トルコがスウェーデンのNATO加盟を承認することになった。ギリギリまで返事を引き延ばし、最後にはEU加盟交渉を再加速させるという約束を取り付けた。今回のディールでトルコが何を得たのかはおいおい考えるとして「国益の追求」がいかにシビアなものなのかを思い知らされた。
トルコは自分達のNATOの議席を高く売りたがっていた。当初はアメリカからの戦闘機の供与などで妥協するのかと思われたがそれでは納得しない。最終的に要求したのがEUの加盟交渉再開だった。ただし実際にトルコが加盟を望んでいるのかは微妙なのではないかと思う。
エルドアン政権は自分達に敵対するジャーナリズムを排除するなどの人権問題を抱えている。このためEU加盟はなかなか進まないはずだ。さらにトルコ側も「ブリュッセル官僚」として知られるEUの厳しい規制を受け入れるつもりはないのではないだろうか。トルコにとってもっとも「おいしい」のはイギリスモデルだ。EUの規制の枠外にいて特別待遇を勝ち取るという「いいとこどり」である。
BBCを読むと「EUとトルコの間の関税同盟の近代化とビザ自由化」を含むと書かれている。つまりEUに加盟できないにしても自分達に有利な形でトルコの製品をEU域内に流すことができるようになりそうだ。実質的にトルコの勝利と言っても良い。
さらにエルドアン大統領は「トルコは50年間EU加盟において門前払いを食らっていた」と不満を表明した。イスラム教徒であるトルコ人を少し格下に見る傾向があるヨーロッパ人に一言言ってやりたかったというトルコ人は多いのではないか。NATOがウクライナ加盟について消極的な姿勢を示しており、NATO首脳会議の現場で「次はウクライナですか」と騒ぐ危険もあった。こんなことになればNATO首脳会議は大失敗だ。ヨーロッパサイドはどうしてもトルコを黙らせる必要があった。
時事通信は「加盟を前進させることで国内の支持を固める狙いがある」と書いている。
もちろんエルドアン大統領が本当に約束を履行するのかはわからない。CNNもロイターも「大きな変化ではあるが具体的な時期が示されなかった」ことを心配している。
ただし、これでトルコがNATO首脳会議の悪者になることはなくなった。仮に今後何かあったとしてもEUが十分協力しなかったと言えばいい。ハンガリーも1国で矢面に立ちたくないと考えているようで「トルコに足並みを揃える」としているそうだ。
ロシアの対応は不思議なものだった。
マリウポリのアゾフタリ製鉄所に立てこもっていたアゾフ連隊のメンバーたちは「トルコ送り」になっていた。実質的なロシアの刑務所として機能していたのである。エルドアン大統領はこのアゾフ連隊の人たちをウクライナに解放していた。
トルコはあからさまに西側に協力しているように見えるが、今回の一連の件でロシアはトルコを非難していない。ヨーロッパの結束は今ひとつ強くない。つまりまだなんとかなると思っている可能性がある。当然これは紛争の長期化を意味するだろう。
トルコが実際にEUに加盟するのか、あるいはするべきなのかはよくわからない。そもそもEUの東側のメンバーは度々ブリュッセルの官僚たちと一悶着起こすようになった。
例えばポーランドは「ポーランドの国内法がEUの法律より優先する」と宣言しEUから制裁金を課せられたことがある。最近では親ロシア派の野党を排除できる法律も準備された。秋にある選挙を有利に進めるために利用される可能性があるとして懸念が高まっている。ハンガリーも「抵抗勢力」の一つである。
国際社会では今二つの動きがある。
一つはある国の一地域に入り込むことで介入余地を作り出すという手法だ。アメリカ合衆国の台湾へのアプローチがそれにあたる。もう一つが国同士の枠組みの組み替えだ。もともと東スラブ圏だったウクライナは軍事的にNATOに接近し、トルコもヨーロッパとの一体化を促進しようとしている。
東西冷戦で二極構造が崩れアメリカの地位も相対的に低下している。そんな中で各国や各地域の首脳たちはそれぞれ「国益・地域利益」のために奔走している。民主主義の成熟度とは関係なく国民の支持が権力の維持に欠かせないと知っているからだ。