コメント欄で「岸田総理(の秘書)がインボイスの反対署名を受け取ったようだ」と教えてもらった。だが、調べてみると「総理大臣ではなく一人の議員として受け取った」と説明を受けたという情報がある。メディアに載っていない以上この情報の真偽は確かめようがないのだが、仮にこれが本当だったとするとなぜ連合には盛んにアプローチしているのに54万筆の署名は「総理として受け取れなかったのか」についてメディアは問いただす責任があると思う。官邸の言っていることを右から左に聞き流すようではジャーナリズムとは言えない。
もう一つ気になったことがある。どうやら参加者は「54万筆程度」と認識しているようだが、実はそうでもないのだ。
当初、この話は署名を集めた側が官邸に行こうとしたがセキュリティ上の理由で断られたと言う話になっていた。その後記者たちは官房長官に質問したようだが「署名がどこにあるのか知らない」という返事が得られたのみであったという。
当初の反応は極めて冷淡なものだったし、記者たちもそれほど熱心ではなかった。
- 官房長官「届けられた事実ない」 インボイス反対署名受け取り拒否(毎日新聞)
- 首相側がインボイス反対署名受け取る 「フリーランスの会」が発表(毎日新聞)
- インボイス反対署名54万筆 小規模事業者の不安渦巻くなか導入へ(朝日新聞)
これについてXを調べると運営者側は「きちんと手渡しができた」と説明している。
一方で気になる情報もある。
検索するとTogetterの記事が出てくるのだが「自民党の一議員の岸田文雄としての受け取りだった模様」と書かれている。そもそもこれが本当なのか、本当だとすれば岸田さんの側から説明を受けたのか官邸に入れなかったことで送った側がそう思ったのかなどが全くわからない。仮にそのような説明を受けたとしても手渡ししたのは秘書なので秘書が勝手にそう思っている可能性もある。さらにいえば「まとめた人」がそう思っているだけなのかもしれない。これについてメディアはきちんと後追いし総理の「受け止め」を記事にすべきだ。
今回の件についてポイントは2つあると考える。
- 政治は有権者を小魚の群れとしてしか認識していない。
- 岸田さんという政治家には色々なしがらみがあり「総理大臣」として自由に意思決定ができない。
1つは政治の側が有権者をシラスかイワシのように魚群でしか見ていない可能性だ。まいどなニュースは「10万筆では話にならないと笑われたので50万票集めたと言っている。現在自民党は組織的な集票が見込める連合には国民民主党・連合出身の秘書官を立てて盛んにアプローチしている。こちらは「組織票」と見られている。だがこれはコインの裏表でしかない。有権者は「数」でしか把握されないと言う点には変わりはない。
では54万票は多いか少ないのか。
2020年現在、自民党の党員は110万人であるとされている。日経新聞によるとその3割が組織票だとみられているそうだ。日本医師会などがここに入る。実際の集票力は選挙結果を見るとわかる。最も大きいのは郵便局の票で60万票ある。次に大きかったのがオタク票だ。山田太郎氏が54万票を集めている。実は医師会や看護師会の集票力は落ちていて20万票に届いていない。自民党が創価学会に依存し連合に手を突っ込む裏にはきちんとした理由がある。
つまり実は54万筆は「組織化さえできれば」かなりの規模になる。実は決して54万人程度ではない。
- 図解・自民党党員と派閥とおカネ(日経新聞)
もう1つ見逃されている点は「そもそもこの署名がなかったことにされた」経緯である。特に最初の印象を決めたのは松野官房長官の「そんなの知らない」発言だった。仮に週刊誌報道などがなければそのままで終わっていた可能性も高い。だが、Yahoo!ニュースなどではこうしたニュースも並列で扱われSNSで拡散される。そこで官邸側も無視できなくなり29日に対策会議をやり一応形だけは受け取ったということにしたのだろう。
官邸は一定程度はネット世論を気にしている。だが仮にそうなら官邸で受け取ればいい。松野官房長官の「そんなの知らない」も払拭できる。
Togetterの情報が確かなら(確かでない可能性もあるが)岸田文雄さんは総理大臣としては受け取ることができなかった可能性が高い。岸田派は少数派閥なので大派閥に遠慮している。
今回も財務省が熱心に進めている徴税強化策に対して「総理大臣として署名を受け取らせてもらえなかった」可能性もある。だから当初は知らないふりをしネットで情報が拡散すると渋々秘書にUSBを受け取らせた。だがおそらくは「大きな絵」といてメディアに報道されることを警戒したのだろう。インボイスに反対する左派政党にとって得点になる。
こうなると「今の政権を本当に制御しているのは誰なのか」ということになってしまう。最近くすんできたとは言え、麻生副総裁が言う「リベラルな顔」だけが取り柄ということだ。
今や増税メガネというあだなも浸透しつつあるようだ。この見出しを気にして減税を大きく打ち出した岸田総理だったが減税メニューは企業向けのものばかりで規模感すらはっきりしない。共同通信は個人減税には踏み込まずと報じている。組織票低迷を背景にして「組織票を得るためにはどれくらいの財源が必要なのか」を気にしていることがわかる。
今回の件に関して特に運動体に肩入れをするつもりはない。おそらく彼らに「政治的枠組みを作って議員を送り出せ」などと言ってもあまり意味はないだろう。運動のリーダーたちに組織化の意図はなさそうだ。署名に参加した人も「政治的な組織に縛られたくない」と考える人が多いのではないかと思う。オンライン署名の要点はその気軽さにある。
だが今回の数は実はそんなに少ないものではないと言うことは知っておくべきだろう。
伝統的に左派政党はさまざまな「入口課題」で支持者を囲い込み「お勉強会」と称して上から政策を押し付ける傾向が強い。こうしたいかにも左派的なやり方が自由に意見が言いたい人たちには受け入れてもらえなくなっている。署名に参加した人たちは「自分に関連する課題」について緩やかにつながっていたいだけなのではないかと思う。よく考えてみると「投票」も組織に縛られてやるものではないのだが、今の有権者はリベラル系政党とつながると何か面倒臭そうだと考えてしまうのではないだろうか。
いずれにせよ仮に「総理大臣として官邸で堂々と署名を受け取れなかった事情」があったのだとすれば、その理由はきちんと記録された上で広く報道されるべきだろう。官邸の言っていることを右から左に伝えるばかりでは、戦前の「大本営発表」メディアとさほど変わりはない。
政治の側が有権者を単にシラスやイワシの群れのようにしかみていないのか、あるいは本当に「聞く力」を発揮してくれているのかを我々は冷静に判断すべきだろうしメディアもそのための判断材料を淡々と集めるべきだ。
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