イスラエルの情勢について、そろそろ何が何だかわからなくなったという人もいるだろう。ここでは細かいことは抜きにしてざっくりと今の状況をおさらいしたい。確定していることは何もないので「ああ混乱しているな」という流れをざっくり掴んでもらえればいいだろう。
これまで実に様々な可能性があり「波動」のような状況だった。つまり音波や電磁波のような波であり掴むことはできない。だが結論が「テンポラリーでない和平と人質の解放」になったことで可能性が「粒」として確定した。未来が確定したたのはいいことなのだがこれまであった矛盾が内包できなくなりハレーションを起こしているというのが現在の状況である。矛盾のエネルギーはかなり凄まじいものだがこれが爆発になるのか単なる過熱に終わるのかはわからない。
まずアメリカの状況から見てゆく。アメリカにはレイヒー法という法律がある。人権侵害のある国を支援してはいけないという法律だ。アメリカが10.7以前のイスラエル軍の人権侵害を認定した。BBCの記述は次のようになる。
アメリカの「レイヒー法」は、重大な人権侵害に関与しているとされる外国の軍隊に対してアメリカの資金援助や訓練が提供されるのを禁止している。1997年にパトリック・レイヒー上院議員(当時、民主党)が提唱した。
ところが今回の認定は「アメリカがイスラエルを支援し続けることができる」という法的根拠を与える内容になっている。つまり人権侵害はあったが既に是正されているおだからイスラエルを支援しても問題はないと言っているのだ。ロイターの記述は次のようなものだ。
米国務省は29日、イスラエル軍の治安任務を担当する五つの部隊が人権侵害を行っていたと明らかにした。ただ大半の部隊がその後改善策を講じたため、米国の軍事支援禁止対象にはしていないという。
ところがICCはネタニヤフ首相とハマス双方に逮捕状を出す準備段階に入っていると伝えられる。つまりアメリカが認定しても国際社会はそう解釈しないということだ。
ロシア、アメリカ、中国はこのICCには加盟していない。イスラエルも批准の意思がないとしている。だが国際的にはこの判断は大きな意味を持つだろう。つまりアメリカは国内での法律の整備はできたものの国際的には「戦争犯罪の容疑者を匿っている状態」になりかねない。このため、アメリカはICCがネタニヤフ氏らを捜査することに反対の意向を示している。
プーチン大統領がウクライナ問題で置かれたそっくり同じものになるが立場が逆転している。これまで責める側が責められる側に回ってしまうことになる。プーチン氏に逮捕状が出た時にアメリカ合衆国はこれを根拠にロシアを批判していた。つまりICCの判断をことさら重いものにしたのもアメリカだった。
国際的にも矛盾が出てきているのだがアメリカ内部の矛盾の方が深刻かもしれない。
アメリカ合衆国は個人が自由に豊かさ(それが経済的なものとは限らないのだが)を追求できることが国是になっている国だ。だが、名門コロンビア大学がこれを放棄した。良心に従って反イスラエルデモを行なっている学生を「反ユダヤ的」と決めつけ停学処分にする。トランプ氏の親パレスチナ運動批判にあやかろうとしたジョンソン下院議長の「コロンビア大学の学長を辞任させろ」と主張に屈した形になる。学問が政治的圧力に屈したのだ。
ところが話はここでは終わらなかった。
ガザでの恒久和平提案は大統領選挙に向けて混乱するアメリカ情勢を安定化させたいという政治的アジェンダによって推進されている。ハマスが休戦に応じる気配がないため「人質を開放してくれれば恒久平和について考えてもいい」と態度を変えた。しかしながらこれをネタニヤフ首相が台無しにした。
ネタニヤフ氏が何を考えているのかはもうよくわからないが休戦合意があってもハマスを壊滅しラファに侵攻すると言い出した。現在ハマス側が和平提案を持ち帰っている状況でブリンケン国務長官は「ハマスにとって優しい提案だ」とさかんに売り込んでいる。民主党の支持基盤の若者を巻き込んだ混乱をこれ以上広げたくない。だが、ネタニヤフ氏はこれを壮大に破壊してみせた。「和平はやってやってもいいがその平和な世界にお前たちはいないだろう」と言っている。こんな約束に応じる人は誰もいないだろう。
結果的にデモは収まらず学生紛争は全米60の大学に広がっており落とし所が見つからない。アメリカの学生たちは奨学金という名前の高い借金を背負わされている。停学になればその投資が無駄になる。他方、真面目に勉強をしたい学生たち(特にユダヤ系は強い脅威を感じている)も学習の機会を奪われる。アメリカにとって成長の源泉である将来世代の意思と未来が大人たちの保身によって破壊されようとしている。
政治家たちが自らの再選のために内包する矛盾をどうにかして押さえようとすればするほどガザ地区の人たちが飢えに苦しみアメリカの若い学生たちは将来の展望を抱けなくなる。
民主主義は個人が豊かになることを社会が応援するという社会制度だ。だが実際には選挙が自己目的化され本来追求すべき繁栄の希求が犠牲になっている。さらにガザ地域では「今日と同じように明日も生きてゆく」という最低限の希望すら保証できない状態になっているが国際社会はこれに対して何もできていない。
ただ最大限に良い解釈をするならば、これまで曖昧だったものが確定したからこそやっと矛盾が噴出して靡こうチアと言える。国際社会はとにかく何かを決めてヨタヨタとした足取りで前に進もうとしている。