コメント欄で「ビッグモーターの件は木原官房副長官のスピンなのではないか」という指摘があった。ビッグモーターの件はネットでは知られており内部調査まで出てきたことで沸点を迎えたのだから「スピン」という指摘は当たらないだろう。
ただコメントを読んで「そういえば木原さん周りの報道はいまどうなっているのだろうか」ということは気になった。
不倫について書いたときは全く閲覧数が伸びなかったので興味を失ったのだが「せっかくだし調べてみるか」と思い文春の記事を読み始めた。「コールドケース」「再捜査」「突然の捜査規模縮小」などという言葉が飛び交っている。どうも単なる不倫報道ではなくなりテレビ朝日の刑事ドラマばりの展開になっているようだ。ちょっとびっくりした。
スピンという言葉は日本では独特の使われ方をする。もはや和製英語と言って良い。もともとPRで偏った情報を流して特定の印象に誘導することを指す言葉だ。スピンとは回転している何かを傾かせて方向を変えることを意味する。だが日本では「メディアがある事件で埋め尽くされれば他の報道をやる時間がなくなる」のだから「何か大きな事件を作れば別の何かを隠すことができる」いう意味で使われることがある。日本人は「みんなが知っている話題についてゆきたい」という気持ちが強いのでこうした現象が起こる。
だからこれが「スピン報道なのか」を論じるためにはこの問題に取り上げる価値があるのかということを調べてゆけばいい。
まず6月にディズニーデート写真が報じられた。ワイドショーで取り上げられていれば不倫が嫌いな主婦に嫌われそうだがワイドショーは取り上げなかった。
岸田首相最側近・木原誠二内閣官房副長官(53) シングルマザー愛人との“ディズニーデート”写真
実は地元ではよく知られた話のようである。2021年に既に報道が出ている。無党派層はあまり応援したくない候補ということになっているようだ。
ではなぜ木原官房副長官は当選し続けているのだろうか?と思った。もともと民主党が強かった地域のようだが直近の選挙では立憲民主党・国民民主党から候補が立っておらず木原官房副長官が当選し共産党(宮本徹氏)が比例賦活するという図式になっている。共産党と旧民主党系が棲み分けているため保守系の支持者たちが投票できる候補がいないのだろう。維新も候補者を出しているが浸透していないようだ。小池新党のようなものができて女性が選挙に出かけるようになれば状況は変わるのかもしれない。だが、そのような受け皿はない地域である。
ではなぜこれがワイドショーネタにならないのか。
第一に木原官房副長官がこれを隠していない。割と大っぴらに出かけて行って「友人です」などと言っている。次に、シングルマザーのAさんは木原さんの奥さんと同じ銀座の元ホステスであると書かれている。ワイドショーを見ている主婦が気にするのは「普通の女性」が「よその女」に取られる不倫だけだ。有名な女性の不倫も批判の対象になる。つまり「撮られた側の妻」の境遇を自分と重ねて見ているのである。この件にはその要素が欠けている。
木原さんにそっくりで名前もつけてあげた上に奥さんも事情を知っていると書かれているのだが、この時点では木原さんの子供だとは断定されていない。また木原事務所は文春の指摘を否定している。
次に認知騒動が出てきた。隠し子の説明が虚偽の疑いがあるという指摘であり根拠は愛人の告白音声だった。ただしこちらも事務所側が否定している。女性本人の告白だけでは立証はできないのだからこれ以上広がることはなかった。
「胎児認知しとけばよかった」木原誠二官房副長官の”隠し子”巡る説明に虚偽の疑い 愛人の告白音声入手
女性の主張はその後トーンダウンする。文春は「愛人」の方から認知を断ったという趣旨の告白を掲載している。奥さんとこの女性と「ほぼ同時に妊娠が発覚」したため、将来娘に選んでもらおうということにしたという。これを以て文春は「木原さんが婚外子を認知していた証拠である」と指摘している。ただこれも火がつくことはなかった。
愛人が婚外子を認める文書送付 木原誠二官房副長官は養育費を払っていないと説明 岸田政権方針に反する疑い
ここまでは「さほどワイドショーニーズがなく地元有権者が判断すればいい話」程度だった。だがここから事態が一変する。今度は逆に凄惨すぎて確たる証拠もないのに取り上げることができないケースに発展した。
過去に木原さんの奥さんがある殺人事件の重要参考人として事情聴取されていたという。「コールドケース」「捜査再開」「警察の政治に対する忖度の疑い」などなど、だんだんテレビの刑事ドラマのような展開になっていった。あとは杉下右京が出てくるのを待つだけという展開だ。
「捜査は尽くされていない」木原副長官の主張を覆す警視庁捜査一課の再捜査音声
木原さんの奥さんの元の夫である安田種雄さんが2006年4月10日に亡くなった。最初は自殺だと思われていたがコールドケースを担当する部署が注目したことで再捜査が始まった。この問題について文春が木原事務所に問いあわせたところ「マスコミ史上稀に見る人権侵害だ」と反発され「刑事告訴」を仄めかされた。捜査そのものは何らかの事情で縮小され今も警察からの連絡はないという。具体的には警視庁の捜査班は解散になり大塚警察署に管轄が移ったそうだ。
もちろん木原さんが警察に圧力をかけたという証拠はないのだが、捜査関係者はやはり「有力な自民党の議員の関係者は捜査しにくいだろう」と影響を感じているようである。
「政府要人の関係者が関与しているのだから政府から圧力がかかったのではないか」と疑ったマスコミは警察庁長官に質問をし「捜査は公正だった」と言わせている。仮に忖度があったとしても「忖度しました」とは言えないだろう。警察にこう言われてしまうとマスコミにも反論の材料はない。
文春は次の週もこの事件を「怪死」と呼び「ナイフの位置が不自然である」と指摘している。遺族は警察に「再捜査してください」と上申書を提出した。
「綺麗に置かれたナイフ」「誰かが遺体を動かした?」木原誠二官房副長官妻の前夫“怪死”事件 被害者の父が明かした「現場の不審点」《遺族が再捜査を求める上申書を提出》
さらに次の週になると、再捜査を行なってほしい、テレビや新聞で広く報じてほしいと遺族が涙ながらに訴えている様子が紹介されている。
《会見速報》木原誠二副長官妻の元夫“怪死事件”をめぐり遺族が記者会見 「テレビや新聞で広く報じてほしい」と涙の訴え
この問題の一番深刻な点は「ワイドショーが取り上げるか取り上げないか」で風向きが大きく変わってしまうという点にある。日本で「スピン報道」という言葉が独特の使われ方をするのはこれが原因である。そして一旦火がつくとどの局も横並びで同じことを一斉に伝え始めるので他の問題が報道されなくなってしまうのだ。
内閣改造はイメージアップのために行われるのだからスキャンダルがある人を入れて叩かれる材料を作るべきではないということになっているようだ。「身内に甘く意思決定が遅れがち」な岸田総理がどのような判断をするのかには注目が集まる。
マスコミは取材において「コスパ」を気にするようになった。仮に関係者から新証言が得られるということになれば取材人員が割り当てられるのだろう。つまり「新証言」の登場で事件が進捗する可能性はある。だが、「数字にならない無駄なネタ」を「足で稼ぐ」というような社会部報道は無くなっている。テレビ報道は通報窓口を作り向こうから「ネタ」が飛び込んでくることを期待している。
ただ弁護士ドットコムの記事のコメント欄には「質問をしているのはフリーの記者が多かった」という指摘もある。官邸記者クラブなどに依存する新聞がこの問題を追えないのは仕方がないのかもしれないがネット世論はそこに疑いを持つ。つまり官邸記者クラブに依存するメディアが政治との関係を適切に保っているのかについてうっすらとした疑問を持つ人は増えているといえるだろう。
AERAは「岸田首相の“右腕”木原誠二官房副長官は次の内閣改造で「外すべき」との党内の声」と言っている。イメージアップのために内閣改造をやるのだからこの際リスクがありそうな人は排除しておくべきだというわけだ。
岸田総理は内閣改造と党人事を前倒しする方向で検討に入ったようだと「政局の毎日新聞」が伝えている。9月にはASEANやG20があるため8月下旬と9月中旬が選択肢になる。10月には臨時国会が開かれるためにその前に人事を済ませておきたいという構想のようだ。人事を刷新すればマイナ問題も過去のものとなり支持率が伸びるという目算があるのだろう。支持率が回復すれば解散がやりやすくなると岸田総理は考えているようだ。