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米韓ワシントン宣言を欧米/日本/韓国のメディアはどのように伝えたか

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米韓首脳会談でワシントン宣言が採択された。「韓国はアメリカを完全に信頼する」という唐突な内容を各メディアはどう伝えるのだろうかと思い読んでみた。欧米のメディアは対北朝鮮政策の破綻と韓国世論の怒りについてきちんと押さえていた。一方で日本からは不安材料をスルーした記事が多く出回っている。とにかく現状が変わることに不安を覚える国民性がよく表れている。最も興味深かったのは韓国メディアだ。保守系の新聞は「韓国民意の勝利だ」と韓国世論を褒め称えた。「勝ち負け」にこだわる国民性がよく出ていると感じる。

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欧米のメディア

今回の「正解」を書いているのはBBCだろう。

  • 米政府は、同国の北朝鮮に対する核兵器使用の計画に、韓国が関与することを認めた。
  • 韓国はその見返りとして、自国の核兵器を開発しないことに合意した。

CNNも次のように書いている。

拡大抑止を強化するという決定は、北朝鮮の核開発の抑止が停滞していると認めたことに等しい。北朝鮮がミサイル実験を強化し、新たな核実験の準備を進めている可能性もある中、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記との外交の試みはほぼ実を結んでいない。

アメリカの北朝鮮政策は失敗した。韓国世論はこれに不安を覚えている。そこでバイデン大統領はこれまで認めてこなかった韓国の有事対応への参画を一部認めることにした。これが今回の宣言の意味である。


日本のメディア

これを踏まえると、日本のメディアが何を書かなかったのかが見えてくる。日本はアメリカの影響力が落ちているということを認めたくない。防衛費増額議論すらまとめることができておらず、変化に対応できないことがわかっているからだろう。ただ記事を注意深く読むとうっすらと「韓国世論の変化」に触れているところもある。

まず読売新聞だが北朝鮮に対する核抑止力の強化を目的としたとしている。アメリカの朝鮮半島に対する力強いコミットメントを強調した端的な内容だ。日米同盟の推進を目的とした読売新聞らしい報道と言えるだろう。

産経新聞は「なぜ北朝鮮に対して強い姿勢を打ち出さないのだ」と文在寅前大統領に対する苛立ちを隠さなかった。今回は「アメリカや同盟国に核攻撃を仕掛けるならば北朝鮮の政権は終焉を迎えることになるだろう」とのバイデン大統領の主張を伝えている。この力強いアメリカのコミットメントは「おそらく日本も守ってもらえるだろう」という期待につながる。

NHKも同じような報道内容になっている。読売新聞と若干違っているのは「北朝鮮の核の脅威が現実化するにつれ議論が増えるだろう」という韓国陸軍大佐のインタビューを掲載しているという点である。

複数の記事で同じ表現が使いまわされていた。実は世論変化という背景がないと今回の記事の内容が伝わらないということはわかっているのだ。

韓国国内の一部で、アメリカの核抑止力への疑問の声も出ている中、そうした不安を払拭(ふっしょく)したいねらいもあるとみられますが、北朝鮮側の強い反発も予想されます。

TBSの報道も「朝鮮半島の情勢変化を背景にアメリカが更なるコミットメントを行った」としている。「韓国には懐疑的な見方がある」とは伝えつつも今回の宣言がどう受け止められたのかについては触れていない。

おそらく日本のメディアだけを見ている人の中には「なぜわざわざこんな宣言を改めて出したのか?」と考える人が出てくるかもしれない。


韓国のメディア

韓国側の報道はどうだろうか。日韓交渉でも「勝ち負け」に日本人が理解できないほどの情熱を燃やす韓国世論だが、米韓交渉でも「韓国世論が勝利した」と強調しなければおさまらないのだろうなあということがわかる。中央日報の冒頭の一節だ。

北朝鮮の核攻撃脅迫で韓国国内の核武装世論が強まると、米国側が異例にも具体的な拡大抑止案を文書化したのだ。

一方で文章の最後にはアメリカ側が事前に宣言が一人歩きしないようにかなり配慮したというようなことも書かれている。この議論が、韓国の保守・革新の間の政治的な議論に利用されかねないという懸念があったのだろう。韓国の保守メディアもそれなりに苦労している。

つまり対韓国世論を考えると「相手を最大限に誉めつつ実はあまり何も変えない」のが正解ということになる。日本はいつもこの逆をやっている。韓国の勝利を認めると日本側で騒ぐ人がいると恐れているのだろう。このため韓国世論はなんとなく「モヤモヤ」し続ける。

革新系の聯合ニュースも必ずしも批判的な論調ではなく「北朝鮮が攻撃すればアメリカが必ず守る」という点を全面に押し出した表現になっている。


まとめ

これを踏まえてまとめがわりにロイターを読む

まず「有事の際に韓国が情報を詳細に理解し発言できる体制を整えるのが目的である」と言っている。つまり、韓国は保護される立場であるが「一応何が起きていることは教えてもらえるし発言の場も与えますよ」と言っていることになる。

さらに北朝鮮や中国の反発を恐れ「アメリカの核兵器が韓国に置かれることはなく、ましてや韓国が独自に核兵器を開発することもない」とわざわざ言っているということも書いている。

現在のバイデン政権にとって重要なのは韓国ではなく対中国外交である。中国という大きな敵を設定することで地域でのアメリカのプレゼンスを正当化しているわけだ。記事は「インド太平洋の一方的な現状変更に反対する」と言っている。中国が韓国を狙っているわけではないのだから唐突な表現なのだが、この辺りにアメリカの本当の狙いが見える。

ロイターが受け止めとして選んだのは北朝鮮監視団体(38ノース)とアメリカの安全保障アナリストだ。

38ノースは北朝鮮の核開発を止めることはできないだろうし韓国の国内議論を鎮めることもできないだろうと否定的に見ている。一方でアメリカのアナリストは「これまで言いたくても言えなかった核抑止力議論ができるようになったのだから韓国にとっては大きな勝利である」と言っている。中央日報の報道にもあるように「韓国の民意が勝った」という意志を示すことが重要だったのだ。

韓国は半島情勢が変化しつつあることによって世論が変化しつつある。アメリカもそれがわかっている。だが、これまで持っていた半島での軍事的なイニシアチブは手放したくない。さらに言えば韓国の要求に応えて核兵器を配備するようなことがあれば中国を刺激しかねないこともわかっている。そのための苦肉の策が今回のワシントン宣言だったことになる。あとは尹錫悦大統領がこれを国内向けにどう宣伝するかである。

韓国世論が今回のディールに納得せず総選挙で革新系が勝利すれば再びアメリカに対する懐疑論が韓国議会内部で溢れることになるだろう。尹錫悦大統領は支持3割・不支持6割程度というのが最近の世論調査の情勢だ。

もう一つわかるのが日本が潜在的に持っているアメリカに対する怯えと恐れである。

日本人はアメリカの軍事的プレゼンスが相対的に弱くなっているということを認めたくない。防衛費増額の議論は増税で行き詰まっておりおそらく岸田総理のいうような形にはならないだろう。一方で台湾有事に対する怯えはある。どうしていいかわからないのだから問題そのものを見ないようにすることが一番だ。

さらにアメリカに対して「触らぬ神に祟りなし」と考えていることもわかる。核兵器問題を持ち出せば「アメリカに祟られる」可能性がある。だから韓国のようには議論にできないということになるだろう。実は外国報道を見ていると日本の報道が何に触れたくないのかがよくわかる。

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