片山さつきさん)で無所属の時代が長かった。鈴木修氏との関係を築き地盤を固めているなどと言われることもある。
- 静岡1区:上川陽子(自民党)
- 静岡2区:井林辰憲(自民党)
- 静岡3区(遠州):小山展弘(立憲民主党)・宮沢博行(自民党)比例復活
- 静岡4区:深澤陽一(自民党)・田中健(国民民主)比例復活
- 静岡5区(伊豆):細野豪志(無所属)・吉川赳(自民党(のちに離党))比例復活
- 静岡6区(伊豆):勝俣孝明(自民党)・渡辺周(立憲民主党)比例復活
- 静岡7区(遠州):城内実(自民党)
- 静岡8区(遠州・浜松市の一部):源馬謙太郎(立憲民主)・塩谷立(自民党は比例復活)
テレビ朝日が今回の選挙を追いかけているが、鈴木陣営の応援に鈴木修相談役が入っている映像がある。浜松市長時代の人脈を生かしたものと思われる。テレビ静岡によると北脇さんという元の市長が鈴木修氏と対立した際に「対立候補」として擁立されたのが鈴木康友さんなんだそうだ。
この独特の地域事情を考えると鈴木修氏と自民党中央の支援なしに自民党がここまで組織票を固めたことはむしろ健闘といえるのかもしれない。もともと自民党中央との関係が希薄な城内氏は自民党候補を応援しつつ中央からの支援は断ったとテレビ朝日は伝えている。
塩谷・宮沢氏は政治と金の問題で目立った活動はできず、吉川氏はスキャンダルで離党している。上川さんがかなり大変だったのだろうということは想像が難しくない。
静岡市が地盤の上川陽子氏はかなり地盤固めに成功したが選挙途中で「産んでこそ女性」発言などを見るとかなり苦戦・孤軍奮闘していたことがわかる。野党陣営が上川氏の「女性リーダー」のイメージを恐れて積極的に利用した可能性も否定はできない。
NHKの出口調査では自民党の支持者がかなり鈴木さんに流れているが、仮に城内さんの支持層が鈴木修氏の影響を受けていると仮定するとそれほど不思議なことではないのかもしれない。もはや政党はあまり大きな意味を持たなくなっているのだ。
テレビ朝日の報道は「これで岸田総理の元での解散総選挙は難しくなった」という論調になっている。おそらくこれは間違いがないだろう。現在総選挙をやっても「自民党=悪い政治家」ということになってしまう。有権者は自民党執行部からは離反している。
では、立憲民主党・国民民主党などの野党が勝ったかと言われるとおそらくそれも正しくはなさそうだ。今回勝利したのは浜松市を中心とする企業連合であり無党派ではないし、立憲民主党・国民民主党はその勢いに乗っただけである。ただ乗り方は非常に上手だった。Xなどの論調を見ただけの人は「自民党への批判票が集まっている」と期待するのではないか。
だが現実は厳しい。無党派層は外野から騒ぐばかりで実際には投票しない。選挙は外から囃し立てるものに変わりつつある。無党派層が再起動していないと考えると「政治と金の問題」で企業献金から脱却するのはかなり難しいのだろうと感じる。立憲民主党岡田克也幹事長の「草の根なんかちまちまやっていられないから俺はパーティーをやるんだ」という声に同調する人は多いのではないか。
静岡県で鈴木修さんのような地元の有力者の支援を受けている政治家に対抗するためにそれ以外の政治家たちは企業や団体からの寄付を自力で集めなければならない。与野党共にその戦略に成功した人たちが議員として生き残っているのだから、彼らが(与野党共に)政治と金の問題を解決できるはずなどないし、おそらく解決するつもりはないだろう。
最後に池田内閣で作り出され自民党が大切に温存してきたビジネスモデルが崩壊していることもわかる。国家主導で産業インフラを整備し輸出企業から税金を取る。さらに裾野の広い製造業は地域の雇用を支える。このようにして国に集めた税金や貯蓄を集中的に国家予算として地方に配分することで勢力を維持してきたのが自民党である。
ところが大企業は国の庇護を受けなくても自力でやって行けるようになっており自民党に期待するのは競争力を失った地域と中小企業だけになりつつある。また国家財政が先細るとこれまで分配を受けていた人たちから税金を徴収する必要が出てくるので当然こうした人たちの支持も離れてゆく。森喜朗氏が育てたと見られる裏金キックバックの背景にあるのはおそらくこのビジネスモデルの崩壊であり、安倍派・清和会はこの崩壊にかろうじて適合した人たちの集まりだったということになる。いかにも場当たり的な森喜朗氏らしいやり方だが、本来は集金システムを産業構造に合わせて再構築すべきだった。
現在は自民党を支えてきた分配構造の崩壊期にある。とはいえ立憲民主党も国民民主党もそれに代わるビジネスモデルを見つけることができていない。維新も含めて政治と金の問題の議論がプロレス化するのはおそらく誰も答えを持っていないからなのだろう。