ブラジルのルラ大統領がこのところ意欲的に経済について発言している。先日は共通通貨構想を発表していたが、今回は中国とのFTAに意欲を見せている。おそらくこの構想がすぐに実現することはないだろうが、確実に世界情勢が変わっていると感じる。グローバル化の時代は終わったのだ。
ブラジル(2.4億人)、アルゼンチン(4700万人)、ウルグアイ(340万人)、パラグアイ(670万人)にはメルコスールという枠組みがある。市場全体の人口規模は3億人弱である。メルコスールは元々はEUのような共通市場を目指していたのだが現在は関税同盟のように機能している。
ルラ大統領の最初の任期で機能強化が提案されていたが右派のボルソナロ大統領時代には一体化構想が停滞していた。ルラ氏が大統領に復帰したために地域の一体化議論が再始動したようだ。
もちろんメルコスールは一枚岩ではない。つまり一夜にして南米にEUのような共同体ができることはない。
例えば、ベネズエラが無期限資格停止になっている。経済に行き詰まったマドゥロ政権が独裁傾向を強めたのが原因のようである。メルコスールには除名という手続きがないため無期限視覚停止措置に止まっている。ウルグアイもメルコスールを抜けて中国や日本といった国との連携を深めたいと考えている。ブラジルはこれを抑止するために「メルコスール全体で中国と交渉すればいい」と提案した。
最も懸念されるのがブラジルとアルゼンチンの経済格差だ。ブラジルの方がはるかに格上である。このため一歩間違えるとアルゼンチンがブラジル経済に飲み込まれるというようなことが起こり得かねない。CNNはこの国力の違いに注目し「共通通貨構想で両国の足並みが揃うことはないだろう」と懐疑的な見方をしている。メルコスールの市場統合が進まなかったのもおそらくブラジルとアルゼンチンの経済規模の格差やアルゼンチンの安定しない財政などが影響しているのだろう。
市場統合も進んでいないのだから通貨統合がすぐに実現する可能性は低い。ではこの動きは無視していいのだろうか。もちろん「明日の株価」について考えるなら「無視して良い」になる。
ブラジルとアルゼンチンの共通の課題は脱アメリカである。特に財政不安を抱えるアルゼンチンでは国民や企業の間には自国通貨への不信が広がる。政府はこれを警戒し企業や国民が米ドルを取得するのを制限している。しかし、国民はアルゼンチンの通貨には回帰せず暗号資産・仮想通貨に頼るようになった。ブラジルにも脱米ドル経済を志向しているようだ。
時事通信はアルゼンチンのフェルナンデス大統領のコメントを次のように紹介している。米ドルを悪魔と呼びアメリカ主導の資本主義への敵対心を滲ませている。おそらくアメリカの経済支配にうんざりしている人が多いのだろう。
外国通貨(米ドル)と連動した国の経済に何が起こるか、それがどれだけ害を及ぼすかは知っている」と述べ、「変革の勇気を持たなければ、われわれは同じ悪魔に苦しめられ続けるだろう」と前向きな姿勢を示した。
一部ではスル(南)という通貨名まで取り沙汰されているが、ブラジルレアル・アルゼンチンペソの放棄は考えていないようである。国家主権としての通貨発行権は手放さず交易も増やしたいという気持ちがあるのだろう。メルコスールの枠組みを活性化してアメリカ合衆国に対する競争力をつけたいという構想になっている。
アメリカ中心の世界統合を「グローバリズム」と呼ぶならば、実はこれは反グローバリズムの具体的な一歩なのである。
反グローバリズムの動きが進んでいる地域がもう一つある。それが西アフリカだ。西アフリカの盟主はフランスだ。西アフリカはフランスの影響圏から離脱したいがフランスはそれを阻止したい。結局ナイジェリアが構想から離反しかけており、通貨ECOへの統合は2027年以降まで延期された。
背景にフランスのなりふり構わぬ切り崩し工作があったと指摘する記事を見つけた。フランスがナイジェリアの反政府組織を支援しECOとユーロの固定相場制を維持させたというのだ。ここまでが2020年時点での話だった。この後ナイジェリアなどがECO構想を延期したことからナイジェリアなどがフランスの影響力を懸念した様子が伺える。ただ裏返せばフランスはかなり焦っているということになるだろう。フランスの国力はアフリカに大きく依存している。
今回のブラジルとアルゼンチンの共通通貨の話はこれに似ている。米ドル依存から脱却したいアルゼンチンは地域大国のブラジルに頼りたい。だが動きを間違えればブラジルの市場にとりこまれ事実上通貨発行権を失ってしまう可能性がある。「共通通貨はレアルとペソを置き換えない」という発言の意味がわかってくる。一方でおそらくアメリカ合衆国もこの動きを放置することはないだろう。ドルという基軸通貨の地位を守りたいからである。
このほかに、中国とロシアの間でも「脱米ドル経済」の動きが始まっておりサウジアラビアも賛同している。きっかけはアメリカ合衆国のロシアに対する経済制裁だ。対露・対中国では経済制裁が準軍事的な意味合いを持っており、安全保障上の大きな課題になっている。
この動きは日本にとってどのような影響を与えるのだろうか。日本の経済・外交政策はG7が世界の中心にいるグローバル化の推進という世界観が基準になっており「脱アメリカ化」「脱グローバル化」の動きに対応できていない。
日本で反グローバリズムなどというと「共産主義者の戯言だ」と見做される傾向がる。だが、実際には東西冷戦とは全く別の文脈で脱資本主義化の流れが進んでいることがわかる。グローバリズムの成果を西側先進国が独占してきたためその反発が起きているのだ。
ブラジルが中国とFTA交渉をしているといってもそれが即「ブラジルがレッドチーム入りしている」ということにはならない。ただ日本がG7中心のグローバル経済にこだわり続けるとこの脱グローバル化の流れを補足できず状況を見誤る可能性がある。
世界がブロック経済化を選択することはなさそうだ。だが主権国家同士が緩やかに連携する共通通貨を伴った地域同盟のような動きは加速している。
日本人も日本政府も「世界が多極化しつつある」という現実を受け入れられておらず、いまだに世界はアメリカとヨーロッパを中心としたグローバル単一市場になると信じている。
さらに、日本には経済同盟を組めるようなパートナー国がない。人口縮小期に入った我が国の「市場」はこのままでは1億人を割り込むことになるだろう。移民を受け入れるかと同様に市場をどこまで広げるかは重要なテーマだが日本でこうした議論が聞かれることはない。第二次世界大戦後欧米市場に組み込まれて大成功したという成功体験からいまだに抜けきてれていないからだろう。
このところ「地球儀を俯瞰する」外交という言葉も聞かれなくなった。地球儀を俯瞰しつつ多極化を受け入れない限り日本はこの流れから置いてゆかれることになるだろう。製造業依存のマインドからも脱却できていない日本人はまた一つ致命的な遅れを抱えるのかもしれない。
Comments
“「ブラジルが中国とのFTAに意欲」で日本は何に取り残されるのか” への2件のフィードバック
「火げる」って何ですか?
ご指摘ありがとうございました! 修正しました。