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もう単なるEVメーカーではない テスラに高まる期待と中国リスク

先日お伝えしたようにAppleの株価が急落した。きっかけになったのは中国政府の「iPhone禁止」通達だった。結局のところ2日で28兆円ほどが吹き飛んだと言われている。このAppleの記事を書いている時に「テスラはどうなのだろう?」と思った。イーロン・マスク氏は中国贔屓の発言で知られていると記憶していたからだ。調べたところテスラの株価は特に大きく下がっていなかった。それどころか今年に入って若干持ち直してさえいる。

調べるきっかけはやや不純なものだったが調べてみてかなり面白い会社だと感じた。やはり中国リスクはあるが投資家はマスク氏の壮大なビジネスモデルにかなり期待しているようだ。

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テスラはもう単なるEV企業ではない……らしい

テスラはEV(電気自動車)の会社である。全く新しいビジネスモデルが期待され2022年に一度時価総額が「爆上がり」するのだが、Twitter(現在のX)買収あたりで迷走していると見られ時価総額が下がっていた。テスラは先進的なビジョンでユーザーを引きつけていたがTwitterをめぐる発言は共和党寄りである。このため先進的なテスラユーザーは「テスラを持っていることが恥ずかしい」と思い始めていたようだ。

だがこの時の「テスラはもうおしまい」という予言は当たらなかった。以下、PIVOTのテスラ解説をもとにまとめる。

Twitter買収劇で時価総額が下がりはじめたテスラだが2023年に入って再度時価総額が上がり始めた。理由は2つある。1つは発電・蓄電・利用のインフラについてかなり緻密なビジネスプランを組み上げたこと。もう1つはソフトウェア(ビッグデータの利用)に対する期待だ。自動車で得られる情報を利用してそれをマネタイズする「テスラネットワーク」という仕組みを考えているようである。

少なくともPIVOTの解説によれば、テスラはエネルギーインフラの会社でありインターネットに代わり得る「テスラネットワーク」の会社である。ただしこのテスラネットワークが何かという解説は人によって異なる。つまり海のものとも山のものとも言えないという側面がある。そもそもイーロン・マスク氏のお騒がせで夢見がちな言動や政治的な正しさを無視した姿勢そのものが株価にとっては大きなリスクといえる。

次世代型急速充電の仕組みは北米でデファクトスタンダード化

Xでは迷走気味のイーロン・マスク氏だが、テスラのビジネスプランは壮大かつ緻密だ。発電・蓄電・売電インフラ構築の一環として急速充電の仕組みを全米で整えようとしている。例えて言えば「トヨタや日産がガソリンスタンド網を整備ししてその規格を支配する」と言ってもよさそうだ。次世代型なので企業が一から仕組みを整えることができる。

テスラが提案する次世代の急速充電の仕組みが北米でデファクトスタンダード化しつつある。現在はCCSという仕組みを利用しているがNACSという次世代規格が2025年から展開されるそうだ。フォード・モーターやゼネラル・モーターズ(GM)に加え、独メルセデス・ベンツやスウェーデンのボルボ・カー、日産やホンダなども参加する見込みである。

今は利益を出す時期ではなく一台でも多くの車を売りたい

もう一つのデータ・プラットフォーマー戦略という意味ではテスラはAppleに似ている。iPhone成功の理由は単なる携帯電話を音楽配信プラットフォームに変えることができたからだ。

ただ、iPhone 3Gsが出た時にはスマホやケータイのカメラはおもちゃ的に過ぎずまさかこれが配信やSNSなどのプラットフォームになるなどとは考えていなかった人が多かったはずだ。例えば日本においてソフトバンクは手に入れやすい値段でiPhone 3Gsを大量に売り捌いた。結局音楽をCDで売るというパッケージモデルは崩壊し「配信」こそが現在のメインストリームになっている。テスラの場合はこれに「脱炭素型で環境にやさしい」という次世代型のメッセージまで加わっている。

プラットフォーム化を目指すと当然「端末をばらまく」ことになる。すると利益率が下がる。すると投資家は株を手放し時価総額が落ち始める。このため一旦は持ち直したテスラの株は現在少し下落傾向にあるようだ。

Appleと同じように中国リスクに直面

特にテスラの中国ビジネスはかなり厳しい状況置かれている。そもそもテスラについて調べ始めたのはAppleの中国リスクがきっかけだった。Appleは中国の噂により2日で時価総額が29兆円下がったと言われているが、テスラにも同じようなリスクがあるのではないかと考えたのだ。確かにそう指摘する記事は見つかった。だがこの記事だけを読んでも背景がよくわからなかった。

テスラは上海にギガファクトリーと呼ばれる工場を持ち2014年から操業していた。中国企業との合併をせずに創業していいという優遇措置を獲得し、なおかつ法人税率も15%に抑えられた。有利な条件を引き出す代わりにテスラは部品の95%を中国から調達している。結果的に技術が流出しBYD(比亜迪)などのライバル会社が台頭している。先進技術を誘致しアイディアと技術を盗むのが中国式である。安い人件費の代わりに技術を盗まれるというのが中国リスクの1つである。

中国企業が台頭すると中国政府にとってテスラは邪魔な存在になる。このため一部では締め出しも起きているという。

中国リスク1:ライバルの台頭と市場の急速な飽和

皮肉なことに中国ではEVバブルが起きている。中国はこの10年ほど補助金を使ってEV産業を育ててきた。中国で何か産業を起こすことは簡単だ。2000年代の後半に1台あたり6万元(約120万円)の補助金を出してEVを普及させる一方で一部の大都市でガソリン車の保有に制限をかけた。

この政府の補助金を目当てにして「何百社もの」EVメーカーが参入した。こうした車を購入したのは主に配車サービス会社で個人の顧客はごくわずかだった。しかし補助金頼みの配車サービス会社は2019年の500社から100社前後に減っている。政府が補助金を控えるようになると準備ができていない会社がバタバタと倒れ始めたのである。

急激なEV産業の発展は巨大なEVの墓場を生み出している。BYDのようないくつかの成功例があるがその背景には多産少子という過酷な現実がある。そしてテスラもこの飽和に巻き込まれている。購入者が低価格のEVにシフトし市場が荒らされることになった。

鳴り物入りで発売された50万円格安EVの宏光MINIはその後「安かろう悪かろう」で失速してしまったそうだ。この負の側面の一つがEVの墓場だったのである。

自動車業界はこの価格低下を食い止めようとしたが「談合」ということになり価格設定を撤回した。市場がかなり荒れていることがわかる。

中国リスク2:生産の中国依存

明らかに中国のEV産業は飽和状態にあるが、テスラは上海工場の増強を目指しているという。とにかくネットワークを完成させるためには1台でも多くの車を作って売りたい。しかし中国当局はテスラの車が中国のEVの価格を下落させることを恐れているため工場新設に許可を出すかどうかはよくわからない。テスラのビジネスモデルは中国の許認可により直接の制約を受けている。

Appleと同じようにテスラも中国に依存している。単に中国ビジネスが不調で中国から追い出されるということであればまだ傷は浅いと言えるのだがサプライチェーンを中国に依存して成長しているため中国がなんらかの理由でiPhoneのようにテスラを締め出せばアップル以上の大惨事も起きかねない。とはいえ部品供給を中国企業に依存しているためテスラが中国から抜け出すのは非常に難しい。

コロナ禍の間、マスク氏は中国の要人たちと密にコミュニケーションが取れなかった。このため慌てて中国を訪問し今のビジネスモデルを守ろうとしているのだろう。政治的に奔放な発言で知られるマスク氏だが中国に関してはあまり目立った発言はしないのだそうである。

さらにメキシコにもギガファクトリーを作ろうとしている。ただ工場を作っただけでは生産はできない。当然部品の生産も行ってもらわなければならないが部品メーカーの多くは中国企業である。マスク氏は中国企業にメキシコにくるように呼びかけているが中国企業がこれに追随するかは未知数だ。

中国リスク3:データ収集を中国政府が警戒

テスラは車で得られたデータを利用した「テスラネットワーク」を作りたい。スペースX社が提供するStarLinkもその一環なのだそうだ。だが、当然中国政府は「中国人の動態データがアメリカに抜かれる」という危機感を持つ。さらにカメラで周辺の情報を監視しているのだからスパイの容疑をかけられる可能性がある。

イーロン・マスク氏もこのことがわかっており早くからデータセンターを中国に移転させたりしている。さらに「中国でスパイ行為をやれば会社を閉鎖する」とも言っている。だが、冒頭のITmediaビジネスの記事はコロナ禍が開けても中国政府の疑念はなくならず「締め出し」の危険に直面しているということがわかる。

中国依存のリスクを抱えつつ壮大なビジネスモデルで投資家を惹きつける

自動車の製造という意味では大きな中国リスクを抱えるテスラだが、自動車をプラットフォームにしてエネルギーとデータネットワークで次世代型のインフラを構築しようというビジネスモデルは非常に魅力的だ。投資家の期待は現在では「マスク氏の頭脳」に対する期待であると言えるのかもしれない。その意味では中国とCEOの存在はテスラにとっては大きな魅力であると同時に最大のリスクであるといえる。

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