アベノミクスの葬送が進んでいる。ここにきて、ようやく経済・金融の専門家がアベノミクスの負の側面について堂々と語ることができるようになった。
日銀の議事録でも公然とアベノミクスの弊害が語られるようになった。少しづつ総括が進んでいるが、それでも植田日銀は多くの負債を抱えたままになっている。その一つがゾンビ企業である。死にかけていてもう復活しないという含みがある。
ゾンビ企業を救うと日本経済は円安となり国民が悪性インフレに苦しむことになる。
そもそもゾンビ企業とは何なのか?
ロイターが「コラム:日銀の利上げ天井制約するゾンビ企業と政務債務膨張=熊野英生氏」という記事を掲載している。経済専門媒体らしくゾンビ企業をきちんと定義した上で議論を進めている。
ゾンビ企業とは、本業の利益(営業利益プラス受け取り利子・配当金)に比べて金利コスト(支払い利子・割引料)が上回っている状態、つまりインタレスト・カバレッジ・レシオが1未満の企業を指す。このインタレスト・カバレッジ・レシオは10倍以上が理想とされる。
ただしこの定義はこのコラムの定義である。例えば日経新聞は別の定義をしている。バブル経済が崩壊したときに企業を破綻させてしまうと銀行は不良債権を抱えることになる。そのために追い貸しを繰り返して銀行が生きながらえさせた企業をゾンビ企業と呼ぶ。
ゾンビ企業が増えると企業の生産性は全体として低下しに日本の成長が妨げられたと日経新聞は付け加えている。
REITIによるとゾンビ企業にはさまざまな定義があるそうだ。
企業がお金を預かってビジネスを行う。これが資本主義経済の基本だ。つまり社長は資本家のエージェント(代理人)と言える。資本家はお金を銀行に預けるか代理人に直接預けるかを選択できる。商売上手な代理人を選ぶことができた資本家は他の人よりも高いリターンを得ることができるはずだ。代理人である経営者の側から見れば調達するお金を運用して利子をつけなければならない。だからこれが「コスト」になる。
熊野英生さんはコストの10倍以上のリターンがあるのが理想だといっている。だが、現在は最低基準さえ満たさず金利コスト分の利益を上げることができない会社が6社に1社(17.1%)もある。これは数にして25万社以上だ。現在の低金利状態でも6社に1社あるのだから利上げが行われれば数は増えてゆく。さらに熊野さんはコロナ禍で特別の優遇された融資の存在も指摘している。
日本が成長しない理由は様々語られる。だがボトムラインとしてまずはそもそも企業とも言えなくなった企業を清算しなければ前に進めない。しかしその処理は容易ではない。数が多すぎるからだ。
アベノミクスは金利を低く抑えることでゾンビ企業を生きながらえさせてきた。もちろん急激な変化を回避するという良い側面もあったがやはり単なる時間稼ぎでしかない。この間にゾンビ企業を少しづづ処理すべきだった。
ところが政府は「アベノミクスには効果がある」と宣伝はするものの企業倒産という痛みには向き合おうとしなかった。安倍政権が実はアベノミクスを理解していないと言われるのはこのためである。
熊野氏は今後の日本が進む道を3つほど提示している。
- ゾンビ企業がインフレに耐えきれず退出してゆくという未来。急激に進むと企業倒産が進み銀行には不良債権を抱えることになる。
- 日銀が目の前の事象に対応できず円安を容認するという未来。
- 岸田政権がこれまで許されていたような大規模予算を作ることができなくなる未来。これまで何かと予備費で乗り切ってきた岸田政権だったが、今後はその手法が使えなくなる。だが、岸田総理がそれを自覚しているかは極めて怪しいと熊野氏は書いている。
当然のことながら「どれかひとつだけが起きる」というわけではない。
つまり何もしなければこの3つが同時に起きることもあり得る。
実際には金利を上昇させれば倒産企業が増えるが金利を低く据え置くと円安が放置され悪性インフレに見舞われる可能性が高い。つまりこの2つが同時選択される。だが岸田政権は大規模予算が作れないのでなんら対策が打てないということになってしまう。
日銀は1月の議事録要旨で「アベノミクス(大規模緩和)は生産性の低い企業を温存するのに役立った」と評価している。つまり日銀はこのゾンビ企業を問題視している。だが痛みに向き合うことができない日本政府だけはこの問題を「総括」ができないでいる。
鈴木財務大臣のコメントなどを見ていると財務省・日銀は国民の負担増に向けた議論を再開させる意向のようだ。悪性インフレだけでなく高い税・社会保障負担はますます日本の国内市場を冷え込ませ成長の抑制要因となるだろう。
既存の制度と今ある企業を守ろうとすると結果的に国民生活が痛めつけられることになる。
日々の報道を見る限り現在の政治の表向きの問題は政治と金の問題だ。もちろんこれも大切な課題なのだろうが、その背後で砂時計が静かに逆さに起き直された。日銀はゼロ金利政策解除によって砂時計の砂を再び落とし始めたということがわかる。
政権のトップが自らの地位を確実にするために政争に没頭しているというのは実は極めて危険なことなのだが、与野党共に問題意識が高いようにはとても思えない。