カナダの下院議長が辞職した。どの国でも歴史総括は難しいものだなと思う。表面的にはロシアのプロパガンダに材料を提供したことが問題視されたのだが掘り起こしてゆくとカナダが過去に「反共産主義」と「ユダヤ人の人権」の間で揺れていたという問題が出てくるのだという。だがこの問題はおそらく歴史総括の話にはならず政局的に利用されるだろう。カナダでも徐々にリベラル離れが始まっている。
ゼレンスキー大統領がカナダ議会で演説した。この時に98歳のウクライナ人、ヤロスラフ・フンカ氏が「ウクライナとカナダの英雄」と紹介されスタンディングオベーションを受けた。実はフンカ氏はウクライナ系志願兵によって組織されていた兵士団のメンバーだった。戦争犯罪の認定は受けていない。フンカ氏を招待したロタ議長は責任をとって辞任しトルドー首相はカナダ国民とゼレンスキー大統領に謝罪した。ロシアは「ゼレンスキー大統領はナチを代表している」としてウクライナに対してプロパガンダ攻撃を仕掛けている。野党保守党は「カナダ史上最大の外交的恥辱」とトルドー首相を非難している。
ロシアは早速これをプロパガンダに利用した。事態収拾を図った政権は下院議長を辞職させトルドー首相は平謝りだ。だがこの話には「伝わっていないこと」がある。そもそもなぜ元ナチス党員が議会に招待されたのかがよくわかっていないのである。
カナダCBCはもう少し細かな経緯を書いている。ヨーロッパはナチスに協力した兵士たちを排除しようとした。彼らの受け入れ先となったのがカナダだった。カナダ政府は何らかの理由で「ドイツ軍にいたと言う経歴が理由で移民を拒否されるべきではない」と考えていたようだ。
- After Parliament’s humiliation, Canada has to reckon with its past treatment of Nazis, experts say(CBC)
CBCは当時のカナダは「ナチスの協力者」であることよりも「反共産主義」であることの方を重要視したのではないかと考えているようだ。デシェーヌ委員会というものが組織され彼らの扱いが協議されたようだが議論の内容は今でも「ほぼ全員がお咎めなし」になった理由は非公開なのだという。ユダヤ系コミュニティの「ブナイ・ブリス紙」はホロコーストについてカナダ政府がどのような議論をしたのかについて公開を求めている。
つまりこの件についてはいまだに歴史総括が終わっていない。
カナダの野党は今回の件を政局として利用しようとしていると聞くと気になるのがトルドー首相の支持率である。実はカナダでも「左から右へのシフト」が起きている。
カナダもアメリカやヨーロッパと同様に高いインフレに悩まされている。当然その矛先は9年間政権を維持してきた自由党に向かう。今選挙をやると下野することは明らかだが2021年に選挙が終わっていて2025年までは連立政権を維持することが合意されているのだという。
- カナダのトルドー首相、国民の不満認めるも辞任観測否定(Reuters)
カナダ人有権者の不満はトルドー首相の政策が間違っていることではないようだ。むしろ「自分達の生活が良くなるような打開策がない」ことに不満を持っている。
トルドー首相と自由党はカナダの中ではリベラル勢力を代表している。景気が良い時には人々は未来思考になるが、世の中に不透明感が漂い始めると人々の目は過去に向かい「保守回帰」が始まる。現在のライバルはPierre Poilievre(ピエール・ポワリーブル)氏だ。ポピュリスト、社会保守派、中道右派穏健派までを結集しようとしているという。つまり「今よりも未来の方がもっと良くなる」というリベラルに疲れた人たちを集めようとしているということになる。
こうした政治環境の中で落ち着いて「過去の歴史認識問題」が話し合われることはなさそうだ。下院議長は早々に辞任を決めトルドー首相はただただ平謝りをしてほとぼりが冷めるのを待とうとしている。