ナッシュビルのキリスト教系私立学校で銃乱射事件があり子供3人を含む6人が亡くなった。犯人はこの学校に通っていた女性であると伝わっているがこの人はトランスジェンダーだったようだ。
BBCは「トランスジェンダーを自認していた」と毎回きちんと書いているがCNNなどのリベラル系のメディアではかなり配慮しているところがある。今回はこの事件について調べ、トランスジェンダーであるということをどの程度扱うべきだったのかということについても考える。
最後に「おそらくこれはTBSの誤報なのだろうな」という表現についてもお伝えする。微妙な問題を扱っているので「ここは違っているのではないか」という点についてはコメント欄などでご指摘いただきたい。
BBCが引用しているNBCのニュースを見ると警察署長が背景を説明している映像がある。所長は学校にResentmentがあったと言っている。フランス語で読むと「ルサンチマン」になる。屈折した怒りというような意味合いである。これを踏まえたのが、BBCのドレイク本部長の見解として紹介されている「この学校に通わなくてはならなかったのが不満だったとの見方がある」というものである。
この「不満」の内容について書いている媒体は多くない。ニュージーランドヘラルドという媒体が詳細を書いている。信心深い両親は彼のアイデンティティを認めず部家で男性の格好をすることも許さなかったそうだ。情緒不安定になり精神的苦痛の治療も受けていたようだと書いている。BBCもきちんとこのラインを踏まえておりトランスジェンダーであったことと複数のの銃火器を両親に隠して持っていたことなどを書いている。
NBCのインタビューを見る限り警察署長はこの人が「Trans」だったと言っているがそれがどのように事件に関与したのかはわかっていないという。日本のメディアでは警察発表について触れつつその後はあまり触れないところが多い。地上波は多くのニュースを扱うためトランスジェンダーという用語だけを伝えてしまうと印象が独り歩きしかねないと考えているのかもしれない。ただこれは少し危険なアプローチだと感じる。返って不正確な情報が独り歩きしかねないからである。
確かにこの問題はアメリカの政治言論の火薬庫だ。民主党支持者たちはLGBTQ差別に対して共和党支持者たちを批判している。一方で白人優位・キリスト教優位の社会を崩したくない共和党の支持者たちはLGBTQは社会を破壊すると証明したい。この事件は「LGBTQ」の危険性を「証明する」材料として利用されかねない。
実際に共和党系・反リベラルのFOXニュースは極左トランスジェンダーのグループの過激な投稿を紹介し「トランスジェンダーが危険である」との印象を与えようとしている。FOXニュースは早速この件を政治利用しようとしていることになる。
FOXニュースが持ち出したのは過激なトランスジェンダー団体のステートメントである。「反トランスジェンダー」の偏見が当事者たちを追い詰めてこのような結果を引き起こしたと考えており、憎しみは結果をもたらす(Hate has consequences)と主張しているのだという。つまり反トランスジェンダーというヘイトの結果によってこのような悲劇がもたらされたという主張だ。
当然普通の市民は「かと言って子供たちが犠牲になっていいというわけではない」と考えるだろうからこれによってLGBTQ運動が危険であるという結論が得られるような仕掛けになっている。あくまでも政治的な正しさを装い「両論併記」するような体裁で印象を操作しようとする記事がアメリカには多いが、政治的公平性の原則を守らなくてもいいことになっているため視聴者は検証のしようがない。
ニュージーランドヘラルドの記事だけでは心もとないので傍証してみよう。
BBCの記事はこの学校は長老会系の学校であってナッシュビルの裕福な地域にあると書いている。この学校がどのような学校かについてはロイターの英語版に記事があった。長老会系と言ってもさまざまな分派がある。Presbyterianが長老派という意味だが、1981年にリベラル系から別れたエバンジェリスト(福音)系と書かれている。単にキリスト教系と言っても学校の成り立ちはかなり複雑なようだ。
もともと富裕層の支持を背景にしていた共和党は急進派のキリスト教福音派などを取り込んだことで膨張をはじめた。今では保守派はすっかりトランプ派に占領されており過激な言動を繰り返すようになった。彼らはキリスト教の価値観を極めて重要視しておりその姿勢は極めて強い反同性愛・反中絶である。
元々福音派は教会権威を否定して聖書に戻ろうという趣旨の教派だった。だが次第に聖書に書いてあることは全て正しいとする聖書原理主義の人たちを生み出してゆく。精神的指導者がおらず民主的に解釈が決まってゆくためである。
この「コベナントスクール」はもともとは長老派だったが福音派よりに分派した人たちが運営する学校ということになる。両親は「元々の体の性」で生きることが神の意志だと教えようとしたが当事者には受け入れられなかったのではないかということになるだろう。
今回、この記事のタイトルを読んで「わざわざトランスジェンダーであることを強調しており差別を助長するのではないか」と嫌悪感を感じる人がいるだろう。だが、やはりこれはアメリカ合衆国の政治言論の現在地を語る上では極めて重要な情報である。逆にLBGTQ運動が政治問題化する中で返って当事者たちが不安定な状況に晒されることになるということを読み取る人もいるのではないかと思う。「理解してくれなくてもいいからそっとしておいてほしい」という当事者も実は少なくないのかもしれない。
一方で日本のメディアはおそらく別の理由でこの件についてあまり触れたがらなかった。地上波は多くの情報を扱うため下手に「トランスジェンダー」という言葉を使うと差別を助長しかねないと感じたのだろう。TBSの夕方のニュースでは「人」と表現されていた。文字として残っている記事には「男性として生まれ女性を自認する28歳のトランスジェンダーだ」と書かれている。
確かにこのニュースを初めて聞いた時には「アメリカではトランスジェンダーが認められているから、当局が女性と言っているということは「トランス女性」であり、従って元は男性なのだろう」と思った。しかし、ここはかなり重要な点だ。英語文献を調べてみたのだが、どうやらそうではないようなのだ。
ニュージーランドヘラルドは「両親は家で男性の格好をすることを許さなかった」としており「エイデン」という男性名も認めなかったと言っている。
FOXニュースもオフィシャルには「Woman」として特定されたのだが、SNSでの自称は「彼」だったと書いている。
リベラルなCNNが最も慎重な書き方をしている。日本語の記事にはトランスという文字がない。おそらくこの問題をあまり強調したくないのだろう。あくまでも補足情報を別立てにして「性自認は定かでないものの」と但し書きを入れている。あくまでも「トランスジェンダー」という言い方を避けている。表現は「生まれた時には女性を割り当てられたがSNSでは男性の呼称を使っていた」である。
CNNはLGBTQの権利を守りつつ銃規制もやりたいと言った立場である。このため読者に配慮するとこのような書き方になってしまう。
一次情報に触れていないため「誤報だ」とまで指摘するつもりはないのだが、TBSの表現は正しくない可能性が高い。ややこしいのであまり触れたくないという気持ちがあり埋もれてしまったのかもしれない。
社会的には女性として扱われていたが、自認は男性だったことになる。両親はそれを認めず、この容疑者は両親に隠れて銃を保持し声明を書いて学校に向かったということになるだろう。ここまでくると「この人の性的自認」はこの事件において重要なテーマだ。
いずれぬせよ「アメリカでは誰でも簡単に銃が手に入れられるためバイデン大統領が銃規制を訴えています」とOne of Themとして扱うことが人権尊重につながるとは思えない。伝えるか伝えないかは別にして背景についてはきちんと考察すべきなのではないだろうか。
「こうした面倒な問題はYouTubede時間をかけてやって貰えば結構なのだ」ということになるのかもしれない。だが、一方でTBSの報道特集などでは「国民の知る権利を擁護する上で放送局の役割は重要だ」と主張してもいる。
今後ともTBSが報道機関を自認するのであれば正確にきちんと時間を取って経緯を報道すべきだろう。自分達だけが特別扱いということになってはならない。