前回はCNNの記事を参考にトランプ氏がNATOなどの同盟国との関係を見直そうとしているという説をご紹介した。ただCNNには一種の偏りがあり必ずしも公平とは言えない。今回は違った角度の記事を紹介する。共和党寄りだがどちらかというとエスタブリッシュメント系の共和党支持と考えられるBloombergの記事だ。つまり共和党支持ではあるがトランプ氏の外交戦略に好意的かどうかはわからない。
トランプ氏はNATOを2つのブロックに分けようとしている。国防費の目標を達成した国と達成していない国である。目標を達成していない国に対しては新しい関税をかけるとしている。トランプワールドでは関税は懲罰として機能する。経済と安全保障がごっちゃになっているトランプ流の解決策だ。
またウクライナの支援は引き上げられる可能性があるそうだ。こうすればウクライナは停戦をせざるを得なくなる。そこで「仲介」に割って入り「アメリカが主導して仲介を成し遂げたと主張する」という作戦になっている。民主主義という大義がない分だけわかりやすい「作戦」だ。
これを日本に置き換えるととんでもない状況が生まれるが、Bloobergは仄めかし程度にしか書いていない。実際には東アジアではまだウクライナのような問題は起きていないからだ。ただアメリカが危機を作り出して「ニーズを高める」ことは十分に考えられる。
CNNによればNATO加盟国が防衛費負担の義務を果たしていないというのは濡れ衣に過ぎない。だからアメリカはこれまでのような多国間協力の枠組みに留まる方が得策ということになる。これは民主党が主張する「アメリカは民主主義国の代表であり中心」という世界観を反映している。
だがトランプワールドでは事実はそれほど重要ではない。事実は心象によって作られる傾向がある。例えば、国境政策においてバイデン政権は何もやっていないというメッセージングが優先され、それに合致した事実が誇張される。実際に米墨国境で何が行われているかはさほど重要ではない。多くのアメリカ人は国境から遠く離れたところに住んでいて米墨国境の現状はよくわからない。トランプ陣営は事実を都合よくつまみ食いしながら、印象操作によって「国境の南から怪しげな人たちが大挙して押しかけてくる」というメッセージを積み重ねている。
例えば、最近では国境対策の責任者が下院で弾劾訴追されている。上院で弾劾が可決する見込みはないそうだが政治ショーとしては有効だ。現役閣僚が弾劾プロセスに乗るのはおよそ150年ぶりだそうだ。ニュースは「作り出すもの」なのだ。
トランプ氏の見込みはとにかく自分が直接交渉さえすれば全ての難しい問題は解決するだろうという仮想的な万能感に支えられている。Bloombergに書かれている計画はかなり具体的なものである。
まずウクライナへの支援を止める。するとウクライナは戦争を継続できなくなる。トランプワールドでは、こうすることでアメリカが直接ロシアと交渉する余地が生まれることになっている。アメリカはウクライナの戦争を終わらせることができ世界は平和になる。
具体的な表現は次のとおりである。
トランプ氏のアドバイザーの1人は、米国の軍事支援を打ち切ることにすればウクライナを交渉の席に着かせることにつながる一方、米国の支援拡大の脅しはロシア側を促す可能性があると語った。ラリー・クドロー、ロバート・オブライエン両氏らアドバイザーも、プーチン氏に圧力をかけるため、ロシア中央銀行に対する制裁強化を公に呼びかけている。
この計画にNATOは出てこない。NATOはトランプ氏にとってはお荷物に過ぎない。
また、プーチン大統領も「交渉する余地がある」と言い続けている。プーチン氏には「自分の主張が全部通る」交渉以外の選択肢以外はないが、それでもトランプ氏は「自分がバイデン大統領時代に始まった面倒ごとを解決した」と主張することができる。まさにWin-winというわけだ。プーチン氏は「バイデン氏の方が好ましい」と言っている。バイデン大統領のやっていることは大抵予想ができるからバイデンさんの方が簡単だという含みがある。まさに誉め殺しで「バイデン氏など取るに足らない」という主張になっている。
Bloombergには中国に関して次のような一節がある。
トランプ氏がこうしたイニシアチブを実際に目指すことになれば、何十年にもわたる米国の政策をひっくり返し、冷戦以来の欧州の安全保障を形作ってきた防衛同盟をばらばらにするとともに、中国に対抗する上での米国のコミットメントを巡りアジアの同盟国の間に懸念を生じさせることになる。
これ以上のことは書かれておらず、意味するところは定かではない。だが、ウクライナ情勢を参考にすると次のようになる。
- ロシア=中国
- ウクライナ=台湾や韓国
- NATO=フィリピン、韓国、日本、オーストラリアなどのそれぞれの同盟関係
日本に当てはめると「日米同盟に対するアメリカのコミットメントを見直す」ということになる。
アメリカと同盟関係のある国々との関係を見直すと働きかけつつ(恫喝と書いてもそれほど間違いではないと思うのだが)中国との直接交渉もありということになってしまう。アメリカは中国とやってゆきますと言いつつ「あなたたちを守りませんよ」と言えばおそらく日本人は大慌てするだろう。
それに合わせてニコニコとと近づき「ではあなたたちの自主的目標を聞かせてください」と言えばいいということだ。アメリカから請求書を送ることはない。交渉相手が何か差し出してくるのを待つのである。例えば岸田総理などはトランプ氏にとっては簡単な相手だろう。国民を守ろうという気概は一切なく自分の自民党総裁としての地位にしか関心がないように見えてしまうからだ。
岸田総理の姿勢は北朝鮮からも見抜かれている。金与正氏は個人的な見解としながらも「拉致問題について交渉の余地がある」と言っている。岸田総理を揺さぶれると考えているのだろう。支持率回復を熱望し成果を出したいと考える岸田総理は北朝鮮にとっても簡単な相手なのだ。
そんな中、甘利明元幹事長から驚きの提案があった。安倍総理の時のチームを再招集しトランプ氏再選に備えるというのだ。安倍総理はトランプ氏とうまくやっていたという評価があり一見良さげな提案に見える。
だが世界情勢は大きく変化しており過去の成功体験が再び機能するのかはわからない。そもそもトランプ氏は「「日本の安倍首相らは『こんなに長い間、米国をうまくだませたなんて信じられない』とほくそ笑んでいる。」というSly Japaneseという1980年代の感覚を保持していると考えられいる。つまり、過去の成功体験と言えるものの実態も実はよくわからない。
“I’ll talk to Prime Minister Abe of Japan and others — great guy, friend of mine,” Trump said Thursday at the White House. “There will be a little smile on their face. And the smile is, ‘I can’t believe we’ve been able to take advantage of the United States for so long,’” he continued. “Those days are over.”
確かにトランプ大統領は自身に好意的だった安倍首相のことをトランプ氏は気に入っていた。彼らは依然「私の友人」で「素晴らしい人たち」だ。だが彼らのわずかばかりの笑顔はこう言っている。「これほど長い間、アメリカ合衆国を利用できていたきなんて信じられない」と…… そんな日々はもう終わりだ。
トランプ氏の認識では日本はアメリカの防衛戦略にフリーライドしているのだから笑いが止まらないのは当然である。しかし我々(アメリカ人)もバカではないのだからこれからはキッチリと借りを返してもらわなければならないということになる。
事態はさらに悪化する可能性がある。
トランプ氏が日本との頭越しに中国との「交渉」を進めてしまう可能性がある。中国を刺激し危機を高めた上で日米同盟の見直しを仄めかしたとしたら日本人には何かを差し出す以外の選択肢しかなくなってしまう。個人的な友好関係をいくら構築しても何の意味もない。トランプ氏にしてみれば「日本にはうらごころがありアメリカに近づいているだけ」だ。トランプ氏に民主主義の大義などない。単にセコムのような防衛ビジネスに過ぎない。
実際にトランプ氏が大統領になると決まったわけではない。いくつもの訴追を抱えており途中で選挙資金が尽きる可能性もあるという。だから、実際にこのシナリオが明日の日本の安全保障環境になるなどと主張するつもりはない。だが可能性としてはやはりこの程度のことには答えたがないと困る。単に「トランプ氏と仲が良かったチームを再結集させましょう」くらいのアイディアでは困る。トランプ氏以降こういう大統領が一切出てこない保証などない。
ただ、日本人は不安に陥ると何も考えれなくなりかつての成功体験にことさら固執し意思決定が遅れることがある。トランプ氏の揺さぶりに対して却って「アメリカへのしがみつき論」が台頭するということは十分に考えられるのかなと思う。
明日へのビジョンなきリーダーを抱え続けるというのは実はそういうことなのではないかと、個人的には感じる。結果的にそれは非常に高い買い物になってしまうのだ。