国連総会が開かれているニューヨークでバイデン大統領とネタニヤフ首相が会談した。アメリカ合衆国とイスラエルは緊密な関係にあるため会談して当たり前なのだが今回は事情が違っていた。事前の報道ではホワイトハウス訪問の予定はないとされていた。報道通りホワイトハウスでの会談はなかった。だが全く会わないといわけにもいかなかったようだ。
アメリカにとって中東和平がいかに厄介なパズルなのかということがわかるがバイデン大統領が二期目を決めるためにはどうしても完成させたいパズルである。
CNNとAPによるとバイデン大統領が伝えたのは次の3点だ。
- イスラエルが民主主義という価値観を保持すること(つまり司法改革をやりすぎるなと言っている)
- パレスチナとの二国家体制を維持すること(つまりネタニヤフ政権の中にいる極右の人たちにやりすぎるなと言っている)
- イランに核兵器を渡さないこと
2つは明白なのだが個人的にはイランの話が理解できなかった。イスラエルとイランは核兵器に関しては「不倶戴天の敵」ということになっている。明白なのだからあえて念押しなどする必要はないはずである。にも関わらずわざわざ触れられているということは「アメリカはイスラエルにたいして警戒心を持っている」ということになるが、この点についての言及は少ない。
アメリカ合衆国は中国の一帯一路計画に対抗する形でインドから中東(サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、イスラエル)に向かう航路と鉄道を組み合わせた通路を作ろうとしている。イスラエルもこの計画に参加する予定だ。このためにはサウジアラビアとイスラエルの関係が「アメリカの仲介」で正常化されなければならない。
さらにイスラエルの関係で言えば「イスラエルとの関係が正常化されるためにはパレスチナ国家が樹立されなければならない」と言っている。現在の極右と呼ばれるイスラエルの政権がこれを認める可能性は実はそれほど高くない。
APによるとサウジアラビアはアメリカに対して防衛保証と核の傘を求めているようだ。一方でサウジアラビアとイランは中国を引き込む形で関係を正常化させようとしている。こちらはロシアも入っておりイランの核開発を進展させる方向で進む可能性がある。つまり、サウジアラビアは一方でニコニコとイランとの関係を正常化させつつアメリカの核の傘も手に入れようとしていることになる。
バイデン大統領が完成させようとしているパズルは我々が想像する以上に複雑なのだ。そしてこのパズルは決して完成することはないパズルである。
時事通信はこの辺りの事情を飛ばして書いている。確かに日本人には極めて複雑に見える。
時事通信はバイデン大統領とネタニヤフ首相が「二人だけの時間を持った」と書いているが、それがホワイトハウスではなかった理由は触れていない。つまりイスラエルの司法改革とそのハレーションについては全く触れられていない。
もともとこのパズルを始めたのはアメリカ合衆国だ。
自国の国際的立ち位置を再構築するためにもトランプ政権に対する対抗軸を作るためにもバイデン大統領には「中国に対抗する」という戦略が必要だった。だがウクライナの戦争が始まったためこれが「ロシアと中国のような価値観を共有しない専制主義の国」との対決ということになった。このパズルが難しいのは「最初に結論ありき」で話が進んでいるからである。それに合わせて残りのピースを決めてゆく必要があるのだが、それ専用に設計されているわけではないのだから当然はまりようがない。無理をして押し込めば別のピースが飛び出る。そんな状態である。
秩序を壊すのは簡単だが新しい枠組みを作るのは容易ではないということがわかる。ただし複雑なのは中東だけではない。
実はカナダとインドの関係が悪化している。本来ならアングロサクソン系の国はカナダに同調するはずだが、今回は沈黙を貫いている。ファイブアイズは情報を共有しているはずだが、カナダが「決定的な証拠」を持ち出すまではインドを刺激したくないのだろうと見られているようだ。
さらにおそらくアメリカの議会の中にも様々な意見や特定の国との利害関係を持った人たちがいる。バイデン政権は自己主張の強いアメリカ議会もまとめ上げてゆく必要がある。共和党が反対するのは当然として実は民主党の中にもバイデン政権の方針に賛成しない人がいるかもしれない。あくまでも時期的には偶然かもしれないが、上院の外交委員長に汚職疑惑が出ている。
- 米外交委員長、汚職で起訴 エジプト政府に便宜か(共同通信)
はまらないパズルを完成させようとするといろいろなところに弊害が出る。だがそれでも一度手をつけたパズルを止めるわけにはいかない。
こうなると日本の外交の方が正解に見えてくる。日本はとりあえずニコニコと笑いながら当事国にお付き合いしていればいい。重要なのは日米関係だけなのだし政権が変われば「またその時に対応を考えよう」ということにしていればいいからである。よく批判される「風まかせ」の日本外交だが事態が複雑になればなるほどそれがなぜか「良いもの」に見えてしまうのだ。