バイデン大統領の対中国関税についての分析記事が出てきた。今回の制裁は象徴的なものでありこれ自体がインフレを加速させることはないだろうとされている。また中国製品は迂回して輸入されるため実効性もなさそうだ。
にもかかわらず象徴的に関税を使って「アメリカ製品の保護」を訴えなければならないほどバイデン大統領は追い込まれている。日米同盟推進の人たちが表向きは盤石な日米同盟の永続を訴えつつ「もしトラ」を懸念するのはおそらくそのためだろう。アメリカ政治全体がポピュリズムに煽られているのである。
ロイターが今回の関税について「焦点:米の新たな対中関税、メキシコやベトナム経由で迂回の恐れ」という記事を出している。中国からの直接輸入に制裁がかかっただけなのでメキシコやベトナムでちょっとした加工を施せばメキシコ製・ベトナム製として輸入ができる。そもそも電気自動車や太陽光パネルなどを狙い撃ちにした限定的な関税でありアメリカの物価状況にそれほど悪影響を及ぼさないだろうという趣旨になっている。
ロイターの記事には中国からの輸入額の推移に関するグラフがある。トランプ政権下で輸入が増えていたがこれが「トランプ関税」によって急激に下がっている。この効果は2020年にかけて続いている。つまりバイデン政権下でも継続していたことになる。トランプ氏の関税はおそらく選挙を念頭においたものだろう。この時期には日本も狙い撃ちされており「安倍晋三首相は心の中ではほくそ笑んでいただろうが」という発言も出ている。
だがこの関税はアメリカの経営者たちを苦しい立場に追い込んだ。このため政権が変わった後のバイデン大統領の元には経営者たちから要望が殺到した。BBCに次のような記述がある。
バイデン政権がトランプ政権時代の関税を再検討した際、政府には1500件近くのコメントが寄せられた。その大半は企業経営者からのもので、関税が日常的なアメリカ人の物価を押し上げていると主張し、関税撤廃を求める内容だった。
つまりバイデン大統領は関税がアメリカにコストプッシュ型のインフレをもたらすことはわかっていた。だからこそトランプ関税を撤廃したのだ。すると中国からの輸入品が急激に増えていった。これが2021年・2022年である。
2023年になると中国からの輸入品は激減している。対中デカップリングが行われたことがわかる。アメリカの旺盛な消費欲に支えられていた中国の経済に急ブレーキがかかったがアメリカでも強烈なインフレが起きている。
政府は家計の借金を肩代わりし豊富な補助金を流し込んだ。さらにコロナ禍後の労働力不足・ウクライナの戦争によるエネルギー価格の高騰・中国からの製品の輸入急減などがコストプッシュの要因となりアメリカは急激なインフレに直面することになったのだ。
この結果としてアメリカは急速な利上げを行った。すると今度はこれが円安の原因となり日本のコストプッシュ型のインフレに拍車がかかっている。
中国に対する関税強化は明らかにアメリカのインフレの原因(もちろん主因ではないのかもしれないが)となっており、経営者たちもそれが十分にわかっている。当然アメリカの政府高官たちもこの事実を認識していることだろう。
製造業地域ではトランプ氏とバイデン氏は接戦を繰り広げている。これを挽回するためにはなんらかの明確な措置が必要になる。それが今回の象徴的な関税だったということになる。
合理的な経済政策は感情的・感覚的な大衆の要望には勝てない。こうした状況下において民主主義は当然民意を優先しなければならない、ということになる。
民主主義擁護というポジションに立つならば政府や専門家が信頼されているうちに合意形成プロセスをきちんと確立しておく必要があるということがわかる。一旦ポピュリズムに火がついてしまうと政治の側からそれを抑制することは難しい。
表現の自由原則のある民主主義社会とSNSはあまり折り合いがよくない。課題が整理されない状態で限定的な合理性に基づいた人々が好き勝手に発信を行うと整理されないままに政策として反映されてしまう。
現在のSNSには民意集約機能も評価機能もない。政党もこうした新しい言論環境に対応できていない。それはアメリカだけでなく日本を含むすべての先進民主主義国に言えることなのである。