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政治に忖度しないBBCはハマスをテロリストと呼ばない

BBCがハマスをテロリストと呼ばないとして議論になっている。イギリスの国会議員たちはこの方針を批判しているがBBCは屈する姿勢を見せていない。誰かをテロリストであると呼ぶと「どちらかの肩を持つことになるから」というのがその理由だそうだ。背景にあるのはBBCの特殊な成り立ちである。何よりも「独立していてどの権力からも公平である」ことが求められる。経営と編集も完全に分離していてそれぞれに監視しあっている。

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BBCは「イギリスの公共放送」と呼ばれることが多い。このため同じ公共放送であるNHKと指摘される。

だが、政治報道のあり方はかなりユニークである。予算を政府に握られているNHKは時々政府広報のような振る舞いをするがBBCの報道は徹底して政府と分離している。

フォークランド紛争の時に我が軍・敵軍とは呼ばず「イギリス軍」「アルゼンチン軍」などと客観的に報道しサッチャー首相を怒らせた逸話などがよく知られている。独立性と公平性が何よりも重要視される。

保守党政治家のBBC叩きは何も今に始まったことではない。1982年のフォークランド紛争でも、マーガレット・サッチャー首相が「BBCは英機動部隊を大西洋8000マイル南下させてアルゼンチン軍を撃退することに反対する少数の声を誇張して伝えた」「わが軍ではなく(客観的に)英軍と呼んだ」と愛国心のなさを嘆き、受信料廃止論を唱えたことがある。

その報道姿勢の違いは結局政治風土と「民主主義」のあり方の違いなのだろう。

日本とイギリスは同じ立憲君主制の国だがその成り立ちが全く違っている。日本は敗戦によって占領軍が民主主義を持ち込んだ。一方でイギリスは革命で王が倒された革命の経験がある。国王は国民と取引をして国民に一定の自治裁量を与えているというのが実情である。

イギリス人は自分達で民主主義を勝ち取ったという歴史はあるが社会に身分制の影響が色濃く残っている。このため権威に対する対抗意識が非常に強い。だから、公共放送は国家権力者から距離をおくことが良しとされているのである。

権力と放送の距離の近さが疑われて理事長が辞任したことさえある。2023年4月にシャープ理事長がボリス・ジョンソン元首相との距離の近さを疑われて辞任した。理事長はBBCの経営方針を決定する理事会のトップにあたるため政治との距離を適切に公表しなければならないとされているがシャープ理事長はそれを怠ったとされている。ボリス・ジョンソン首相は「BBCは左に偏っている」として保守的な会長を据えようとしていた、結果的にジョンソン首相と近い人が理事長になったことで政治問題になりかけていた。

この時に報道機関としてのBBCの姿勢も極めて客観的だった。まるで他の放送局で起こった事件のようにして辞任の経緯を伝えている。おそらく日本では成り立たない報道だ。仮にNHKニュースでこのような報道が出れば視聴者が求めるのはNHK全体の謝罪であろう。

事前に政府批判を行ったスポーツ番組の司会者が降板したという事件も起きており政治と経営・編集の距離が議論になっていた。司会者はのちに番組に復帰している。

リネカー氏、BBC番組に復帰へ デイヴィー会長は譲歩を否定(BBC)

このBBCの理事長辞任騒動の報道を見るとあたかもBBCがどこか別の国の別の放送局を攻撃しているような印象を持つ。そもそもBBCは国家権力から独立しているべきと考えられているが、内部でも経営者(理事長)と報道責任者(会長)で権限が分離している。リネカー氏の件で説明をしているデイヴィーさんは「会長」なので報道や番組編成側の責任者だ。この分離原則が知られているからこそ、経営は経営・報道は報道という図式が成り立つのかもしれない。

ではその報道の客観性はどのように担保されているのだろうか。

2012年にジョージ・エントウィスルBBC会長が辞任をしている。ジミー・サビル氏による性的虐待報道の関連報道として保守党の有力者が告発されたがのちに誤報であることがわかった。その責任をとって会長が辞任したのだ。

報道機関は取材源を秘匿する。そのためその報道機関が本当に正しいことを言っているのかは誰にもわからない。だから誤報があれば責任をとって編集長である会長が辞任することになる。さらに監督機関があり「BBCが抜本的に改革しなければ破滅もあり得る」と強い調子で警告した。

イギリス人は徹底的に他者を信頼しない。嘘をつく可能性があることが前提になっている。だからこそ相互監視網が発展し報道の公平性が守られている。この点が「人々は信頼し合うべきで問題があったら真摯に仲良く話し合って問題解決をする」と考える日本人と根本的に違っている。イギリスは性悪説に立っており日本は性善説に立っていると評価することもできるし、日本は権力がもたれあいやすい精神的風土があるという言い方もできるだろう。

BBCは日本と同じく受信料から収益を得ているが、2022年には内閣が「受信料制度は見直されるべきである」と提案し話題になった。ストリーミングサービスの台頭が背景にあるようだ。電波は限られているからこそ国が管理する必要があるのだがストリーミング時代になるとその必要もなくなる。

BBCの受信料は長い間聖域扱いされていたが動画配信サービスの台頭により優位性がなくなっている。このため受信料の廃止提案にはそれほどの驚きは見られなかったとされる。ただし免許は10年毎の更新のため現在の制度は2028年まで続けられるそうだ。

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