岸田政権が景気対策に後ろ向きなこともあり、政治と金の問題と解散総選挙の有無だけが後半国会の争点になりそうだ。この政治と金の問題で実務を担当する自民党の鈴木馨祐氏がテレビに出演し2つの失態を犯した。鈴木氏と言えば青年局長も勤めた自民党の次世代エリートの一人だが「ああこんなものなのか」と感じた。
政治と金の問題が騒ぎになったのは「自民党の力を削ぎたいという勢力のせいだ」と主張し、次に次回の選挙で官房機密費は使いませんと宣言してしまった。なぜ、これが失態なのかを考えてゆく。
そもそも政治家が企業献金をもらうことは悪いことなのだろうか。
「そんなの悪いことに決まっている」という人が多いことだろう。だが、アメリカ合衆国では盛んに政治献金が行われている。そして、これ自体を「悪いことだ」という人は多くない。むしろ個人の献金が盛んになるにつれ政治家がポピュリズムに偏り問題視されることもあるくらいだ。
アメリカで問題になるのは寄付そのものではなく政治資金の目的外使用である。現在、トランプ氏の裁判では政治資金をポルノスターらの不倫口止め料に流用したのではないかという疑いが持たれている。軽微な犯罪ではなく重罪にカテゴライズされる。正直に使わないのがいけないことなのである。
利益誘導がいけないのではないかという人もいるだろう。トランプ氏は石油業界に10億ドルの献金を要求している。見返りに環境規制を全て破棄してあげるとの約束付きである。政治文化が違うのも確かなのだが、民主主義にとって利益誘導が悪いということにもならない。
仮に自民党が企業献金を受け取りたいのであればそれがどのように使われたのかを明らかにすればいい。そしてなぜそれが日本の民主主義にとっていいことなのかを説明すればいい。
ところが自民党は戦後一貫してこの説明を怠ってきた。だから有権者は政治献金全般に後ろ暗い印象を持つ。そしてそれを隠すようなつぎはぎの政治資金改革をおこなってきた。仮に自民党がこれを修正するならば戦後一貫しておこなってきた政治資金について総括し新しいビジョンを提示しなければならない。実は憲法改正よりも政治資金改革の方が政治的には難しい課題なのである。
自民党が説明責任を果たさない分だけ政治献金の印象が悪くなってしまう。にもかかわらず鈴木氏は「政治と金の問題で自民党はいじめられている」と独自の見解を示した。朝日新聞は次のようにまとめている。
自民党派閥の裏金事件を受けた政治資金規正法改正をめぐり、党政治刷新本部座長を務める鈴木馨祐氏は12日のNHK討論番組で、「自民党の力をそぎたいという政局的な話がごっちゃになっている」と発言した。政治改革に後ろ向きな自民の姿勢を問題視する野党側を牽制(けんせい)したもので、野党が反論する場面があった。
前回も触れたように連立パートナーの公明党ですらこの説明には呆れ返っているようだ。日曜討論では報告最低限度額などでまとまらないため条文が作れるかどうかは未知数であると言っている。石井幹事長はあからさまに苛立ち山口代表は「もう間に合わないから与野党協議も同時に進められないか」などと言っている。
本来ならば、トップが「自民党と企業の関係」を定義した上で今後の基準を示すべきである。その基準に基づいて新しいスタンダードを定義しそれを新しい条文に盛り込むべきだろう。だが岸田総理は茂木幹事長に「とにかく早いうちに案をまとめるように」としか言っておらず、茂木幹事長も党内をまとめるつもりはなさそうだ。つまり鈴木さんだけが悪いというわけではない。
鈴木氏のもう一つのやらかしは「官房機密費」だった。選挙では使いませんと明言してしまったのだが、その根拠を示さなかった。野党の責任者はおそらくこれを当然国会での質問につなげるだろう。ここで岸田総理が「それについてはお答えを差し控える」と言った時点で「ほらやっぱり反省が足りない」ということになる。なぜこんなことを言ってしまったのかよくわからない。
これまでの証言などから官房機密費は小選挙区での候補者調整などにも使われていたようだ。既得権益化している立候補をあきらめさせる見返りや地元議員の取りまとめに使われているはずである。つまり自民党はもはや官房機密費なしには選挙調整ができない政党なのだ。
岸田総理が「鈴木君の言ったことは正しい」と言ってしまうとその瞬間に地方の選挙調整が瓦解する。すでに保守が競合する選挙区などがある。麻生太郎氏の地元である福岡県にある福岡9区は既に保守分裂が(ほぼ)決まっているが、このような選挙区は他にも存在するはずである。これがどれくらい恐ろしいことかは東京15区を見ればよくわかる。都連から排除されていた柿沢未途氏が地元政治家の切り崩しにお金を配っていた。だがその金額はたかだか20万円とか100万円に過ぎない。今の日本の政治家はこの程度のお金にも苦労している。
そもそもなぜこんなことになってしまったのか。
日本は政府が作ったインフラを利用する輸出企業が稼ぎ、その稼ぎを国内に還元するというビジネスモデルで成功した国だ。自民党はそのビジネスモデルのヘッドクオーターだった。ところがこのモデルは2つの点で崩壊期を迎えている。まず国内の成長が止まり海外から日本に資金が戻って来なくなった。次に公共事業を使ったバラマキが難しくなりつつある。建設・建築労働者が不足し始めているからである。この昭和的なトリクルダウン構造の崩壊が自民党の統治崩壊の一番の原因といえるだろう。自民党議員が持っていた「シノギ」が枯渇しつつあるが、それに代わる統治モデルを提示できている政党はない。
さらに政治家の世襲が進むことで国民の意識と政治家の意識が乖離しつつある。円安・インフレの進行が止まらないが政府がこれに積極的な対策を講じたという話は全く聞かない。岸田総理は円安を注視(じっと見つめるが何もしない)と言い続けている。おそらく国民生活にはさほど関心がない政権なのだろう。その一方でアメリカ合衆国のオーダーに応えることは非常に熱心だ。バイデン大統領に防衛費の増額を約束していたが、トランプ氏は麻生氏の訪問に際して「日本の防衛費増額は素晴らしい」と称賛していた。国民の代表というよりどちらかと言えばアメリカに対する日本の「領主」としての感覚が強い政権なのである。
シノギを失い世襲政治家の領主意識だけが残ったのが今の自民党と言える。
ちなみに鈴木馨祐氏は大蔵省出身でニューヨークの副領事も経験しているエリートである。自民党では青年局長も務めておりこれは彼が次世代のエースであるということを意味している。派閥は麻生派で選挙区は横浜市だ。関東ではよくあることなのだが与野党のどちらかが勝ちどちらかが比例に回るという構図になっており、これまでのところ選挙ではあまり苦労はしていないものと思われる。
今回の「政治と金の問題は政局利用されている」発言の最も深刻なところはエリートである彼が国民に対してスタンダードを示し納得を求めるといういわゆる説明の努力をいっさいしていないという点にある。
確かに政局として利用されているという側面はあるのだが、元を正せば自民党がきちんとあるべき政治資金のあり方を提示していないという点に根本原因がある。だが、長年劣化が進んでしまい、
これほどのエリートでも「全ては政局なのだ」と被害者意識を募らせそれをテレビで堂々と主張するという情けない国になってしまった。つまり彼が言いたかったのは「ねえみなさん聞いてくださいよ、ここにいるみんなが自民党をいじめるんですよ、ねえかわいそうでしょう?」
ただ、この情けない自民党に代わる政党が出てきたというわけでもない。政治全体の劣化は進み続けている。