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賃金上昇を伴った景気の好循環は実現するのか 日銀と岸田総理の見解に相違

日本銀行とFRBの政策決定イベントを滞りなく通過した。日銀は1%に迫った金利状況を容認するものの思い切った金融政策の変更は行わなかった。FOMCは事前の折り込み通り金利を据え置いた。

急速な円安の進行を受けて日本のメディアは神田財務官に「いつ為替介入をするのか」を質問し為替介入と円安抑制に関して日銀・財務省が積極的な動きを期待している。

一方で、岸田総理の国会との説明と日銀のレポートの間に乖離が見られる。岸田総理は所得減税によって賃上げを伴った景気の好循環が作られると説明している。では日銀はどう考えているのか。また消費者・経営者はどのような判断をしているのか。関連記事を調べた。

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今週のイベントは日経新聞の深夜の辞令から始まった。金利政策変更の期待感から一時148円にまで円高が加速。その後植田総裁が会見を行うと失望に転じた。FOMCの会合は現状維持ということになりそのまま151円で円安が進行している。

FOMCの会合は「足元ではインフレが下げ渋っているもののもう少し景気動向を見極めたい」ということになった。声明全文をロイターが伝えている。イスラエルのガザ侵攻によって地域の情勢が不安定化する兆しがあり不安定要素は増えている。またあまりにも急速に金利を上げてしまうとアメリカの経済に大きな打撃を与えかねない。FBRの性急な金利政策がアメリカ経済を悪化したという評価が定着するのは避けたいところだろう。

テレビ記者たちは神田財務官松野官房長官に「為替介入はいつ行うのか」「対策は用意されているのか」などと質問したようだ。テレビの視聴者たちは現在の物価高が円安によるものであると理解しており対策を求めている。日銀や財務省がこれをなんとかしてくれるのではないかと期待してるのだろう。視聴者に安心感を与えるためにテレビ局は「財務省には打ち手がある」と示さなければならない。そのための絵作りが必要になる。

視聴者が見たいものを見せたいという企業努力の一環ともいえるが、「財務省・日銀がなんとかすればいいのに何もしてくれなかった」という失望や苛立ちもうみそうである。為替介入には一時的な効果しかなく、為替操作はアメリカの批判を生む。神田財務官は「いつでも用意はできている」という姿勢を示すことで警戒感による抑止効果を狙っているものと思われるが、実際の効果は限定的である。また実際に介入をおこなってしまうと「この線が防衛ラインである」と示すことになる。つまり投機家に安心材料を与えてしまうというデメリットもある。そんな専門家たちの指摘をよそにメディアの期待は膨らむ一方だ。

もちろん日本銀行は金融政策の変更を通じて円安を是正することができる。そのためにはまず企業が価格転嫁を通じて収益を上げてそれが賃上げとして戻ってくるという「景気の好循環」を実現させなければならない。日銀は繰り返し「賃金上昇と価格転嫁を拒む習慣」が根付いているとして、政府に対策を求めてきた。現在の状況では価格転嫁が進んでおらず、したがって賃上げ上昇が起きるかどうかは微妙な情勢だという。正確な表現は次のとおりだ。物価上昇は起きているが「賃金上昇が波及した結果の物価高であるという統計的な証拠は見つからなかった」ということになる。これが「有意な変化は観察されなかった」の意味である。

それによると、物価上昇による賃金上昇への影響について、安定的な物価上昇がみられた1990年代前半ほどではないものの、変化の度合いが「有意に上昇している」とした。ただ、賃金から物価への波及は変化の度合いが上昇しているものの「統計的に有意な変化は観察されない」とした。

実際の動きはやや複雑だ。代替品のない日用品の中には高くなっても売れるものがある。シャンプーや洗剤がそれに当たる。一方の食品に関しては割高感が出た食材は売れなくなっている。小麦粉は買われなくなり、健康にいいからという理由で選ばれていたキャノーラ油は普通の食用油に切り替えられてしまう。今後物価高がつづけばナショナルブランドではなくプライベートブランドに切り替える人も増えてきそうだと共同通信は伝えている。普段の自分の行動に照らし合わせると「スーパーで値札を見ることが増えた」という人もいれば、構わずコンビニで買っているという人もいるかもしれないが、全体的には防衛的な購買行動が確認できる。

では岸田総理はどのような見解を持っているのか。賃金上昇は目前であり所得減税でそれを後押しするといっている。つまり所得減税を行えば可処分所得が増えるのだから人々はこぞってモノを買うようになるだろうという前提がある。

岸田首相は参院予算委で、内閣府試算で来年は物価の影響を加味した実質賃金がプラスに転じるとして「来年は賃上げにとって大事な時期だ。しっかりとつなげるため、そのタイミングで減税を考えていく」と述べた。

では人々は岸田総理にどれくらい期待しているのだろう。日経新聞が調査している。現在の経済対策に期待が持てるとしている人は4割弱で期待しない人が6割弱という構成になっている。自民党支持層だとこの割合が逆転するそうだ。

統計をもとに現状を厳しく判断する日銀と岸田総理のどちらを信じるかの判断は読者に委ねるしかない。経営者の立場に立てば「岸田総理の政策に期待が持てそうだ」という見込みがあれば賃上げが起こりやすくなる。逆にどうせ大したことは起こらないと考える人が増えれば賃金は上がらない。日銀のレポートはこうした見込みとそれに付随する行動を「長年の慣行」と書いている。

賃金上昇が起きるかどうかは「長年の慣行」にかかっている。これを読んでいる人一人ひとりが「時代は変わった。今後収入が上がるから今度の三連休にはパッと散財しよう」と思えていれば好循環が生まれる。

統計を見る限り現在の若者は老後に漠然とした不安を持っている人が多いそうだ。具体的に何がどう不安というわけではないが「なんとなく期待が持てない」と考えている人が多いようである。63%が不安だという見通しを持っている。

いずれにせよ金利はじわじわと上昇を続けており、日銀の金融政策は撤退戦に突入した。仮に賃金上昇を伴う物価高が起きない場合、金利だけがじわじわとあがってゆくという経済状態になる。

三菱UFJ銀行は10年ものの金利を100倍にした。0.2%という「高待遇」だ。アメリカドルで預金するとそれだけで5%程度の利息はつくのだが、キャピタルフライトは起きていない。日本人には円貨資産信仰があるためキャピタルフライトは起きていない。

状況を概観すると事実よりも見込みの方が実態経済と景気に大きな影響を与えていることがわかる。特に総理大臣のリーダーシップにより景気の動向は大きく左右される。どれだけの人が岸田総理の言葉を信じるかあるいは信じないかというのは実はとても重要な要素なのだ。

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