麻生太郎副総裁がアメリカを訪問しトランプ氏と面会した。日本では安倍総理がいち早く当選直後のトランプ大統領を訪れて面会したことが成功体験になっており麻生氏もそれに倣ったものであるなどと報道されている。
だがこれは事実とは異なる。先進国から凋落する不安に駆られる日本人はその不安を直視できず現実を書き換えることで乗り切ろうとしているようだ。
確かに安倍晋三総理大臣の記憶はトランプ氏にとっては鮮明なようだ。今回の麻生氏訪問の際も、麻生氏とトランプ氏をつないでくれたのは親愛なる友人であるシンゾー(安倍晋三氏)であると言っている。そして麻生太郎氏は世界的に非常に尊敬された人物であると紹介する。トランプ氏は自分への賞賛を強い快楽として認識しておりその記憶も鮮明だ。
しかし、トランプ氏が覚えているのは自分を大きく見せてくれる人間関係だけだ。自分は常に美しいものに囲まれており美しいものだけを引き寄せるという自己が作った神話に幽閉されている。
そして彼を幽閉している神話は多くの人々を惹きつける。この満ち足りた状態が「本来のアメリカ」であり、それが敵対勢力によって盗まれていると考えるのがトランプ式の世界観の基本になっている。
日本は長引く経済不調と台頭する中国に不安を感じておりアメリカの後ろ盾を必要としている。このためバイデン大統領にも良い顔をするがトランプ氏との関係もつなぎ止めておきたいと考える。
安倍政権時代は将来の国民負担が増えるという現実をアベノミクスによって先延ばしをしていた時代だ。薬物中毒の患者が薬物が効いていた時代を懐かしく思い出しても何の不思議もない。
ただ中毒患者が語る昔のエピソードが破綻しているようにこの成功体験にも時々おかしなところがある。日経新聞に次のような記事がある。
「日本の安倍首相らは『こんなに長い間、米国をうまくだませたなんて信じられない』とほくそ笑んでいる。そんな日々はもう終わりだ」。
先日のエントリーで「アメリカ人はプリンシプルを持たない人を生理的に嫌悪する」と書いた。1980年代にはSly Japan(ずるい日本・だます日本)というイメージがあった。トランプ氏はこのイメージを保持している。彼らのいう友人関係とは「相互利用の関係」に過ぎず、日本人とは感覚が異なっている。
トランプ氏にとって賞賛はブランドバッグのように大切なものだ。だがそのメッセージが日本全体に適応されることはない。そしてアメリカにすがりつきたい日本人はそれを無視したがる。
それでもこれは過去の話ではないかと思いたい人もいるだろう。実は今回の麻生氏訪問に合わせて通貨高について懸念を表明している。こんな一節がありBloombergで紹介されていた。
トランプ氏はその中で、円安・ドル高の進行により米企業がビジネスを失い、外国での工場建設を余儀なくされると指摘。こうした為替相場はバイデン大統領が事態を「放置」している証拠であり、日本や中国などの国々は「今や米国をばらばらにする」だろうとコメントした。
日本はアメリカをバラバラにする国なのである。
ただ「何かに頼りたいすがりたい」と考える気持ちを持っている中毒症状の強い人ほど「だからこそトランプ氏が望むものを差し出して気持ちを引き留めておかなければ」と考えるのではないか。
新興宗教やネットワークビジネスにハマった人たちが陥ってゆくような心情に日本人も陥りつつある。一般の人たちがそうなるのは理解できるのだが病状は一部のメディアにも広がっている。それだけ先進国から陥落し世界から忘れ去られるかもしれないという恐怖が強く日本人を支配していることがわかる。日本人はまずこの無意識の恐怖心を自覚しそれを乗り越えてゆかなければならないのではないだろうか。