ネタニヤフ首相が率いる内閣が崩壊の瀬戸際に立たされている。最高裁判所がユダヤ教学院(イェシヴァ)への補助金中止の仮処分を出した。なぜこの仮処分が政権の崩壊につながるのかをわかりやすく見てゆく。
ネタニヤフ首相はもともと中道右派と見做されていたが、長い任期の中で数々の汚職疑惑を抱えることになった。収監を防ぐためには選挙で勝ち続けるしかなく、そのためには手段を選んでいられない。そこで手を組んだのが超正統派・正統派と呼ばれる宗教右派の人たちだ。
超正統派・正統派は聖書の教えを文字通りに実践すべきと考える人たちで数々の戒律を厳守した生活を送っている。イスラエル建国当時には数も少なく優遇措置はそれほど問題とならなかった。ところが避妊をしてはいけないという戒律があるためその数が増えてゆく。イスラエル全体の政治構造を変えるまでには至っていないが近年では影響力が増している。APによると現在は13%が超正統派なのだそうだ。
超正統派・正統派は労働をせず聖書の研究をして過ごしている。兵役も労働にあたるため特権的に兵役が免除されている。またパレスチナ全体はユダヤ人のものであると信じている。このため、西岸やガザからパレスチナ人を追い出そうとしている。逆に軍隊は「超正統派・正統派の願望のために自分達だけが酷使されるのは不当だ」と感じている。こうして軍と超正統派・正統派の関係も悪化している。
CNNの今回の報道によると最高裁判所はユダヤ教学院への補助金の中止を命令したとされているのだが、この記事だけを読んでも全体像がよくわからない。
APが少し長めの記事を書いている。アメリカにとっても重大関心事なのだろう。最高裁判所は「超正統派の男性が優遇される明確な理由を示せ」と政権に要求した。この特権についてきちんと説明するか解体するかの計画を立てて月曜日までに提出せよというのだ。イスラエルには憲法がないので最高裁判所が憲法の代わりとして機能している。この改革案を超正統派が受け入れる可能性は低く従ってネタニヤフ首相は法秩序を取るか超正統派を取るかの選択を迫られていることになる。仮に超正統派を取っても軍が従わなければ戦時内閣は崩壊する。
最高裁判所はネタニヤフ政権が改革案を出さないのであれば補助金を出してはいけないとして差し止め措置をした。これがCNNに書かれている「補助金の中止命令」だが実体は優遇措置の撤廃命令ということになる。なおAPは補助金がなくなってもイェシヴァと呼ばれる学院は存続可能であろうと分析している。運営資金全体の7.5%が補助金で賄われているそうだ。痛手には違いないがなんとか存続はできる。
超正統派にとって最高裁判所と民意は脅威になっている。イスラエル各地でデモが起きておりその一部は総選挙を求めている。今の状態で選挙をやるとネタニヤフ首相は下野を余儀なくされるであろうと予想されているため事実上の退陣要求だ。
もともと憲法がないイスラエルでは最高裁判所が憲法の代わりをしている。これを無力化しようというのがネタニヤフ首相と宗教右派による司法改革だ。司法改革は民意の反発を招きネタニヤフ氏のライバルたちからの攻撃も強まっていた。そこに起きたのが10月7日のハマスの攻撃だった。これを奇貨としたネタニヤフ首相は敵対勢力の一部から協力を取り付け「緊急事態にあるから」という理由で高位閣僚の任期の定めがない戦時内閣を作った。
本来は国民を危機から守るための緊急事態的な意味合いのあった戦時内閣だが、今は選挙圧力にさらされている。国民にリコール権がない緊急事態条項の危険性がよくわかる。政治的な行き詰まりの逃げ道になる。そして、民意の圧力が強まれば強まるほどネタニヤフ首相は選挙が実施できなくなる。負ければ刑務所への一本道が待っている。この局面を打開するためにはガザにより大きな危機的状況を作り出すか問題を解決してしまう必要がある。こちらは国際的な圧力が高まっており状況は極めて閉塞的である。
ネタニヤフ首相はヘルニアの手術のために現在はレビン副首相兼法務大臣が執務を代行している。これが何を意味するのかは今のところ誰にもわかっていない。本当に体調が悪いのかもしれないしあるいは月曜日までと言われている改革案提出を引き伸ばしている可能性もある。
さてそんな状態でネタニヤフ首相がどんな選択をするのかに注目が集まる。
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