ウクライナのNATO加盟に関して2つのニュースが飛び込んできた。1つはNATOがウクライナの加盟に向けて積極的に前進しているというニュースだが、もう一つはゼレンスキー大統領が「まだ足りない」と反発しているというニュースである。一体どちらを信じれば良いいのか。
NATOは「民主主義陣営」を守るためにウクライナを支援していることになっている。だから将来的にウクライナがNATOに入ることができなければ話の辻褄が合わなくなる。と同時にNATOは巻き込まれ不安も抱えている。つまりウクライナを安易にNATOに入れたくない。お話の辻褄を合わせつつ巻き込まれ不安も解消したい。さらに現実的に予算や弾薬が不足している。つまり支援疲れを起こしている。
「ではどうするのか」が今回のテーマだ。細かいことはあまり興味がないという人に向けて概要だけを先にお伝えする。
NATOに加盟するためにはMAPというプロセスを踏む必要がある。今回NATOの首脳たちはウクライナがNATOに加盟したいならMAPのプロセスは踏まなくて良いですよと宣言した。これが「大幅譲歩」とみなされている。最初にこのニュースを見た人はウクライナのNATO入りにポジティブな感触を持つはずである。
ところが別のニュースではゼレンスキー大統領が猛烈に反発していると伝わる。このニュースを見た人はウクライナのNATO入りにネガティブな印象を持つはずだ。
現在このニュースが二本立てで走っているため「どちらかが誤報なのではないか」と考える人もいるのではないかと思う。だがこれは民主主義陣営がウクライナを守るというお話を破綻させないための苦肉の策だ。
実はどちらも正しい。今後はゼレンスキー大統領がこのまま強いトーンを保ち続けるか、あるいはNATOの首脳たちと肩を抱き合って「めでたしめでたし」の大団円となるのかが注目される。
ここから先は詳細である。あまり興味がないという人も多いかもしれないのだが、過去の投稿で触れているので答え合わせと修正を含めた上で振り返ってみたい。
まずアメリカ合衆国は盛んに「イスラエル・モデル」の安全保障を提言していた。この解釈については散々悩んだ。結果は「国内向けの説明」だったのだろうという結論に落ち着いた。
アメリカ国内には巻き込まれ不安が強くある。これを避けるために「アメリカがNATOに押されて契約書にサインをさせられることはない」という言い訳を考えていたことになる。このためバイデン大統領は「ウクライナにはまだ問題がありNATO入りを検討する段階ではない」とした上で個別契約を結んでアメリカが単独で助けると言っている。アメリカの都合だけでいつでも抜け出せる構成にして支援額もアメリカが選べるようにしたいのだろう。
POLITICOに次の一節がある。軽い読み物なので結論を出しているわけではないが予算膨張について懸念を表明し共和党がバイデン大統領を抑止してくれることを期待している。つまりこれでも過大なのではないかと「誰かが言ってくれること」を期待している人たちがいる。
私たちの注目ポイント:バイデン大統領はウクライナのステータスを格上げしたいようだ。イスラエルは年間40億ドルの支援金を受け取っているが、ウクライナは短い時間にすでに750億ドルを受け取っている。共和党はこれにどう反応するだろうか?
What we’re watching: It will be interesting to see how Republicans react to Biden’s proposal to raise Ukraine’s partner status to that of Israel, which receives $4 billion a year in U.S. assistance. (Ukraine has received over $75 billion since Russia invaded Ukraine 16 months ago.)
アメリカは軍事費ならいくらでも出せるというイメージがあるのだが、実は空軍ではボーナスと異動が中止されている。帰還できるはずだった人たちが帰ってくることができない現実があり、少なくともこれが年度末の9月末まで続くそうだ。
差別感情や予算不足などなど様々な問題があり、ゼレンスキー大統領は期待するような成果を得られなかった。ウクライナが将来的に「安全なNATO」に守ってもらえなければ、今後もロシアと独力で戦うことになる。これでは国民を鼓舞できない。
不安を感じたゼレンスキー大統領は長年ヨーロッパに入れてもらえていなかったトルコに駆け込んだ。エルドアン大統領は今回の取引でEU加入交渉再開を勝ち取っているが「自分たちも50年間EU入りを待たされている」と嫌味を言っている。今度はウクライナに同じことをするつもりですか?ということになる。
予算制約やヨーロッパ人の差別感情などさまざまな問題を抱えつつ、ヨーロッパとアメリカは「民主主義陣営を宣誓主義から守り抜く」というお話をかろうじて維持しようとしている。プーチン大統領は今回の特別軍事作戦はすぐに終わるだろうと過小評価していた。実はこれは西側も同じだったのかもしれない。
NATOが強い結束を前面に打ち出せばロシアはウクライナを諦めるだろう。当然形の上では今回の動きを非難しているが、トルコを批判することはなかった。おそらく「まだなんとかなる」と思っているのではないか。
もう一つの注目ポイントは日本のメディアがこれをどう伝えるかである。
岸田総理がNATOの首脳会談に出席する見込みになっているため、日本の視聴者・読者を不安にさせかねない一連の問題については抑制的に伝えられるのではないかと思う。中国の脅威に怯えている日本の視聴者・読者はあまりNATOの足並みの乱れのようなことは知りたがらないのではないか。
各国が資金不足に悩む中「ATM」として日本は大いに期待されているはずだ。あとは岸田総理がこれを国民に向けてどう説明するかである。
いずれにせよ「東西冷戦構造」で世界を見るのはもう難しくなっている。盛んに組み替えの動きが起きているからである。国際情勢に興味がある人が「説明ができない」という不安を感じることが多いのはこのためなのだろう。特に日本では世論もメディアも「アメリカについてゆけば大丈夫」というトーンが支配的だ。きちんと新聞を読み込んでいる人の方が不安を感じやすく「もしかしたら自分は間違っているのではないか」と感じているのではないかと思う。