AFPの記事を読んだときには「リークされたことが問題なのかリークされた内容が問題なのか」がよくわからなかった。ドイツとウクライナの秘密の電子会議の内容がロシアにリークされショルツ政権に激震が走っているという内容だ。
ドイツがウクライナに長距離巡航ミサイルタウロスを供与するという協議が行われた。タウロス(英語読みでトーラス)はウクライナが長年渇望していたミサイルで遠隔地から狙ったターゲットを攻撃できる。
ドイツは長年ロシア領内を攻撃できる武器の供与に消極的とされていた。このような兵器を与えてしまうとロシアは「ドイツがウクライナを使ってロシアを攻撃しようとしている」と言えてしまうのだ。協議内容にはクリミアとロシアを結ぶケルチ大橋の攻撃も含まれていた。クリミア半島は係争地だが片方の入り口はロシア領内にある。
最初に読んだ記事はAFPの「独、ウクライナ支援協議内容がロシアに漏えい ショルツ政権に激震」だった。ただこの記事を読んでも詳しいことはよくわからない。かろうじてわかるのはWebExという民間の通信回線を使っていたということくらいである。調べるとシスコシステムの提供する電子会議システムのようだ。単に会議の杜撰さが問題なのかと感じる。次にCNNの「ロシア、独空軍最高幹部の会話傍受か ウクライナへ兵器支援」という記事を見つけた。こちらも似たような内容だ。
まずタウルスについて調べることにした。英語読みするとトーラスだが射程距離は500キロの空中発射型の長距離巡航ミサイルだそうだ。2023年5月の時点でイギリスが既にストームシャドーを提供しているがアメリカはATACMSの供与要請に応じていないとされている。ATACMSはのちにウクライナに供与されており実戦でも使われたようだ。
これらの長距離ミサイルはゲームチェンジャーにならなかった。戦火の拡大を恐れる西側はロシア領内への攻撃は決して認めないだろう。依然としてゲームを決めるのは地上戦の弾薬の数と兵士の数であり、ウクライナはその確保にとても苦労している。敵基地攻撃なき専守防衛の難しさを感じる。決定的な防衛もできないがかといって敵基地を攻撃してしまえば「第三次世界大戦級」の危険がある。プーチン大統領は何をしでかすかわからない。
- ドイツの連立政権はこの問題について合意できていない
- ショルツ首相は独断で「仮の政治的決定」を下し、その決定をもとに協議が行われた
- アメリカの支援の滞りが懸念されているためドイツではウクライナ支援のあり方についての議論が加熱している
政治的合意がなされていない中で情報がリークしてしまったことで連立与党(穏健左派・環境左派と自由主義政党が入っていてそもそもまとまりがない)に動揺が走った。さらに野党からの攻撃材料としても利用される恐れがある。当然ロシアもドイツがロシアを狙っていると宣伝するだろう。
ドイチェヴェレもこの問題について大きく扱っている。協議内容は本物であり通信回線については調査の対象になっているようだ。国防大臣は「ドイツ世論の撹乱を狙ったプーチン政権の企みである」と主張しているがこの反論も強い批判の対象となっているという。Bundeswehrは連邦軍という意味のドイツ語だそうだ。
- Germany confirms bugging of Bundeswehr Ukraine war talks
- Russia waging ‘information war’ on Germany, Pistorius says
プーチン大統領は「核兵器を持った狂人(何をしでかすかわからない予測不能な人)」と見做されており今回の件でもこれがドイツ世論を動揺させている。つまり「ドイツがミサイルを提供したらロシアに何をされるかわからない」というわけだ。さらにロシアがどの程度ドイツの情報を持っているかもわからない。今後何かにつけてロシア側がリークした情報を小出しにしてくる可能性もある。この不確実性がドイツ人を震撼させる。狂人理論の「有効性」がまた一つ証明されてしまった事になる。
同時に今回の議論のきっかけは11月に行われるアメリカの大統領選挙とそれに付随する米国議会の混乱である点も重要だ。トランプ政権誕生の可能性(いわゆるもしトラ)がいかにヨーロッパに深い懸念を与えているかもわかる。