「円の実力が53年ぶりの低水準」というニュースが話題になっている。このニュースを見て「日本を貶める報道だ」と気まずく感じた人も多いだろう。だがそれでもやはり現実を受け入れ今持っている財産や資産の保全を図るべきだと感じる。
- 円の実力レートが53年ぶり低水準、固定相場時代に戻った日本の購買力(Bloomberg)
どう状況を整理するのが良いのだろうと考えて色々と書き直したのだが「大きな枠を提示しないで細かい経済ニュースを紹介しすぎていた」と反省した。おそらく情報酔いしている人も多いのではないかと思う。感情的に否定する人や情報酔いしてしまった人はおそらく今回の変化で最も損をする可能性が高い。だが実際の状況はかなり複雑である。
国際決済銀行(BIS)が発表した円の実質実効レートは73.19だった。現在のレートは2020年が基準になっており3割近くも減価したことになるそうだ。このように実質実効レートはトレンドで下がるのではなく「あるイベントをきっかけにガクンと落ち込む」という傾向にあるということがわかる。
ではそのイベントとは何か。それはアベノミクスの入口と出口だった。
前回大きく下げたのは2012年ごろだった。アベノミクスは円の価値を毀損させる政策だったことがわかる。ここで資産を円から逃していれば「損はしなかった」ことになる。アメリカの経済も好調だったためにこの時はおそらく株を持っていればそれなりに儲かったはずだ。今回大きく実力が下がっているのは金利差が開いたためなのだが、どうやら株式に変調が出てきている。つまり前回の成功体験が活かせるかどうかがよくわからない。
政治的な理由からアベノミクスを信奉するのは構わないと思うのだが「円の現在の実力」を知るためには冷静な判断が求められる。この記事は2022年3月に書かれている。この時は「50年ぶり」となっていた。
- まるわかり“実質実効為替レート”~“50年ぶりの円安”という根深い問題(ニッセイ基礎研究所)
現在はアベノミクスから脱出できていなことによって円の価値がますます下がっている。
元本補償の意味
細かな議論を見る前にまず「元本保証」について確認しておきたい。
外貨預金や外国株を購入しようとするとまず「元本は保証されません」と言われる。確かに外貨預金には元本保証がない。だが、これは今預けた10,000円は将来も10,000円ですと言っているだけだ。円安により物価が上がり7,500円分のものしか買えなくなっても「元本保証」には変わりない。日本人が国内自給できるサツマイモだけを食べているならそれでもかまわないのだが実際にはエネルギーと食料は輸入に頼っている。特に原油価格が物価にもたらす影響は大きい。円安によって実質的に課税されているのと同じことになる。
現在日経平均も高い水準が保たれている。興味のある人は一度ドルベースで計算し直してみると良いだろう。日経平均はドルベースでは下がり始めている。そしてそれは後で述べるように米株の動きにある程度連動しているようだ。つまり米株からも資金が流出しているのである。これを知らずに「日経平均はバブル以降の最高値だ」などと言っていると逃げ遅れる可能性が高い。
勉強しない人とこれまでの「信仰」を変えたくない人は置いてゆかれる
ここまでの議論を踏まえると「おいてゆかれる人」には二種類いることがわかる。
知識が足りないか昭和の常識に囚われているために外貨について勉強していない人はおいてゆかれる。唐鎌氏はReutersのコラムで「ネット世代が普通に持っている金融リテラシーを持っていない人が圧倒的に多い」と指摘している。だから円貨性資産が全体の97%を占めていて、その半数以上は円の預貯金だ。SNS世代の人たちから見れば信じられないかもしれないがこれが今の日本の現状だ。
次に「アベノミクスは間違っていなかった」とか「円の実力が落ちているという日本を貶める主張は信じないぞ」という人たちも置いてゆかれる可能性が高い。実は安倍派幹部の中にも宗旨替えを試みる人が出てきた。西村氏のこの発言は広く報道され話題になっている。
- 日銀の金融緩和、どこかで終了し平常化する=西村経産相(Reuters)
では外貨さえ買えばいいのか
では外貨さえ獲得すればいいのかということになる。確かに金利差が開く局面では米ドルさえ買えばよかった。110円だったものが148円になっている。だがおそらく金利がこれ以上大きく開く可能性はそれほど高くなさそうだ。
例えばユーロとポンドの価値は対米ドルで夏頃を境にじわじわと落ちている。燃料価格が高騰しインフレが進んでいた。これを引き締めようとして金利を上昇させたためにアメリカより早く経済にブレーキがかかったようだ。イギリスは年初来金利を上げてきたが一時「おやすみ」になった。ただ9人のうち4人は金利を上げるべきだと主張しており難しい状況にあることがわかる。ユーロ圏はイギリスほど混乱していないが状況はまちまちである。
一人勝ちと言われるアメリカにも今政治と経済に2つの不確実性がある。
政治的なイベントは2つある。
1つが10月からの政府閉鎖である。ついに日本の新聞も報じ始めた。ロイターなどの海外メディアを見ると「2020年の選挙は間違っていたから今の政府や議会などはメチャクチャになるべきだ」と考えている少数の共和党議員たち(フリーダムコーカス)が審議を妨害していることがわかる。全てを焼き払うという表現はおそらく誇張ではない。議会襲撃は民主主義の攻撃として問題になったが、議席を持った人たちが内部から議論を破壊するのは民主主義においては違法ではないということだ。
同派はバイデン政権が求めるウクライナ支援の追加予算承認も拒否。院内をまとめられない共和党・マッカーシー下院議長は21日、「理解できない。すべてを焼き払おうというまったく新しい考えを持った人々だ」と述べ、言葉を選びながらも身内である保守強硬派への怒りをあらわにした。
さらに2024年には議会の外から「政府閉鎖」を望むトランプ氏が大統領になる可能性がある。つまり、今の経済状況が2024年11月を境に一変する可能性がある。このような状態で長期債権などを購入するのはやめた方がよさそうだ。すでに2020年ごろに発行された長期国債の価格も低迷している。それくらい先が読めない。
- 安全なはず米国債、ドル当たり50セント割れ-投資家痛み浮き彫り(Bloomberg)
もう1つの要素は経済だ。アメリカの金利は極めて高い状態に設定されているのだが、アメリカの経済はあまり影響を受けていない。だが、状況を細かく見るとやはりハードランディング(突然の景気の冷え込み)疑念が払拭できていない。つまり、この記事を読んで「さあ明日から米株だ!」という結論を出すことはできない。多くの統計を持っているFRBの理事たちですら「わからない」と言っている。このためアメリカの株式市場からは資金流出が続いている。主な行き先は債権と見られているそうだ。
- FRB当局者、追加利上げの可能性を警告 「インフレ高すぎる」(Reuters)
- 株式から169億ドルが流出、今年最大=BofA週間調査(Reuters)
もちろんお気に入りの会社の株を買うのは構わないと思う。今は気軽にアメリカの株が買える。だが、「米ドルさえ買えばアメリカの景気の波に乗れるぞ」という状態ではなくなっている。特に大統領選挙を考えると2024年11月以降のことは「なんともいえない」としか言いようがない。
勉強しない人は置いてゆかれると書いた。だが、逆に情報に晒されると「情報酔い」を起こしてしまうという状態になっている。まず手持ちの資金をうつす前に情報整理が必要だということがわかる。
長期的に見ると円の置かれた状況は必ずしも悲観的ではないのだが
こうなると日本円の実力の復活を願いたくなる。第一に「今の日本株は過小評価されているのだからやがて値上がりするはずだ」という人はいる。有力投資家の中には「日本の商社の株を増やしました」という人もいるくらいだ。
三菱商など5大商社株に買い、バフェット氏が保有比率引き上げ(Reuters)
しかし短期的には状況は動きそうにない 少なくとも日銀は動けない
日本が強い円を取り戻すためにはどうすればいいのか。まず重要なのは日銀が政策を正常化させる必要がある。では日銀が政策を変更するためにはどうなればいいのか。植田総裁は「賃金が上がればいい」と発言した。
9月はこの発言をめぐって状況が忙しく動いた。現在の円安はまずいと気がついた読売新聞は植田総裁に対して「マイナス金利の解除はいつですか?」と聞いた。記者は「できるだけ早く」という結論を出してもらいたかったようだ。そこでインタビューの解説記事には「早ければ年内にも」というフレーズが出てきた。
先週金曜日に行われた会見で植田総裁はこのように説明している。「おそらく可能性は低いだろうが、絶対にないとも言い切れないですよね」ということだったそうだ。裏に読売新聞の願望込みの誘導があったことがわかる。実に問題の多い人騒がせなインタビューだった。
植田総裁は、読売のインタビューでは現時点で経済・物価を巡る不確実性は極めて高く、政策修正の時期や具体的な対応について到底決め打ちはできないと指摘した、と説明。「年内はそういう可能性は全くないということを総裁の立場で言うと毎回の決定会合の議論に強い縛りをかけてしまう。そういうことは言わない方が望ましいという趣旨の発言だった」と述べた。
- 物価目標実現、見通せる時期決め打ちできない=日銀総裁(Reuters)
その上で植田総裁は「強い総需要が必要」と言っている。
植田総裁は物価目標の実現には、強い総需要も必要との認識を示した。「強い総需要に支えられたもとで、賃金と物価が好循環を続ける姿が確認できることが必要」と述べた。緩やかに伸び率が拡大しているサービス価格についても、目標実現には「相応の上昇率」の継続が必要だとした。
総需要という言葉は分かりにくい。要するに国内企業も消費者も「収入が安定しているからバンバンものを買っても大丈夫である」という自信を持つことが大切という趣旨だろう。人々が楽観的な見通しを持てば経済が上向き従って賃金に還元される良い循環が生まれる。
実際にはどうなっているのか。TBSのYouTubeの18分くらいのところに「実質消費支出」と「名目消費支出」について説明する箇所が出てくる。インフレが進んでいるため「名目」が上回っている。そして名目での支出額は2023年になってから減っている。しかしそれ以上に落ち込んでいるのが実質消費支出である。家計はインフレの影響で物を買えなくなっている。そうなると「消費はもういいや」ということになってしまうのだ。
【止まらぬ円安】広がる為替介入への警戒感 マイナス金利の終焉は?日銀・植田総裁の“真意”を読み解く【経済の話で困った時にみるやつ】|TBS NEWS DIG
こうなってくると「国内消費」に依存する企業が率先して賃金を上げるのは難しいだろう。だから日銀はしばらく政策を変更できない可能性が高い。仮に政策が変更できてもそれは追い込まれた結果に過ぎないとする人もいる。
結局は「政治判断待ち」だが対策はしばらく出てこない
岸田総理は25日に新しい経済対策を発表する予定だそうだ。仮にここで誰もが「ああこれは賃上げが起きるだろうなあ」という打開策が打ち出せればおそらく金利差は縮小することになる。これは現在の円安トレンドを転換させるかもしれない。西村経済西行大臣のいう「強い経済」が作れればいいのである。
だが仮に「ああやっぱりいつも通りの空砲だった」ということになれば日米の金利差が開いた状態が続きこのまま今の円安状態が固定することになる。ちなみに記事をよく読むと「柱」が出てくるだけで具体的なことは26日から話し合うと言っている。つまり当面は対策は出てこないということになる。
年末には増税議論が始まるのではともいわれている。具体的な話が何も煮詰まらない状態だが「解散総選挙をやるかもしれない」などと囁かれており党内からも批判が出ている。
- 財源示さず解散は邪道 自民・石破氏(時事通信)
総括
これまでの議論を整理すると次のようなことが言えそうだ。
- おいてゆかれる人
- これまでの「円の貯蓄」思考から抜け出せない人
- アベノミクスを信仰している人
- 損をするかもしれない人
- 「これからは外貨だ」という言葉だけを信じて値上がりをしている米株などに貯金を突っ込む人。現在不確実性が増しているのだから、テスト運用から始め確証が持てた時点で取り組むべきかもしれない。特に友達から「米株でものすごく儲けた」などと聞いている人は危険だ。状況は変わりつつある。
- メディアから出てくるさまざまな意見に「情報酔い」してよくわからなくなってしまった人も危険だ。ある程度情報を読んだら整理を始めた方がいい。
- 得をする人
- 不確実性が非常に高い時期なので「あまり高望みをせずにとにかく損を最低限に抑えたい」と考える人が最も得をするといえるかもしれない。
- もちろん経済についてアンテナを高く張れば全体が値崩れする中でも「お宝」が見つかる可能性は否定できない。特にビジネスマンは自分の得意分野があるはずである。こういう時は業界の肌感覚が役に立つ。
特に「円の預貯金信仰」の人はとりあえず口座の研究くらいは始めておいた方がいいかもしれない。都市銀行の外貨預金の利率は低く抑えら得ている上に投資口座に持ち出すのが極めて面倒だ。地方銀行に至っては為替手数料がものすごく割高に設定されている。
唐鎌氏が指摘するように日本人はとにかく流されやすい。テレビで一斉に「これからは外貨だ」など報道されれば一気に空気が変わる可能性がある。唐鎌氏は次のように指摘している。
特に日本人は国際分散投資という理論的な王道を説くよりも、新聞・雑誌・テレビ等のメディアが報道する中で「皆がやっているからやっている」という雰囲気があってこそ、初めて動くと思われる。
この時に「情報酔い」にならないためには今から勉強を始めておくと良いのではないかと思う。
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