今、イギリスで富士通のシステムに対する批判が高まっている。原因は1999年から2015年まで行われた裁判だ。富士通が作った「ホライズン」と呼ばれるITシステムによって冤罪が作り出された。
郵便局の副局長が700名以上も横領容疑で郵便局から訴えられた。最終的には900名以上が裁判にかけられたという。だが後の調査でこれがシステムのバグによる冤罪だったことがわかっている。素直にバグを認めて修正していれば良かったのだがその後も隠蔽がおこなわれたことで被害が拡大している。
このニュースには日本と共通するある特徴がある。日本の場合は文春砲をきっかけに大騒ぎが起きるが、この件はテレビドラマがきっかけになっている。昔の問題が今になって掘り起こされているのだ。
1999年から2015年にかけて「コンピュータ会計システムと残が合わない」として700人あまりの副郵便局長らが起訴された。中にはソフトウェアの問題を指摘するものもいたが聞き入れられずに刑務所に入る人や経済的に破綻する人もいたそうだ。その後も追加で283件の訴訟が起こされた。つまり最終的には900名以上が冤罪で人生を狂わされた。
ガーディアンによると、ホライズンシステムのEPOS(electronic point of sale=レジ)の側で開発に当たっていたマクドネル氏は開発チームの8名のうち優秀な人は2名・それなりの人が2名・残りはプロのコード作成能力がないと証言している。
信じられないバグもあった。ダルメリントンバグ(Dalmellington Bug)では画面がフリーズしている時にEnterキーを押すとその度にレコードが更新される仕組みになっていたそうだ。同じ入出金で複数のトランザクションが発生するのだからとうぜん残金が合わなくなる。カレンダースクウェアバグ(Callendar Square bug )ではデータベースエラーによる重複した取引が作成された。
2001年の時点でマクドネル氏のチームは数百のバグを発見した。
ではプログラマーだけが悪いのかということになる。
ガーディアンはバグだけが問題ではなかったと言っている。一度作成されたトランザクションは修正できないことになっている。2015年に郵便局はレコードは編集・操作・削除できないとしていたが、この説明は虚偽であった。富士通のスタッフは支店のアカウントにリモートでアクセスできたのだった。郵便局側は4年後にこれが虚偽の説明であったということを認めているそうだ。つまり郵便局とベンダーが組織防衛を図った可能性がある。富士通が積極的に隠蔽したというわけではなく郵便局側の隠蔽に連座した感じに見える。
一度出た司法判断を覆すのは難しい。明白なバグが見つかっているにも関わらず法廷闘争は遅々として進まなかった。これまでに覆っている有罪判決は93件のみなのだそうだ。これまでの裁判に対して一つひとつ異議申し立てをし長い時間をかけて心理をやり直す必要があるからだ。
この事件が注目を集めるようになったきっかけはITVのテレビドラマ「ミスター・ベイツvs郵便局」だったという。2024年1月1日に放送が始まりそれをきっかけに「自分も被害を受けた」という人が100名ほど現れたそうだ。多くの視聴者から同情的な意見が寄せられるようになりスナク政権も対応をせざるを得なくなった。
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まずリシ・スナク首相は冤罪救済のスキーム作りと補償を政府が主導すると約束した。さらに富士通にも社会的非難が集まっている。富士通はこれまでこの問題について謝罪をせず補償の責任も負ってこなかった。そればかりか富士通システムはいまだに政府で使われ続けている。富士通のシステムはイギリスの公共インフラに浸透しており「今すぐこれを他の会社のシステムで代替できない」状態だ。仮に富士通がこの分野から撤退すると郵便局は機能停止すると言われている。ある意味日本のシステムが公共セクターで大きな役割を果たしていることがわかる。富士通も今謝罪を迫られており補償を求める声も出ているという。1995年からの問題だったと考えると今の経営者には責任はないはずなのだが、そうも言ってはいられない状況のようだ。
今回の事件はBBCの報道をきっかけに過去の問題の清算を迫られた旧ジャニーズ事務所、統一教会との関係を指摘され政治と金の問題で派閥消滅の危機にある自民党・安倍派、過去の性加害疑惑によってタレント生命の危機にある松本人志氏、ダイハツの不正の問題、宝塚の過重労働といじめの問題などと似た側面を持っている。ある告発をきっかけにこれまで溜まっていた過去の問題が人々に知られるようになり全体に広がってゆくという構図である。
つまりこうしたことは日本特有の現象ではないということだ。BBCの記事は過去にもドラマきっかけで事件が掘り起こされたことはあったと指摘している。