小学校に上がりたての子供にとって先生に叱られるのは恐ろしい体験だろう。中には攻撃とみなし防衛したいと考える子供もいるかもしれない。
バージニア州ニューポートニューズにあるリッチネック小学校で不幸な事件が起きた。
6歳の男の子が先生を撃ったのである。銃による犯罪など珍しくはないのだがこの事件は「偶発的に起きたものではない」ことがわかっている。先生は一時危険な状態にあったようだが一命を取り留めたようだ。学校は月曜日と火曜日をお休みにする。CNN(英語版)とCNN(日本語版)の記事がここから読める。
だがこの事件の報道は少しどこかおかしい。
まず中による犯罪が珍しくないアメリカでもこのニュースは衝撃を持って受け止められた。コミュニティはこれを深刻に受け止め「悲劇的なニュース」として取り上げている。つまりアメリカが銃犯罪に慣れてしまったということはない。
ローリングスートーン誌は少年は起訴を前提とした取り調べも受けないとしている。ローリングストーン誌はニューヨークタイムズ紙の記事を引用し1970年まで遡っても6才以下の子供が関与した事件は4件だけだったとしている。一方でガーディアンはこの学区では学校での銃撃事件はさほど珍しくないと書いている。
ニューポートニューズ市はバージニア州の東南部にある人口20万人以下の都市である。バージニア州では5番目に人口が多いのだそうだ。記事を読む限り治安が絶望的に悪化した街というわけではなさそうだ。
最初にこのニュースを見た時「バージニア州ではどのような銃規制がなされているのだろう」と考えた。つまり大人目線で銃規制の問題を調べようとしたのだ。
バージニア州では銃規制派のノーサム知事が2期8年知事を務めていた。議会も民主党が多数派である。ノーサム氏は議会周辺には銃を持ち込めないようにしたのだが2020年には「アメリカ人から銃を取り上げるべきではない」とする人たちが押し寄せて暴動が起こるのではないかと言う事態に発展していた。ノーサム氏は銃規制反対派の攻撃対象になっており過去に誘拐計画があったことも知られている。
2022年からの知事選挙ではバイデン批判票を集めた共和党が勝利した。現在の知事は共和党系のヤンキン氏である。民主党は共和党=トランプという図式で攻撃しようとしたが、ヤンキン氏は穏健保守の票を維持することに成功し政権を奪還している。「経済の方が重要課題」だったのだろう。つまりバージニア州は強硬な共和党州ではなく穏健な共和党支持者と民主党支持者が拮抗するスイングステートであることがわかる。
問題は経済であり、特に銃が野放しになっているというわけでも特に厳しく規制されているというわけでもなさそうだ。詳しい人は「バージニアはNRAの本拠地だ」と指摘するかもしれないのだが、ニューヨークからテキサスに本拠を移したという報道が見つかる。
だが銃規制の問題は実はさほど重要ではないかもしれない。
さまざまな報道を読むと「学校に金属探知機を設置するべきだ」とか「コミュニティ全体で学校をサポートすべきだ」とか「スクールカウンセラーを置いて生徒の心の問題をケアするべきだ」などと書かれているものが多い。
ところが「そもそもこの子が銃の危険性をどれくらい認識していたのか」について書かれたものがない。
韓国の中央日報の日本語版はアメリカの報道を引用して「先生に叱られたからという理由で銃を持っていったようだ」と書いている。「「なぜ叱るのか」6歳の児童が30代女性教師撃つ…米衝撃の銃撃」というタイトルになっている。警察発表による詳細はわかっていないので中央日報のタイトルはやや煽りすぎという気がするのだが、実際に口論があったことまではわかっているのだから「叱られる」ことの自己防衛として銃を持っていた可能性は高いだろう。いかにも子供の考えそうなことだ。
現在のアメリカの銃対策の基本は「スクールカウンセラーを置いて心の問題をケアしよう」というものだ。つまり「銃を使うとどうなるかがわかっている」人が対象になっている。6歳の男の子が「銃を使うとどうなるか」まで考えていたかは不明である。
改めて「この子が銃の危険性をどれくらい認識していたのかを学ぶ機会があっただろうか」と考えてみた。記事を色々調べてみたがそれについて言及したものは皆無だった。
社会には銃が溢れており「自分の身は自分で守るべきであり銃も必要である」と考える大人に囲まれている。つまりこの子供にとって「先生に叱られたら銃で反撃すればいい」という考え方は実は自然なものなのかもしれない。
しかしながらアメリカの報道はそこには触れようとしない。銃規制反対派がこの問題に触れたくないのはわかるのだが、銃規制派も大人たちが言い争った結果として何が起きたのかについてはあまり知りたくないのだろうと思う。
では社会全体はこの問題にどう対処しようとしているのか。
議論がある閾(しきいち)値を超えてしまうと「現実として受け入れなければ」と考える人が増えてくる。ビジネスインサイダーによるとアメリカ社会は恐らくこの閾値を超えており「銃規制は行うべきだ」と考えるは多いが、同時に「銃を持つのはやむを得ないことだ」と考える人も増えているそうだ。結果として銃犯罪が多発しさらに身を守るためには銃を持たなければと考える人が増える。最終的に「先生に叱られたら銃をぶっ放そう」と考える子供がでてくる。これも一種の自己防衛だ。
いずれにせよ「事故でない」以上、6歳の男の子は銃というものがどういうものかを知っていて、それを手に入れることができ、学校にも持ってくることができたことになる。小学校はこの男の子から銃を取り上げることもできず、恐らく持ち物検査のようなことも行われていないのだろう。大人たちたちは「再発防止に努める」と言っているのだが、それが何を意味するのかというのは不明なままである。スクールカウンセラーをおいても恐らく「先生に叱られたら撃てばいい」と考える子供を発見することなどできそうにない。
一旦壊れてしまった社会秩序や常識を取り戻すことがどんなに大変なのかがわかる。誰もがこれは良くないことだとわかっている。だが誰も良くするためにはどうすればいいのかについて言えないくなってしまうのである。
Comments
“「先生に叱られたら銃で反撃すればいい」6歳の子供が実行し街は大騒ぎ” への1件のコメント
[…] ツベルナー先生は当初命の危険があるとされていたが命は取り留めている。子供に銃を持たせた母親には有罪判決が出ているがこのほかに児童遺棄や薬物違反などでそれぞれ別の有罪判決を受けているようだ。児童の家庭環境に問題があったことが窺える。この事件は「先生に叱られたら銃で反撃すればいい」で一度このブログで取り上げている。 […]