Twitterのトレンドワードに「非常事態宣言」が上がっていた。イタリアで移民が急増しメローニ政権が非常事態宣言を出したというのである。宣言そのものにはおそらく実効性はなく国内向けのアピールに過ぎないと感じる。ただこの反応が興味深かかった。日本も移民対策を厳しくしなければならないという人が多かったのだ。この主張が妥当なのかについても併せて考えてみた。
時事通信の記事の最初の情報源はロイターである。日本の記事はロイターの短い記事の再配信になっており内容がよくわからない。ロイターの記事は日本語にはなっていないようだが英語版で読むことができた。
- イタリアでの審査を厳格化し即時送還を行えるようにする。
- 移民志望者の急増に伴った予算措置をとる。
- 移民の急増についてEUを非難する。
というものである。時事通信の記事も
ロイター通信によれば、ムスメーチ国民保護・海洋政策担当相は「(宣言で)問題を解決できるわけではない」と述べ、欧州連合(EU)に協力を求めた。
とロイターを引用しており実効性がないことは明らかだ。
移民対策の費用は各国政府が負担するのだが「EUのせいで移民が増えているのだからEUがなんとかしろ」という方向に持ってゆきたいものと思われる。ポインティング・フィンガーと呼ばれる責任転嫁手法だ。
EUは「移民は一切受け入れない」と方針を転換することはできるが、政治的にはこのような合意は行われないだろう。もともとのEUの結合理念が多文化共生だからである。だったらもっと支援をしろという主張になるものと思われる。
イタリアはEUの援助には期待しつつもEUが掲げる多文化共生の価値観にはもはや追随していない。EUからの支援を引き出すためにはドラギ氏を味方につける必要があった。だが実際に支援計画がまとまると政権が瓦解し「民族色の強い」政権に移行している。つい最近もフランスの言語政策を引き合いに「企業に対してイタリア語を義務付ける」という法案を提出したばかりだ。罰金額がフランスよりも高く懲罰的な狙いがある。
スローフードを掲げるイタリアの食品メーカーや繊維・ファッション業界など「イタリアの伝統」を世界に発信するというような時代に戻りたいという人たちが増えているのだろう。彼らが「イタリアの同胞」の支持者になっているものと思われる。
イタリアはEUの支援に期待しつつ「先進国幻想」に囚われていると言えそうだ。ただし急速な安全保障上の変化に見舞われているEUの側もなんらかの策を講じる必要が出てくるのかもしれない。
今回の件で最も興味深かったのは日本人の反応である。この状況を自分達に重ね合わせ「中国から移民が押し寄せてくるかもしれない」から「日本も厳格な対応をすべきだ」というような意見が多く見られた。
移民をこれ以上受け入れたくないとしてEUから離脱したイギリスでは労働力不足が起き深刻なインフレに見舞われている。労働力不足は深刻だがウクライナ侵攻と重なったこともあり、ブレグジット単体での評価は難しいというのが実態だ。
そもそも経済移民たちは日本を選ばなくなってきているようだと指摘する人たちもいる。
野口悠紀雄氏はPIVOTのコンテンツ(【2060年の日本と世界の経済】歴史上、最大の危機が来る/2060年に中国経済は日本の10倍に/一人当たりGDPで韓国に抜かれる/出生率を上げると短期的には負担増/未来のためにできること【野口悠紀雄】)の中で「日本の経済力はいずれ中国の1/10程度になる」と主張している。PIVOTはこれに反論を試み「課題先進国としてポジティブな側面もあるのでは?」などと軌道修正を図るのだが、野口氏は「もう手遅れであり今後は問題に直面することになるだろう」との主張を変えない。
この中で、すでに英語のできるフィリピン人は給料の高いオーストラリアに流れているとする主張がある。また、すでに台湾は1人あたりのGDPでは日本を抜いており韓国もいずれそうなるだろうという。周辺国が豊かになると日本は労働力獲得競争に負けることになる。日本に大勢の貧しいアジア人が押し寄せるという印象はおそらく昭和の終わりから平成の初め頃にかけての印象の名残であり現在の実態に即していない。
むしろイギリスの例で見られるように労働力制限は経済成長にとってマイナスである可能性の方が高い。さらに付け加えるならば日本にやってくるのはブローカーに騙された人たちだけということになる。彼らが地下化して犯罪に走れば移民への印象はさらに悪くなり「経済移民とはあんなものだ」のいう日本人の偏見をさらに強化することになるだろう。
日本は移民を受け入れないだけでなく、古いマネジメント慣習が温存されており、価値観のアップデートもできていない。これが問題だ。思い込みや偏見が強化されてますます価値観のアップデートが難しくなる。
例えば技能実習制度は「日本の先進的な技能をアジアなどに移転する」という名目で始まった制度だ。政府はこれを転換しようとしている。つまり労働力として海外移民を部分的に受け入れようとしているのである。つまり日本の先進国としての地位はすでに幻想になりつつあり、具体的な労働力強化の対応が求められるようになってきているということになるだろう。
技能実習制度の改革の動機は特に地方で深刻化している労働力不足だろう。だが、先進国幻想を持っている人たちはこの政策転換に反対するはずである。つまり、先進国幻想はこの先日本政府にとって重要な解決課題になるものと思われる。
では日本では全ての人たちがこうした先進国幻想に囚われているのだろうか。おそらくそうではない。
PIVOTやReHacQのような新興のネットメディアは具体的な対策を考え始めている。それがサラリーマンの非専業化である。PIVOTではスラッシュキャリアと呼んでいるようだ。スキルを増やすこと・対応分野を増やすこと・マネージメントと現場のように対応できる職員を増やすことによって、キャリアの多様化をしましょうという提案になっている。現実的には「専業正社員ではもう食べて行けない」という危機感があるのだろう。だが非専業化というとネガティブな印象がついてしまうために「対応範囲・守備範囲を広げましょう」と打ち出されている。
高度経済成長期に農家が兼業化したのと同じ状況だ。
野口悠紀雄氏はPIVOTのプレゼンテーションの中で日本で最も大きな産業は医療福祉になると言っている。つまり製造業を抜くというのである。国内にとどまって流れに身を任せている限りは高齢者のお世話をして暮らすしか選択肢のない社会ということになる。このため今キャリアをやり直すなら「日本だけを考えるのは危険であろう」と野口氏は考えているようだ。スラッシュキャリアの「スキル」の中には英語や中国語などの語学が必要になるということになる。
先進国幻想から抜け出せない人たちも大勢いるのだが、実際にこれを自分ごとと捉えて意識変革を始めている人たちも大勢いるということがわかる。おそらく日本社会はある一定の方向に向かっているのだろうが、個人レベルではどちらを選択するか選ぶことができる。