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「日本人はデジタル小作人か?」 タイトルはショッキングだが示唆に富む内容

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ロイターに「コラム:日本はデジタル小作人か、仮面の経常黒字国と円安の関係=唐鎌大輔氏」という記事があった。唐鎌大輔さんは金融専門家の中でもアメリカよりではなくヨーロッパに詳しいことで知られる。近年では「対GAFAMデジタル赤字」についての発言が多いのだがあまり注目されていない。誰も話を聞いてくれないためについに強いトーンになったのかと思ったのだが、意外と示唆に富む内容だった。ちなみにデジタル小作人とは「GAMAFの小作」と言う意味であり、IT土方(どかた)と揶揄されることもあるプログラマーなどを指しているわけはない。

唐鎌氏が言いたいことはコラムの最後に出てくるので是非全文読み通して見ていただきたいところだ。ざっくりと要約すると次のようになる。

日本は「成熟債権国」であるという見方が一般的だが、すでに「債権取り崩し国」と言って良いのではないだろうか。これまで稼いだカネをGAFAMにむしり取られる(唐鎌さんはそのような表現はしていないのだが)という意味ではデジタル小作と言って良い。

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唐鎌大輔さんの言いたいことをまとめると「日本の稼ぎ方はコスパ・要領が悪い」ということになる。つまりしんどい稼ぎ方をしている。

日本はこれまで真面目に稼いでコツコツと貯金してきたため利子で食べて行ける国になった。今後は悠々自適の老後が待っているという状態である。国際収支発展段階説によると「成熟」という段階に入っているとされる。資本主義国家が成功した後でたどり着くのがこの成熟段階である。国際収支発展段階説によるとこの後の国家は「取り崩し状態」に入るとされている。

唐鎌氏は日本はすでに「成熟段階ではない」のではないかという。キャッシュフローで見るとすでに「取り崩し状態」に入っているというのだ。実際に成熟段階があったのかについての言及はないが「失われた何十年」という停滞期こそが実は成熟段階でありすでに取り崩し段階に入っているといえるのかもしれない。

豊かな老後はどこに行った?ということになるだろう。

海外で稼いだものが日本に戻ってきていないため本当の意味で「悠々自適の老後」になっていない。日本は観光などの肉体労働で稼ぎそれをデジタルで吸い取られるという構造になっているものと見られる。これは非常にコスパが悪い。

このうち「海外で稼いだものが日本に戻ってきていない」についてはすでに別のエントリーで解説した。金融リテラシーがわかっている人たちはすでにこれに気が付いていて資産を海外に逃している。また経団連のような企業団体は税負担に消極的である。イベントや防衛で稼具だけ稼ぐが子育てなどの次世代対策には後ろ向きで「消費税で消費者が負担すればいいのではないか」との態度である。

日本は観光でコツコツと稼いでいるが、アメリカはGAFAMのようなプラットフォームを提供し少ない労働で高い生産性を得ている。つまり日本はコスパが悪くアメリカはコスパがいい。日本の労働生産性は低くアメリカの労働生産性は高い。

こうした構造ができてしまったのはおそらく現在の日本に経済企画庁のような企画官庁がなくなってしまったからだろう。現在企画立案機能は内閣府が担っていることになっているのだがこれといった司令塔がおらずそれぞれの分野で細分化されてしまっている。内閣府には複数の「経済担当大臣」がいる。

戦後日本が成功したのはなぜなのか。改めて考えてみたい。

輸出企業からの利益を一旦は国が吸い取りインフラの整備に重点配分したことで成功した。これが所得倍増計画の正体だ。ただしこうしたやり方は製造業では効果的だがデジタル・金融立国においては効果的ではない。日本がポスト製造業で成功するためにはこれまでのインフラ整備を道路や鉄道から知的インフラに変換する必要があった。それがつまり「人への投資」だったのだ。

例えばGAFAMが成功するためにはエンジニアと投資のスペシャリストが必要だった。だが政府はそれに気がつかず従来通りの道路・鉄道・土木工事への投資に固執し続けた。このため日本は成熟期をみすみす取り逃してしまったことになる。

例えば日本の半導体は世界をリードしていた時代がある。ところが日本はその後過剰品質に陥ってしまった。結果的に台湾や韓国などにリードを奪われることになる。こうして半導体の中心地が台湾や韓国に移ると今度は人材がいなくなってしまう。実は台湾の大学に日本人のコースができる。半導体開発の人材を国内で育成できなくなっている。台湾の私立大学が熊本県を訪れて「日本の高校生」に対して留学を呼びかけている。かなりひどい言われようだが実際に「いない」のだから何も言い返せない。

明新科技大学 劉國偉学長
「日本に今(半導体製造を担う)人材がいると思いますか?いないのです。そこで、私たちは日本のために人材を育てようと思いました。TSMCや台湾企業のためでもあるのです」

地方創生もうまくゆかなかった。さまざまなプログラムが考案されたが儲かったのはパワーポイントのプレゼンテーション作りが得意なコンサルやプランナーだけだった。ところがSNSが発展したおかげで海外からの観光客が独自に地方の良いところを掘り当てるようになった。観光業は比較的小規模に事業が始められるため「しんどくて効率の悪い稼ぎ方」だけが生き残ったことになる。

非常に皮肉なことだが政府や地方自治体が介入するとこの「地域的なおもてなしの強み」がなくなってしまう。その典型が大阪・関西万博である。大企業が入って効率的な開発が行われるようになると日本の地方にあるような「どのロードサイドに行っても同じようなプレハブの建物に代わり映えのしない全国チェーンのお店が立ち並ぶ」光景が展開されることになるだろう。また大阪・関西万博はその後のIR事業に接続しているのだが、長い議論を積み重ねるうちにそもそもの中国・カジノブームが失速してしまった。中国からの富裕層は今後減ってゆくものと予想されており、現在想定されるアメリカ企業も撤退してしまうのではないだろうか。

例えば「ニセコが成功した」ことを聞きつけた他のスキーリゾートが同じような稼ぎ方をするためにはニセコのような建物を誘致すればいいと安易に考えてしまう。だが、実際にはニセコは2つ必要はない。後発のスキーリゾートを作ったとしてもそれは単なるニセコの二番煎じということになってしまうだろう。

こうして日本は「しんどい稼ぎ方」をして外国からのお客さんをおもてなししながらその「上がり」をデジタルで吸い取られる国になってゆくのかもしれない。

以下、唐鎌さんの発言を抜粋すると次の通りになる。資産ではなくキャッシュフローに着目している点が新しい視点である。「円転」しなければ国民生活に還元されないというのはその通りだと思う。キャッシュフローは経済統計においてはあまり重要視されない。余談ではあるがこれは国家財政でも問題視されることがある。日本の予算制度の基礎は企業のような複式簿記制度になっていないため国家経営がうまくできているのかがよくわからないと指摘されることがある。これは財務省も論点として挙げているがいまだに政治のアジェンダに乗っていないという実態がある。すでに政治は財務省のテクニカルなアイディアを理解できなくなっている。


概要

  • 2023年の日本の経常収支は20兆6295億円と2年ぶりに20兆円台の黒字に復帰
  • 黒字幅は前年比9兆9151億円の増加で貿易収支の赤字が半減以下になったからで、貿易収支赤字の減少は資源高の一服で輸入が大幅減少したから。
  • 貿易収支以外ではサービス収支赤字が大きく減少した。これは旅行収支黒字が3兆4037億円と2019年に記録した過去最高の黒字額(2兆7023億円)を大幅に更新したから。

キャッシュフローこそ重要

  • しかしこれは実態を示しているとは言えない。統計上の黒字とは別にキャッシュフローを見なければいけないのではないか。さまざまな議論があるものの独自資産では約1.8兆円の赤字になる。これは2年連続だ。
  • 2022年の10兆円と比べると改善しているのは間違いがないが結果的に円安になっておりキャッシュフローの赤字を重要視すべきではないか。

外貨は外貨のままで運用されており円になっていない

  • 第1次所得収支は34兆5573億円と過去最大の黒字だが円転していない。つまり外貨のまま運用されている。キャッシュフローベースでは1/3強となり12兆円程度になる。

稼ぎ方の質にも問題

  • 内容にも問題はある。日本は観光で稼ぎデジタルで赤字を出している。つまり肉体労働で稼ぎ頭脳労働で支払っていることになる。旅行などの「ヒト関連」は3兆3501億円の黒字だが、デジタル関連収支は5兆5360億円の赤字になる。
  • これは極めて不利だ。日本は少子高齢化が進む。またデジタルで価格を設定するのはベンダーなので「言い値」で支払うことになる。GAFAMのない世界など想像できない。
  • この結果が円安に結びついているのではないか。

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