アメリカ合衆国で本予算どころか暫定予算すら組めないという状態が続いている。背景にあるのは共和党内部の内紛だ。こうした状況は普通の民主主義国では起こらない。行政側が議会に対する解散権を持たせている国が多いからである。日本も例外ではないのだが、皮肉なことに戦後の日本の議会解散権はアメリカのGHQが持ち込んでいる。つまりGHQは本家にないものを持ち込んだことになる。野党から濫用が批判される総理大臣の解散権なのだが、やはりなければないで困ったことになるということがわかる。
アメリカの議会が混乱している。共和党の一部が反乱を起こし議長を解任した。共和党と民主党が協力すれば事態は打開する。だが、共和党穏健派は次の選挙で支持者から離反されることを恐れて協力できない。共和党穏健派は党内急伸派とも協力できない。こちらも支持者の離反につながる。
議会が膠着すると、アメリカ合衆国では予算が立てられなくなる。本予算が立てられないだけでなく暫定予算も作ることができないそうだ。暫定予算を立てるためには議会が協力して暫定議長に暫定権限を与える必要がある。
BBCによると政府閉鎖が頻発する理由は2つだ。第一に議会が承認しなければ政府が契約を結ぶことができないという「1884年不足金禁止条項」という法律の厳格な解釈である。1980年に解釈が変わると議会閉鎖が繰り返されるようになった。もう一つの理由をBBCは次のように書いている。
理論的には、首相が提出した予算案を議会が否決することも考えられるが、そのようなことをすれば、おそらく選挙につながる。国立公園の営業や税還付、食料支援プログラムといった公共サービスの停止にはならないはずだ。
アメリカにはここにある2つの重要なものがない。首相と議会解散だ。
現在のアメリカでは「共和党穏健派が民主党と協力すればいい」と考える人と「そもそも連邦の権限が強すぎるのだから連邦政府なんか止まってしまえばいい」という人がいる。システムとしては州と連邦の二重になっているため連邦が止まったら世界の終わりが来るというわけではない。だが、やはり連邦政府の閉鎖は多くの人の生活に影響が出る。軍隊の給料も支給されなくなるため軍人が無給で働かなければならくなるという弊害もある。さらにウクライナやイスラエルの支援なども難しくなるだろう。国際情勢にも影響が大きい。
日本人から見ると「機能不全に陥ったのなら、誰かが議会を解散してしまえばいい」という気がするがアメリカには議会解散という概念がない。議会解散権を誰かに持たせるべきだという発想そのものがないようで、それぞれの支持者たちが「敵対勢力こそ妥協すべきだ」と言い合っている。
日本の憲法において議会は内閣に不信任案を突きつけることができる。この対抗措置としてGHQは内閣総理大臣に議会解散権を与えた。しかし議院内閣制(多数派が政府を形成する)なので対抗措置としての議会解散権にはあまり大きな使い所がない。このためむしろ拡大解釈され「悪用」されてきた。議会解散権は国権であるために最終的に天皇が認可する国事行為になっている。国事行為は内閣が提案できることになっているので、総理大臣は好きな時に解散ができると拡大解釈された。当然、野党はこれを批判している。
非常に問題が多い制度ではあるのだがやはり最終的には解散権がないと困るということもまた確かだ。解散は民意を問い直すためのリセットボタンなのだ。
アメリカは議会の多数派から議長が出ることになっている。議長は極めて強い権限を持っているが行政権がないので首相ではない。議長は議会からチェックを受ける存在ではないから解任されても対抗措置としての解散権は持てない。大統領が弾劾されることはある。だが弾劾の立証に極めて高いハードルがある。だから、こちらも対抗措置としての議会解散権はない。
今回は多数派の中から造反者がでた。つまり、事実上選挙の前提となっている共和党が多数である状態が崩され代わりに共和党Aと共和党Bがある状態になっている。多数派共和党Aが民主党と組んでも有権者は「自分達の選挙の前提が崩された」と感じることだろう。選挙の前提が崩れ議会が機能不全に陥ったのだから選挙のやり直しが行われるべきだ。だが、そんな制度はないので解散はできない。つまり、有権者には選挙をやり直してもらう権限がない。2年間の任期が明けるのを待つか、あるいはそのまま議会を眺めているしかないのだ。
これはアメリカ政治機構のバグといえる。明文化された憲法というのはこうした機能不全を防ぐためにさまざまな決まりを作っている。それでも全てのバグを取り除くことはできず、すべてのケースを未然に防ぐことはできない。だからこそ憲法議論は時間をかけて行われるべきであるといえるのだろう。まずしっかりした設計思想がありその上で想定外の事態を想定にした机上バグ取りが行われなけれならない。
最後に現在の状態をおさらいしておきたい。
スカリス院内総務が立候補したが支持を集められず撤退した。共和党強硬派の支持も得られなかったが中道からも嫌われていたようだ。スカリスさんはどっちつかずの態度が嫌われている。うっかり候補者になったためにその不人気ぶりが国際的に報道されるという事態になっている。
今度は三番手のジョーダン氏が共和党の支援を集めることができるのかが注目されている。こちらは、極右フリーダムコーカスの共同創立者でありトランプ派ということで中道からの支持が伸び悩んでいる状況だという。
共和党内部の「親トランプ」と「反トランプ」の対立がかなり大きいことがわかる。共和党支持者の中には「共和党は企業に乗っ取られている」と考えている人たちがいて企業の支援がないお金持ちを独立系候補として支援する人たちが増えている。つまりフリーダム・コーカスの存在は政治不信が生み出した新しい状況と言える。
週末には選挙区に戻る議員も多く議長選びにはまだまだ時間がかかりそうだ。