フィンランドの外務大臣がNATOへの単独加盟に言及した。仮にこれが実現すればスウェーデンがウクライナ状態に置かれることになり極めて危険だ。NATOの防衛には協力してもNATOからは守ってもらえないという状態である。なぜこんなことになっているのかをまとめてみた。
フィンランド外相、NATO単独加盟検討に言及というAFPの短い記事を見つけた。これだけを読むと「フィンランドはスウェーデンを見捨てるのか」という話になる。だがロイターのトルコとのNATO加盟協議、数週間の小休止必要=フィンランド外相では「フィンランドが単独でNATO加盟を検討する理由はないとも述べた」と書かれている。外交的に微妙な発言を行い、メディアはそれぞれの受け止め方をしたようだ。
そもそもなぜこんなことになっているのか。背景には「表現の自由」の問題がある。スウェーデン人はどちらかといえば穏健で表現の自由が問題になることはない。だが、トルコから逃れてきたクルド系やデンマークから乗り込んできた極右政治家などが挑発的な言動を行ってもスウェーデン政府がこれを取り締まることはない。結果的にこれが外交問題に発展している。
こうした挑発行為の影響もあり、エルドアン大統領はスウェーデン・フィンランドのNATO加盟を阻止し続けている。「NATO加盟「期待するな」 トルコ大統領、スウェーデンに」などと言い放っており強行姿勢が軟化する兆しはない。NATO加盟申請時には「容認も」などと発言していたが、単に外交カードを手に入れたかっただけということになる。
背景にはトルコの厳しい国内事情がある。エルドアン政権とトルコ経済はまさに「崖っぷち」なのだ。
トルコのエルドアン大統領が大統領選挙の前倒しを提案している。当初6月に行われる予定だったものを5月にしたいのだという。トルコ政府はこのところ与党支持率を維持するために最低金銀の引き上げや早期退職制度などなりふり構わない政策を打ち出してきた。このためさらなるインフレ懸念が起きトルコ政府の財政の持続性を不安視する声も出ているという。大統領が選挙前倒しを仄めかした時にはトルコリラが下落したそうだ。
既にひどいインフレが進行しており、本来であれば利上げをおこなって景気を冷やさなければならない。ところがトルコでは真逆の政策が行われおり利率は低く抑えられている。今回も中央銀行は「インフレ圧力は緩和されるであろう」という独自の予想を打ち出しており金利を維持することを決めた。ロイターが調査した予測インフレ率は年率42.5%である。先進国であればおそらく経済破綻と見做されるようなひどい水準である。だが中央銀行はこれが22.3%にまで下落するだろうと言っている。ちなみに2022年12月のインフレ率は前年比64.27%だったそうだ。
つまりトルコ経済は終局状態ではないがかなり危ない状況にあることがわかる。どうしても大統領職を継続したいというエルドアン大統領の独裁意欲だけで国が保たれているような状態になっている。だが、野党はエルドアン大統領に対抗する統一候補を打ち出すことができていない。つまり、このままでは危ない状態のトルコが独裁傾向のあるリーダーのもとでヨーロッパの安全保障を掻き回し続けるという事態が常態化しかねない。
フィンランドの外務大臣はエルドアン大統領の頭の中が選挙でいっぱいだとわかっているのだろう。野党候補を応援するわけにも行かないがかと言ってエルドアン政権への支持を打ち出せばこれも内政干渉になってしまう。このままではスウェーデンの加盟は難しく単独加盟か加盟延長・断念ということになってしまうので状況が落ち着くまでは(つまり選挙が終わるまでは)一旦交渉をやめようということになったのかもしれない。その発言のわかりにくさからフィンランドもかなり切迫した状況に置かれていることがわかる。
エルドアン大統領がフィンランドとスウェーデンのNATO加盟を支持すると伝わったときにはロシアと対立する国に安堵が広がった。これでヨーロッパが一枚岩となってロシアに対峙できると考えたからだろう。だがそれは「エルドアン大統領が外交カードを手に入れた」ことを意味するだけだった。
もちろんフィンランドが単独でNATOに加盟することはできる。だがこれはスウェーデンがウクライナのような軍事的空白地になるということを意味している。つまりスウェーデンはNATOに協力できるがロシアにスウェーデンが攻め込んでもNATOが手出しをできないということになってしまうのである。
ロシアのウクライナ侵攻は明確な主権侵害であり国際的に容認されるべきではない。しかしながら結果的にヨーロッパはこの問題を克服できず経済・安全保障の両面からロシアとトルコに揺さぶられ続けている。第一次世界大戦以前ヨーロッパの大国がロシア帝国とオスマン帝国に揺さぶられていたのと同じ構造を今も抱えているのである。