岸田総理の秋解散が近いのではないかと言われる時期のリークに色々と想像が膨らんでしまう。中国新聞が独自取材で「【独自】河井元法相、買収原資は安倍政権中枢からか 4人から6700万円思わせるメモ 自宅から検察押収」という記事を出している。事件としては確定しているが政権と自民党県連の関係者が全容を説明しているとはいえないということがわかる。岸田政権の地元の案件だけに岸田政権の鼎の軽重が問われることになりそうだ。国民に犠牲を伴う改革を求めるのであればまず身内の引き締めを行ってもらわなければ困る。厳密には安倍政権時代の問題だが、現在の政権のリーダーは岸田政権だ。
まず本論に入る前に「なぜこれがいけないのか」を説明しなければならない。「証拠のない話だろう」と言い出す人が必ず出てくるからである。証拠がないなら何をやってもいいというのが問題なのだ。
自民党は政治と金の問題が解決できず政権を失った歴史がある。中選挙区制のもとで派閥間の争いから実弾(お金)が飛び交っていた。次第に実弾戦の収拾がつかなくなりロッキード事件やリクルート事件などに発展した。当時の人たちは「中選挙区をなくせば派閥争いがなくなる」と考える。さらに政党が一括して資金を管理する政党助成金というシステムも「不透明な派閥に資金管理を任せていると収拾がつかなくなる」という発想から生まれている。つまり現在の政治資金規正法と選挙区の枠組みはこの時の反省から生まれているといってよい。
今回のリークは当時の安倍政権幹部自らがこの「実弾戦」に手を染めていたという間接的な証拠になっている。衆議院は小選挙区制になったが参議院は中選挙区が残っているため、こういうことが起こり得る。ただ政権が独占的に資金を握っており有利に派閥間闘争ができるという点だけが違っている。
舞台が広島だったというのもポイントである。岸田政調会長は現在広島県連の最高顧問という立場である。岸田氏が当時の政権から恐れられていればおそらく広島に手を突っ込まなかったはずである。広島は池田勇人氏以来「宏池会の拠点」とされているが、当時の広島はかなり軽くみられていた。
そもそもこの問題が起きた理由は派閥間構想を背景にした公認候補いじめである。参議院選挙で早々と公認を決めた溝手顕正候補はかつて公然と安倍晋三氏を批判したことで知られている。広島は宏池会(岸田派)と旧経世会(かつての竹下派で今の茂木派)が多い。これを面白く感じていなかった当時の政権幹部たちは県連の頭越しに河井案里氏の擁立を決めた。河井克行氏は広島県連とは距離があり政権に近い立ち位置をキープしていた。当時の広島県連は大混乱に陥ったと言われている。
- “仁義なき戦い” 敗者は誰か(NHK)
新しい選挙制度のもとで政治と金の問題は解決したことになっている。確かに派閥間で派手な実弾戦は行われなくなった。だが政権幹部たちは党の政治資金を独占した上でおそらく私憤によると思われる政治資金の大量投入をおこなったことはもはや自明である。
おそらく当時から「政党助成金(税金が原資になっている)」が裏の金として使われることに対する懸念はあったのだろう。表の金としては1億5000万円が投入されたとされているが「いっさい買収には使わなかった」と河井氏に報告させている。当時の政権は「今回の件は河井克行氏が勝手にやったことであり政党からの金は使われていないのだから自分達に責任はない」と言って逃げてしまった。
当時岸田政調会長は次のように発言している。手を突っ込まれたことはわかっていたはずだが他人事のようにコメントしている。
岸田文雄前政調会長も河井氏の事件について「基本は本人の説明責任ではありますが、公認した政党としての責任も感じなければならない。買収の原資として党からのお金が使われていないかどうか、しっかりと示さなければならない」と語った。
今回の件に関して甘利氏は100万円を拠出したことを認めている。だがすがっちこと菅義偉元総理と二階元幹事長はそれぞれ否定している。
- 河井元法相メモに「すがっち」と書かれた菅義偉氏、現金提供を否定「そんなことあるわけがない」 参院選広島選挙区の大規模買収事件(中国新聞)
- 河井元法相メモ、甘利100は本人認める 「陣中見舞いで届けた。党からのお金だった」 すがっち500と幹事長3300は否定(中国新聞)
特に注目したいのが二階氏の発言だ。
二階氏は7日、3300万円を提供した疑惑について「そんなことあるわけないじゃない。証拠だってあるのかい」と強調した。買収の原資になった疑いがあると検察当局がみている点を尋ねると「冗談じゃないよ」と色をなして反論。克行氏の妻で参院選に立候補した案里氏(有罪確定)について「案里っていったい何者なのよ」とも語った。
証拠がないと言っている。「表の金」である政党助成金は使えないが「証拠が残らない金」はなんらかの手段で捻出できるということだ。それを何に使うのかはこちらの預かり知らぬことであり特に説明をする必要はないというわけだ。幹事長は政党の金を自由に差配できることが権力の源泉なのだから現在の制度では証拠を残さない金を受け渡すことが簡単にできてしまうということがわかる。
おそらく今回の件で政権が崩壊するようなことにはならない。
だが自民党関係者は「岸田さんは当時の安倍官邸から露骨に介入されても何も言えなかった」と岸田政権のリーダーシップを疑問視するであろう。と同時に「官邸もこれくらいのことをやっているのだから自分達も少しぐらいは」と考える人が出てくるはずだ。最も恐ろしいのは「安倍総理や二階幹事長のようななりふり構わぬことを岸田政権や茂木幹事長はできないだろう」と侮る人が出てくる可能性だろう。
トップが軽くみられれば組織のガバナンスは揺らぐ。
寺田稔元総務大臣は政治と金の問題で捜査を受けていたが不起訴処分ということになった。今後は告発側は検察審査会に訴えるというところまで来ている。ただ寺田氏を含む一連の問題は「辞任ドミノ」などと言われ政権運営の足を大きく引っ張った。今回、13日に内閣人事が行われ大胆な刷新が行われる予定になっている。言い換えれば新しい閣僚達は全て潜在的な「容疑者」としてマスコミの身体検査の対象になるだろう。
また、今般逮捕された秋本真利氏の影響で洋上風力発電には悪い印象がついた。原油高が定着すれば再生エネルギーの存在はますます重要になってくる。党内のモラルの乱れが国民生活に直接の影響を与える事例になっている。
今回の件で最も深刻なのは「公正な選挙」を守るという民主主義の根幹が揺らいでいるにもかかわらず岸田総理が指をくわえてそれを傍観しているだけという点にあるのだろう。大胆な改革を唱え国民に変化を求めても「足元の統制すらできていないではないか」ということになってしまう。
「ダメなものはダメ」「変えてゆくべきものは変えてゆく」という確固たる姿勢を示すことができるのか岸田政権のリーダーシップと鼎の軽重が問われている。