オスプレイの墜落事故についてラーム・エマニュエル駐日大使がステートメントを出している。これを読むとアメリカの外交筋が何を恐れているのかを理解できる上「事実上の占領状態」を作っている原因は実は日本人のマインドセットにあるということがわかる。何か問題が起きた時に処理をするのは外交筋なのでおそらく本音ではもっと軍に強く当たってほしいと考えているのではないかと思う。その意味では日本政府は弱気すぎるのだ。
エマニュエル駐日大使はシカゴ市長とオバマ大統領の首席補佐官を経験しておりSNSの使い方が上手である。そのメッセージは英語と日本語できわめて緻密に組み立てられているためどちらに向けて何を伝えようとしているのかがよくわかる。
ステートメントはまずガリハー軍曹が亡くなったことに触れ、アメリカと日本の国益に殉じたと言っている。
アメリカ合衆国は米軍人の命を最優先に考えている。そのために訓練中の事故はあってはならない。だからアメリカはオスプレイの事故防止に向けて万全を記すと続く。
その上で日本の自衛隊・海上保安庁・日本の漁民たちが協力してくれていることについて触れ日米の友好の証だと言っている。さらにこれに応えるために透明性のある方法で今後も情報提供を続けると約束する。
非常にロジカルな文章である。
「アメリカは日本の犠牲などどうでもいいと思っているのではないか」という懸念を捉えてこれを合理的に説明しようとしている。米軍は契約に基づいて日本に駐留している。そして、その任務遂行のためには米軍人の犠牲があってはならない。これは米軍の安全の確保するための行動であって同時に日本でのオペレーションの安全性を担保するということになっている。つまりお互いの利益は合致すると言っているのだ。
次に透明性に関して懸念があるということをよく自覚している。この透明性の疑念について考えるためには沖縄と韓国の状況を理解する必要がある。
駐日大使は韓国に触れている。調べてみると。実は2002年に大統領が謝罪に追い込まれるという事件があったようだ。
2002年に装甲車が女子中学生を轢き殺す事件が起きた。事故は米軍キャンプで裁かれたが兵士は無罪となり韓国を退去した。この問題は韓国内部で反米運動を引き起こす。結局、この問題はブッシュ大統領の公式謝罪につながっている。
この謝罪は韓国内で一定の評価をされているがそれでも彼らが求める韓米駐留地位協定の改正(SOFA)にまではつながらなかった。韓国政治は基本的に親米保守と反米の革新に別れている。韓国の親米保守はあまりこの問題がアメリカを刺激することを避けたかったのではないか。
この記憶はその後も残り続けている。2011年に註韓米軍の兵士が10代の女性を性的に暴行したときにもまずアメリカ側が慌てて謝罪しその後に韓国政府が追随するという動きを見せている。「装甲車の事件が反米運動を刺激したため同じことを繰り返したくない」という気持ちがあったようだ。この時の大統領は李明博氏だった。
アメリカの外交筋は軍隊の不始末の尻拭いをさせられるのが自分達であるということがわかっている。そのためには軍にはあまり好き勝手に動いてほしくないと考えているはずだ。だが合同委員会を作って直接政府とやりとをしている軍隊は当事者の駐留国政府に甘えて増長する。外交筋は駐留国の政府(現在の日本では岸田政権)にもう少し毅然とした態度をとってもらいたいと考えているのではないかと思う。
その一方でアメリカ合衆国政府は「契約によって守ってあげている兵士」たちが駐留国の報復感情の犠牲になることも恐れている。軍務での事故について相手国の処罰感情によって裁かれたくないという気持ちが強いのだろう。たとえ公平であってもアメリカ合衆国ではおそらく騒ぎになる。だから、大統領の謝罪をさせても地位協定は死守したいという気持ちが生まれる。
さらに言えば普段から「きちんというべきことは言っておきましたよ」という証拠を残しておかなければならない。英語で書かれていることからこれはアメリカに向けられた「私は仕事をしていますよ」というメッセージだ。
エマニュエル駐日大使は日本語では「物事の価値というのは順調な時ではなく問題を対処するときに決まるのだ」と言っている。つまり「言いたいことを言える関係であるべきだ」との主張だ。岸田総理にどう届いているかはわからないがこれはむしろ日本の政府(つまり岸田総理)に向けてのメッセージだと言って良いだろう。
むしろこの問題では日本の報道の方が抑制的である。おそらく日本側には日本側の気持ちがある。
まず、米軍は確かに問題を引き起こしているが「これは所詮沖縄の問題」と考えたい。「守ってもらっているのだからあまり変なことを言ってアメリカを怒らせると損だ」という気持ちがあるのかもしれない。
さらにアメリカはいざとなったら自分達の国益を優先し「日本のことなど構ってくれないだろう」という見捨てられ不安も抱えている。
また、言葉というのは所詮キレイゴトであって本当のところは両者の力関係によって決まるのであるというきわめてアジア的な心情も根強い。「無礼講」という言葉を信じて本当に上司にクレームを言えばきっと後で報復されるであろうという感情だ。
エマニュエル駐日大使の合理的な説明はこうした文脈に絡め取られおそらく日本人には伝わらないに違いない。
おそらくこの問題は日本本土で取り返しがつかない事故が起きた時に炎上するだろう。台湾有事のような戦時体制に入った時には特に偶発的な事故が起きやすくなるはずだ。米軍に楯突くことをよしとしない国民はむしろ日本国政府を攻撃するのかもしれない。
オスプレイの事故では地元の漁業への影響も懸念されている。地元漁協が軍と直接面会し、地元も漁業補償を求めているという。謝罪があったということは補償に応じるという意思表示だが、今後どのように補償されるのかにも注目が集まる。また機体の一部が発見され5名の遺体が確認されたようだ。自衛隊と米軍が協力して捜索した結果であると報道されている。
この問題は将来にさまざまな課題を残しつつ終息しようとしているようだ。