ジャニーズの性被害問題について国連が調査をやるらしいと話題になっている。国際社会の目は厳しいという指摘がある一方で「外圧がないと何も変われないのか」と嘆く声もある。
一体世界はどうやったらジャニーズ事務所を許してくれるのかと思い周辺情報を調べ始めたのだが、意外なところで躓(つまず)いた。そもそも国連はジャニーズ事務所を調査しに来たわけではないようなのだ。つまり「どうやったら許してくれるのか」という最初の問いの立て方が間違っていた。
であれば今のネットの議論は一体なんなのだろう?という気がする。一つひとつ見てゆきたい。
あの国連がジャニーズ問題を調べにくるらしいぞと複数のメディアが書いている。ただ、よく読むとジャニーズ問題もとなっている。実はこの「も」がポイントなのだが落ち着いて読まないと気がつかない。
- ジャニーズ性加害、国連専門家が被害者らと面談へ…「ビジネスと人権」作業部会(読売新聞)
- 国連人権理作業部会が訪日発表 ジャニーズ性被害調査も(産経新聞)
- 国連人権理、24日から訪日 ジャニーズ性加害調査も実施(共同通信)
「長年問題を隠蔽してきたジャニーズ事務所が悪い」「いやいやそれに加担したマスコミが悪い」「今更ジャニーズを批判する人は恩知らずだ」などとさまざまな声が飛び交っているのだが、まずは落ち着いて調べてみたい。
国連調査の意味についてYahoo!ニュースに記事が出ている。記事を出しているのはオルタナである。「国連ビジネスと人権に関する指導原則」に沿って日本政府と企業がどのような責任を果たしているのかを調査するのが目的であると書いている。調査団はジャニーズ事務所を吊し上げにきたのではなく日本政府や自治体の取り組みについて調査しに来る。
では国連は日本を糾弾し虐めるために来るのか? 実はこれも違うのだ。
国連のウェブサイトにはこの取り決めについて詳しく書かれている。この経緯がなかなか興味深かった。経済がグローバル化した1990年代に国連は多国籍企業が世界で守るべき規範を決めた。だが企業からは協力が得られず単に人権団体との間に深い亀裂を生み出しただけだった。そこで国連は事務総長特別代表という役職を作って問題を整理に着手した。
整理された柱は3つある。まず国家が率先して人権侵害を防止しなければならない。つまり私企業よりも社会の責任の方を上位に持ってきている。そして被害者にはさまざまな手段で救済策が与えられなければならないと取り決められているそうだ。
- 第一は、しかるべき政策、規制、及び司法的裁定を通して、企業を含む第三者による人権侵害から保護するという国家の義務である。
- 第二は、人権を尊重するという企業の責任である。これは、企業が他者の権利を侵害することを回避するために、また企業が絡んだ人権侵害状況に対処するためにデュー・ディリジェンスを実施して行動すべきであることを意味する。
- 第三は、犠牲者が、司法的、非司法的を問わず、実効的な救済の手段にもっと容易にアクセスできるようにする必要があるということである。
ただし、2011年の時点で特別代表はこれを「最終的な解決策」とは考えなかった。これまで機能していないものを機能させるようにする「終わりの始まりである」と言っている。理念を支持するだけでは十分ではなく「一つひとつ行動することが重要だ」と書いている。
日本政府は指導原則に基づいた国家としての行動計画(NAP)を策定しておりガイドラインも作っている。だから国際社会に対して「知りませんでした」とは言えない。さらにその趣旨は「今ある問題を解決するために一つひとつ行動に移す」ことである。「価値観を共有する国々と連携する」と口で言っているだけでは十分ではない。
「国連が日本やジャニーズを裁き罰するためにエージェントを送り込む」わけではない。動きは遅いかもしれないが共に理想的な社会を実現するために頑張ろうという取り組みの一つである。だが、社会が企業や個人に圧力をかけて吊し上げることを「責任」と考える日本社会はそれぞれの立場で身構えてたり期待したりしてしまう。
「どうやったら国際世論がジャニーズを許してくれるのか?」という問いそのものが最初から間違っている。だが日本人はなかなかその思考の枠組みから逃れることができない。日本のムラ的な他罰思考の強さを実感させられる。
ジャニーズ事務所は「なんとかして世間から許してもらおう」と考えておりそのためにはこの問題をどう解釈すれば難を逃れることができるのかということにばかり関心を持っている。テレビ芸能という狭い村の思考に強く囚われている。このために元検事総長というキャリアの人にお願いして座長をやってもらっている。ジャニーズが気にしているのはムラの世間体だ。
次の落とし所はいよいよ藤島ジュリー景子さんが出てきて「吊し上げられる」のをみんなで眺めることなのであろう。他罰的な傾向が強い日本では自らを吊し上げの存在として「マスコミの生贄」にささげることこそが責任の取り方であると考える傾向がある。おそらく日本人は満足するだろう。
だがこのような責任の取り方に国際的な意味はほとんどない。国際社会は問題解決に取り組む姿勢こそが重要だと考える。国際社会の信頼を得るためには、まずは問題を認め、それを見過ごしてきた自分自身を戒め、今後の対応を約束するというステップを踏まなければならない。
国際社会は「日本は社会としてこの問題にきちんと対処していないようだ」と感じ始めている。長年バレーボールのワールドカップのスペシャルサポーターを務めてきたジャニーズタレントが大会から排除されたと文春が書いている。ある参加国が「ジャニーズが大会に関わるなら大会には出られない」と通告してきたそうだ。
この問題の難しさは意識の違いにある。日本人は「誰が罰せられるか」に期待している。国際社会は「どうやったら問題が改善されるか」に注目する。つまり問題を下手に認めてしまうと国内で糾弾されることになり、認めないで逃げようととすると国際市場に出られなくなる。意思決定はジャニーズの社長に委ねられているが、タレントにも事務所を選ぶ権利はある。すでに脱退したジャニーズタレントの受け皿になる事務所が作られており元タレントがその引き受け手になっている。