習近平国家主席が中国国内で権力を奪取する上で非常に重要な役割を果たしたものがある。それが「中国人ナショナリズム」だった。習近平国家主席は地方に住むあまり政治意識の高くない人々にナショナリズムを浸透させることで国内での支持基盤を固めていった。ところが皮肉なことにこれが欧米の企業にとって新しいチャイナリスクになりつつある。BMWが上海モーターショーでSNS炎上事件を起こした。きっかけは些細なことだった。アイスクリームがもらえない人が怒り出したのだ。
BMWのMINIのキャンペーンが不買運動に発展するという事件があり、一部メディアで報道されている。
今や世界第一の自動車見本市となった上海モーターショーのMINIのブースでアイスクリームが配られた。外国人にはアイスクリームが配られるが中国人にはアイスクリームがもらえない。これがSNSで拡散されて「差別だ」ということになったようだ。BMWは謝罪に追い込まれたが中国人は納得しない。翌日には抗議に訪れた女性が警備員に摘み出されるという騒ぎに発展した。SNSの怒りはますますエスカレートし、BMWに対する不買運動に発展していった。BMWの株価は下がりアイスクリーム以上の損害が出たとして話題になっている。
CNNはアイスクリームは300個準備されていたが配り切ることができず外国人の従業員に配られたと伝えている。CNNは「中国の国益に反する行動が不買運動に発展する事例が目立っている」としてSNSによるチャイナリスクに警鐘を鳴らす。
ドイツのロイターも英語版で「中国の消費者は大手ブランドが中国人を軽視したり中国の主張する領土の主張に反する言動をに敏感になっている」と指摘する。これも「誇り高い中国人」が新しいチャイナリスクになっているという文脈だろう。習近平国家主席の国内キャンペーンの負の遺産と言っても良いかもしれない。
欧米企業はこれまで日本市場とうまく付き合ってきた。日本人は欧米文化を追いつくべき憧れの対象とみなし、格差を差別と感じたことはなかった。一方で、西洋列強による国土蚕食を経験した中国人はこれを「勝ち負け」の問題と捉えたのだろう。経済さえ良くなれば中国人も尊敬してもらえると考えるようになったようだ。
アイスクリームくらいでそんなに腹を立てるとはというような強烈な反応になった。
このチャイナリスクのためにBMWの株価は3%下落したそうだ。時価総額では3100億円に当たり「5億このアイスクリームが溶けた」と一部の中国メディアは囃し立てたという。中国人を差別した報いだということだろう。
一方で日本の反応も興味深いものがある。
躍進する中国市場に羨望と嫉妬の入り混じった気持ちを持っている人が多いのだろう。ここぞとばかりにこれを取り上げたメディアがあった。読売新聞はBMWの混乱ぶりについて詳細な記事を書き「中国共産党の意向で近年強まった愛国主義が外国企業に向かうリスクがある」と警鐘を鳴らしている。
TBSも問題が起きた当初に記事にしていた。ゴールデンウィーク前にあまりニュースがないということだったのかもしれない。後日「ひるおび」でも改めて紹介されている。ひるおびはエスカレートする中国人の行動に触れて「中国の民度の低さ」をほのめかす内容に仕上げていた。
この一連の報道からはさまざまなことがわかる。
第一に中国人は序列と待遇をものすごく気にする。奥ゆかしさを美徳とする日本人とは大きく気質が違っている。この件について「チャイナリスク」を指摘する記事をnoteに見つけた。別の自動車メーカーがクレーマーの女性の誕生日をこれ見よがしに祝って炎上の火消しをしたという事例が紹介されている。奥ゆかしい日本人ならこうした過剰待遇には気恥ずかしさを感じるだろうが中国でではこの「これ見よがし」が受けるのだ。
中国人の激しい気性もわかる。今回の講義では車の打ちこわしや落書きなどが見られるそうだ。またBMWオーナーの職員が車を売却しなければ解雇すると脅す企業も出てきているそうである。共産党の一党独裁には一切抗議ができない中国だが権力で押さえつけておかなければ何をしでかすかわからないという気性の荒さを感じる。善悪ではなく「上から押さえつけられるかどうか」が行動指針になっている。道徳心ではなく懲罰の有無が重要だということだ。
ただし今回の件からはこれを見つめている日本人の本音も透けて見える。実はアメリカでも同じような問題は起きているが全く注目されなかった。
アメリカでもバドライトのLGBTQ向けのキャンペーンが炎上しアンハイザー・ブッシュの株価が下落した。SNS経由の激しい抗議運動の影響でバドワイザーのメイン顧客であるブルーカラーが離反しかねないという懸念が生じたためである。
BMWの事件とアンハイザー・ブッシュの事件は背景として類似したものがあるが日本ではニュースバリューはなく「アメリカ人は民度が低い」などという指摘もなかった。
「やっぱり中国人は民度が低い」という蔑視感情が日本人の中に根強くあることがわかる。どうしても「表向きは洗練されてもやはり中国人は粗野なままなのだ」という側面を強調したいのだろう。
最後にオンライン上でのマーケティングの難しさもわかる。なぜそもそも外国人に向けてアイスクリームを配ろうとしたのかという疑問が湧く。言い訳は得策ではないと判断したBMWのMINIチームは説明をしなかったようだが、ひるおびを見る限りではどうやら「アプリ登録」が条件だったようだ。つまりこのアプリが外国人向けだったということになる。
つまり、中国人ではなく外国人に車を広めてほしいというターゲットマーケティングだった可能性がある。つまり中国にも外国人に対する根強い憧れがあり外国人と同じようになれる車というのがメーカーが打ち出したいマーケティングバリューだったということだ。大型車であればわざわざこんなことをする必要はなかったが、今回の車はMINIだった。
アンハイザー・ブッシュのキャンペーンも新規顧客になりそうな「リベラル層向け」のマーケティングがメインターゲットであるブルーカラー・保守層に捕捉されて炎上している。かつてはセグメントごとに別の広告を作ってもそれが別のセグメントに露見するということはなかった。
SNSによる「大衆による企業の監視」が始まりセグメント化されたマーケティングが成り立たなくなっていることがわかる。SNSに乗って「あいつらだけが優遇されている」という評判になって広まってしまう可能性があるということだ。
どちらも企業の株価下落に発展しておりアンハイザー・ブッシュではマーケティング担当の副社長が休職に追い込まれている。大企業のオンラインマーケティング担当者はこの2の事例を研究して何がリスクになるのかを十分に学ぶべきだろう。日本企業も含めて海外でのマーケティングを行う担当者にとっても政治情勢の変化を学ぶことは極めて重要だ。
Comments
“BMWはアイスをくれない!で大炎上 「中国人の高すぎるプライド」という新しいチャイナリスク” への2件のフィードバック
アイスを配る事も
貰えなくて拗ねる事も
同じ穴のムジナ
スープストックが赤ちゃん連れの客には
新たに離乳食を無料提供するとかで炎上してた
新規客層を取り込もうとして、今までの客層から批判が出るという
同じような例