トルコで地方選挙でAKPが大敗しエルドアン大統領にとっては大きな痛手となったなどと各紙が伝えている。
この地方選挙での大敗の状況は日本とよく似ている。改革を先延ばしにしてきたが金利を抑えていたために地方生活者の不満が少なかった。トルコ版アベノミクスであるエルドアン経済学が維持できなくなると強烈な物価高と金利上昇に見舞われている。
これまで野党が一枚岩になれなかったために政権奪還が狙えなかったという点も日本と類似している。都市では不満が高まっていたがこれが全国的に広がってゆかなかった。
AKP(公正発展党)を率いているエルドアン大統領は2014年から現職にある。大統領任期は5年3選までなので今後2028年までは任期が残っている。
地方選挙の投票率は77%と日本では考えられないほどの高いものとなった。BBCによると今回の選挙には2つのインパクトがある。
- トルコの人口は8500万人だがイスタンブールに1600万人が暮らす一極集中型のため地方選挙のインパクトが強い。イスタンブール氏は政敵のイマモール氏が再選されたが他の大都市も野党が奪還した。
- エルドアン大統領が今回の地方選挙で勝てば憲法改正に動くと見られていた。大統領の多選を容認する憲法改正のためエルドアン大統領続投に道を開くはずだった。当面エルドアン氏が憲法改正を行うことは難しくなった。
エルドアン大統領の人気の秘訣は地方への分配策だった。公正発展党の発展は英語ではDevelopmentと翻訳されている。開発独裁とは言わないまでも権威主義的に国家の力を強めて開発を推し進めてゆこうとした姿は田中角栄時代の日本を思わせる。
地方の人たちが住宅を得やすいように規制を緩和し人工的に金利を抑制していた。結果としてトルコ・リラの価値は下落しトルコは強烈な物価高に見舞われていた。エルドアン大統領は低金利が自分達の人気を支えているということを知っており「エルドアン経済学」という独自の経済理論を振りかざし低い金利を維持してきた。
日本は高度経済成長時代に軽工業から重工業への転換に成功している。池田勇人の主導する集中投資策が成功したためだ。一方のトルコは中進国の罠と呼ばれる状態に陥った。企業の利益を国が集中管理して次世代型の産業に投資するようなスキームが作れなかった。池田勇人総理の所得倍増計画にあたるような発想がないまま田中角栄型の地方開発主導に転じた国と言える。
エルドアン氏はもともとイスタンブール市長だったが世俗的なトルコのイスラム回帰を主張し人気を高めて行った。またテロとの戦いなどを全面に押し出し政敵を潰したことでも知られる。2016年のギュレン派の粛清など特徴的である。粛清の際には「ギュレン派がクーデターを起こそうとした」などと主張していた。
しかしながら改革を先延ばしにし続けため徐々に経済的には追い込まれてゆく。
2019年に政敵のイマモール氏がイスタンブール市長の地位を奪還したが地方では住宅供給を容易にしてくれたエルドアン氏とAKPの勢力は安泰と思われた。だがここに大地震が起きる。大地震でトルコの建築基準が骨抜きにされていたことがわかった。大統領選挙の直前であり選挙への影響が危惧されていた。
2023年の大統領選挙において野党は野心的なイマモール氏と退屈だが安定しているクルチダルオール氏のどちらをエルドアン大統領の後継候補にするのかで意見の一致を見ることができなかった。直前にイマモール氏が公務員を屈辱した罪で有罪判決を受け最終的にはクルチダルオール氏が対抗馬に決まったがエルドアン大統領に及ばなかった。一枚岩に慣れない弱い野党の存在もAKPにとっては好材料だったといえるだろう。これも日本に似ている。
なお今回の選挙でイマモール氏はイスタンブール市長に再選され次期大統領選挙での活躍が期待されている。だが次に大統領選挙が行われるのは2028年とまだまだ先である。
政治的には成功したエルドアン大統領だがそのために国民生活は大きな犠牲を強いられている。これも日本に似ている。改革を先送りし経済政策にも行き詰まるとエルドアン経済学は持続不能になりこの低金利政策を放棄し金利は50%に上がっている。ここまで金利を上げなければ通貨が防衛できないほど経済が痛んでいたのだった。トルコの物価は2022年1月に上がり始め2022年末には80%を超えるところまで上がっていた。エルドアン大統領は選挙が終わるのを待って金利を上げ始めたがなぜか物価上昇も再燃してしている。2024年3月にはついに政策金利が50%となり2月の消費者物価指数は67.07%上昇している。
エルドアン大統領の政策はアベノミクスに依存していた現在の自民党と似ている。日本もかつては所得倍増計画が成功していたがその後それに代わるような経済政策は打ち出せていない。一方で田中角栄時代の日本列島改造計画は二階俊博らの国土強靭化に引き継がれている。
また中央銀行の在り方も違っている。トルコは中央銀行総裁が強引に退任させられた。つまり政権が金融政策を無理に維持した。日本も同じようになる危険性はあったがぎりぎりのタイミングでのゼロ禁政策解除が行われたため最悪の事態は防がれたなどと指摘する人がいる。つまり中央銀行の独立性は保たれている。ただしおそらく日本の内閣の支持率は政策変更の影響を受けて今後は低迷するだろう。もう大量の国債発行に頼れないからである。
エルドアン大統領はAKPの行き詰まりをよくわかっていて「今回の選挙は自分にとって最後の選挙になる」としてAKPに危機感を訴えてきた。今回の選挙総括においても「自分達に悪いことがあったのならばあらためてゆかなければならない」と反省の姿勢を見せている。
だが、大統領任期は2028年まである上にこれまでもテロなどを理由に政敵潰しなどをおこなってきた。今後どのような国家運営を行ってゆくのかに注目が集まる。