アメリカ合衆国とケニアが非NATO同盟関係を結んだ。
Politico, BBC, CNNの記事を読みながら安倍政権下での集団的自衛権の一部解禁の議論を思い出した。おそらく当初の狙いは自衛隊のアメリカ軍下請け化だったのだろうが、憲法第9条がお守りのような役割を果たし日本人は知らず知らずのうちに面倒ごとを避けることができた。日米同盟+憲法第9条という組み合わせが日本人(日本政府ではなく)にとっての既得権益になっていることがわかる。アメリカの防衛義務を維持したままで日本の防衛力が海外に安売りされない仕掛けになっているのだ。
問題はそれが今後も続くかどうかである。
アメリカ合衆国は覇権国家の地位から転落しかけている。あるいは既に転落しているといっても良い。ところがアメリカ人はまだ自分達が覇権国家の地位から転落しかけているという自己認識を持っていない。この認識の差をなんとか埋めようとしてもがいているのがバイデン政権であり自分達の思い通りにならないなら思い通りに行動してやると暴れているのがトランプ政権だ。
覇権国家の地位から転落しかけている理由は2つある。1つは新興国の台頭である。BRICSと呼ばれる塊がアメリカ中心の世界秩序から抜け出そうとしている。もう1つの理由が国内の「警察ごっこ疲れ」である。米軍兵士の犠牲を嫌がるようになった。この新興国の台頭は副次的にバーゲニングパワーを生み出している。サウジアラビアはイランと中国を引き込みアメリカの防衛義務を引き出そうとしている。ケニアは逆に中国疲れを起こしておりアメリカの資金援助を引き出したい。
国内の警察ごっこ疲れに対応するためにバイデン政権は各地にアメリカの司令官を置き現地の兵隊で組織される軍事組織を結成したいと考えているようだ。つまり、アメリカが頭脳を担い各国が手足になって働くという構成である。今回はケニアはアメリカから資金援助を受けてハイチに武装組織を派遣する。ウクライナの例でいえばアメリカはウクライナには参戦しないが事実上は支援という形で参戦している。またガザ地区には入りたくない。臨時の埠頭を建設しそこから先には踏み込まない。こうしてかろうじて世界覇権(のようなもの)を守ろうとしている。
ケニアはアメリカに代わって組織(媒体によって、軍隊・警察・準警察と表現が異なる)を派遣するから支援してくれといっている。ケニアは既にアフリカのテロ対策でこのような形式を取っておりこれをカリブ海に延長させた形になる。
この構想は日本でも進んでいる。岸田総理は国内向けには説明していないがおそらく有事の際にはアメリカの指揮権の元に組み込まれることになるだろう。そのために司令部がバラバラでは困るので総合司令本部が作られた。これを国民に説明してしまうとおそらく大騒ぎになってしまうので(日本人が一番嫌う「巻き込まれ」につながる)自衛隊がアメリカの指揮下に入ることはないとの説明を続けている。
さらに付け加えるならば安倍政権がイメージしていた協力の形とはずいぶん異なっている。安倍元総理は西側先進国が指導的役割を果たしながら世界平和に貢献するという形を想像していたのだろうが、現在のアメリカの同盟はアメリカ人の認識に合わせてファイブアイズ、NATO、イスラエル、その他と序列化が進んでいる。おそらくアメリカ人は東アジアをさほど重要しておらず下請け以上の期待は持たないだろう。当然岸田総理が推し進めるパートナーシップも下請け以上のものにならない。ルト大統領はレッドカーペットだったが岸田総理は「自称国賓待遇」に過ぎなかった。
かつて日本と韓国は対共産主義の最前線だった。だからこそ日米同盟の優先順位は高かった。ところが日米同盟は日本が巻き込まれる要因となる。そこでお守りとして憲法第9条が機能してきた。そしてこれは今も機能し続けている。
合衆国は日米同盟・米韓同盟・NATOのような防衛義務を負う同盟の意義を議会に説明できなくなりつつあり、さまざまな利権を証明しなければならなくなっている。このような変化の時期においてはできるだけ現状維持に努めるのが良いのだろうが、そろそろ「日米同盟が揺らいだ時のセカンドプラン」を考えるべきタイミングに来ているのかもしれない。
ケニアとの同盟を売り込むために今回は「ハイチ」が議会に対する説明材料になっている。若いアメリカ人宣教師が殺害された。ケニアは治安維持のためにアメリカの支援を受けて現地の治安維持に介入する。もちろん現地政府の許可はないが「もはや統治能力はない」と見做して無視する手筈になっている。ケニアはアメリカの反テロ作戦支援の前線基地となっている。相手になっているのは国ではなく各地の武装組織だ。日本のような民主主義国家ではこのような超法規的な解釈は実現できないし「国以外の何か」と交戦する規定もない。さらに言えば投資を呼び込むためにアメリカに接近しなければならないという事情もない。
アメリカはサウジアラビアとの間で防衛義務のある協定を結ぼうとしている。だがこの協定は「いよいよ大詰め」という報道が出るばかりで一向に完成しない。なんらかの説得材料がない限り議会を通らないはずだ。そこで彼らが持ち出したのがイスラエルとの間のディールであった。イスラエルとサウジアラビアを結びつけることで議会交渉を有利に運ぼうとしたのではないかと思われるがイスラエルの和平交渉はほとんど破綻している。
議会交渉はどうするのだろう?と考えて今回のケニアとの同盟報道を見るとnamedとかhonnordといった表現が目立つ。同盟と呼んでいるだけで防衛義務は負っておらず従って議会承認を迂回できるのだろう。これも日米同盟・米韓同盟のような防衛義務が「既得権益」と感じる理由である。
もちろん、アフリカ側にも狙いはある。ケニアは中国依存のインフラ整備が支払いが行き詰まりつつある。一時はデフォルト間近などと言われてきた。だからアメリカの資金援助を求めているのだ。
アメリカが覇権国家を維持する気力を持っていた時代は終わり同盟に「実利」を求めるようになった。この傾向はバイデン政権下でも続くのであろうしトランプ政権になればもっと極端なものになるだろう。
トランプ氏は米韓同盟にすら懐疑的と見られており「2期目には破棄も含めた交渉も行うのではないか」などと言われている。日本では日米韓協力を推進するために法制化を行うべきだという報道も見られるのだが、国家予算を通すことさえ難しくなっているアメリカ議会での優先順位は限りなく低いだろう。
それでは当事者であるアメリカ合衆国のメディアはこのケニアに対する同盟をどう捉えているのか。CNNはケニアはアメリカの協力者でありバイデン政権が掲げる理想に共鳴しているという書き方をしている。一方のポリティコは「kind of=みたいな?」との書き方をしている。イギリスメディアのBBCは冷静な書き方でロシアや中国を念頭に置いた「チェスのようなもの」という分析になっており、その評価はまさに三者三様だ。
Biden looks to counter China’s influence as he rolls out red carpet for Kenya(CNNの要約)
7ヶ月前に北京にレッドカーペットで迎えられたルト大統領が今度はバイデン大統領に迎えらえた。バイデン大統領はルト大統領がアメリカが押し進める重要な課題(安全保障・サイバーセキュリティ・気候安全保障など)の協力者であると大いに称えた。一方中国に傾いた地域の関心をアメリカに振り向けたいとも考えている。一帯一路の一環として建設された鉄道網の隣に今度はアメリカの支援で道路を建設する予定になっている。
資金繰りに行き詰まる他の国と同様にケニアも中国からの負債が膨らんでいる。アメリカはケニアと共同で中国に対して返済猶予と更なる補助金の支出を求める予定だ。アフリカの他の国も中国からの負債の返済に苦労しているのだからケニアの事例は他のアフリカ諸国の関心を惹きつけるかもしれない。
ケニアはアフリカのテロ対策におけるアメリカの拠点となっておりハイチにも準軍事警察官を送る予定になっている。この組織はアメリカの資金援助を受けていて少なくとも1年間は続けられる。
A new military era for the US and Kenya, kind of?(Politicoの要約)
アメリカはアフリカ政策で苦戦している。だがこのパートナーシップは大したものではないともと米国当局者は述べる。NATOやファイブアイズ同盟国に与えられているような特権はない。ケニアは安全保障上のアメリカのコミットメントを得られなかった。ケニアはアフリカ各地でアメリカの支援を受けてテロ対策をおこなってきたがまもなくハイチにも軍隊が派遣される。この介入はケニア人・左派の支持者・共和党議員から批判されている。費用のかかる外国の介入と見做されているうえに期間の定めも見積りもない。
Biden welcomes Kenya’s leader as US under pressure in Africa(BBCの要約)
アメリカはアフリカ政策で苦戦している。ロシアや中国などがこれまでアメリカなどが影響力を行使していた地域に浸透しているからだ。ルト氏は2007年に国際刑事裁判所から起訴されているが地域におけるアメリカの拠点国家としての役割を果たしてきた。アメリカに協力し地域のテロ対策に協力しハイチにケニア警察を派遣することを約束しアメリカを喜ばせている。アフリカは巨大なチェス盤になっており新しい獲得戦争の最中にある。
ケニアは開発資金を必要としており中国に接近してきたが中国疲れが目立っていた。アメリカ合衆国はこの中国疲れを利用してアフリカの各国に援助を申し出ている。
一方でアメリカ議会はアメリカだけが世界の警察官の役割を担うのは不当であるという論調がありケニアはその一部を肩代わりすることでアメリカの援助を確かなものにしようとしている。
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